第393話
ホムンクルスには、生殖能力がない。
これは、邪神ナーガが、自分の創造した世界に、人間以外の種族なら増やしやすいのではないかと検討していた時に考えていたことである。
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オンラインゲームで、プレイ中のアバターを、男性が女性キャラクターを作って遊んでいることも、女性が男性キャラクターで遊んだりしていることは、ざらにある話である。
「えっ、そ~なんですか?」
同じマンガ喫茶で働いている先輩が、同じゲームにはまっている事を聞いてから、急に話しやすくなった気がする。
「そのアイテムなら、探索クエストでもらえるやつだよ」
「あの……私、ソロプレイだから」
「前はパーティーを組んでたけど、あのクエストは一人じゃ、ちょっと無理かもね。そうだ、一緒にやってみる?」
バイトから帰宅して、シャワーを浴びたら、お菓子をつまみながら、部屋着でオンラインゲームをして、ちょっと眠くなったら、歯を磨いて寝る。
それが、最近の私の生活パターンになっている。
「わっ、なんか、かわいいですねっ」
私は先輩のアバターのキャラクターを見て思わず言ってしまった。
(うわっ、変な事言っちゃった、変な事言っちゃった、変な事言っちゃった)
「んー、ありがとう。けっこうこだわって着せかえしてるからね」
すぐに、先輩のメッセージが表示されて、私はホッとした。
先輩は、女の子のキャラクターのアバターでプレイしていた。
か、か、かわいすぎですよ、先輩!
私は見たことがない先輩のアバターの衣装について聞いてみて「ふぇっ?」と私のボイスチャットには表示が出てしまった。
先端に紫色の玉とそれをくわえている竜の模造がついた杖は「
すっぽりかぶった服とおそろいの色の黒い羽根飾りがついているつば広ハットは「
左手首にはめている銀色の腕輪は「踊り巫女の腕輪」。
服装は落ち着いた色合いに金色の刺繍が入った赤色の
私のアバターは初期設定のままのチャイナドレスっぽい標準装備「武闘家」お手軽セットなんですけど……。
先輩のエルフ族の女の子が装備しているアイテムは、見たことがないものばかりで課金ガチャの着せかえアイテムかと思って、私もちょっとは課金したほうがいいかもと思ってしまった。
いかにも先輩のキャラクターは、魔法使いって感じに見える。
「最近のアイテムじゃないけど、最近のアイテムよりもイベントの景品で配布されたやつだから、なんか手放せないんだよね」
「イベントの景品?」
「同じゲーム制作会社のやつとのコラボイベントの景品。性能なら最近の課金ガチャのアイテムでも近いのはあるよ。でも、このデザインじゃないんだよ」
先輩は、聖戦シャングリ・ラというオンラインゲームがあったけど、そのゲームとこのマニプーラワールドオンラインは、ちょっぴり似ていることを教えてくれた。
小ネタで同じアイテムがあったり、同じ貨幣の単位だったりするらしい。
私はその聖戦シャングリ・ラってゲームがあったことを知らなかった。
私が欲しいアイテムは、月の雫のお花の種というもので、お家の庭に使うと鈴蘭みたいなかわいいお花が生えて咲く。
このゲームは、お家に家具を置いたりして、自分らしいお部屋の模様替えができたりする。
ゲームにしばらく一ヶ月ぐらいログインしないと、お庭は草だらけでお家が草に埋もれてしまったりする。
「じゃ、ちゃんとついてきて」
「はい、お願いします!」
魔法使いの先輩のキャラクターと武闘家の私のキャラクターが、並んでちょこちょことフィールドを歩いている。
(ん~、なんかいーですなぁ、こういうのも!)
バイト先から駅まで先輩と一緒に帰るのも、恥ずかしくて、一人で逃げるみたいに早足で帰ってきたのに、ゲームの中だと平気なのは、ちょっと不思議だ。
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僕がマニプーラワールドオンラインにはまったのは、元カノの招待がきっかけだった。
(由香ちゃんが、武闘家を使ってるのは、ちょっと驚いたな)
「今日はありがとうごさいました。センパイおやすみなさーい」
「はいはい、おやすみ、またね~」
ボイスチャットの通信を落として、ログアウトする。
(あー、そうか、この感じ……まいったな、まだ忘れてなかったのか)
ベッドに仰向けに寝そべって、目を閉じると、思わず、ははは……とちょっと乾いた笑いがこぼれた。
三年前、僕は大学生で、元カノは一年先輩の同じサークルのメンバーだった。
「ねぇ、カズキ、このゲームやってみてよ、遊びかた教えてあげるから~」
新規プレイヤーを招待すると運営からもらえる特典のガチャの福引き券が彼女は欲しいらしい。
(まあ、つまらなかったら、すぐ退会すればいいか。久しぶりだな、オンラインゲームするのは)
僕のキャラクターアバターが女の子のエルフ族なのは、パーティーを組んだ元カノのキャラクターアバターが、男性の騎士だったからだ。
男性キャラクターのアバターにしておくと、バレなければネットナンパされにくいらしい。
元カノのちょっとカッコいい青年騎士のアバターと、僕のエルフ族の女の子のアバターでパーティを結成。
僕より半年前にプレイを開始していた元カノのおかげで、すぐに慣れて遊べるようになった。
僕がゲームを始めて一年後、元カノは大学を退学して姿を消してしまった。
僕からは、実家の仕送り一ヶ月分の金額を借りて、他にもサークルのメンバーに借金していたことが後でわかった。
元カノは実家の父親が入院して今月は仕送りがないからアルバイトを探さないといけないけど、その間の生活費が家賃を払ったら無いと、僕に嘘をついた。
僕は実家からの仕送りの他に今、務めているマンガ喫茶のアルバイトが三ヶ月目でお給料もあった。
僕に、元カノが嘘をつくなんて想像できなかった。
今、思ってみれば元カノが大学を退学する前に、おかしな兆候があった。
ゲームにあまりログインしなくなったのだ。当時はゲームに飽きたのかなとしか思わなかったけれど……。
僕が彼氏だとわかっていたので、元カノにもっと大金を借していたサークルのメンバーが、申し訳なさそうな顔をしながら、僕に少しでも元カノのかわりに返済してくれないかと相談してきた。
「キタには悪いことをしたけどさ、言えなかった俺の気持ちもわかるだろ?」
「僕の名字は東西南北の北です」と自己紹介しているのは、大学生の頃から変わらない。
元カノに大金を借して逃げられた
詳しく聞いてみると元カノは奨学金を借りて入学して、キャバクラ嬢のアルバイトから、しまいにデリヘル嬢のアルバイトをして生活していたらしいことがわかった。
大金を元カノに借した奴は、テリヘル嬢を呼んだら、同じサークルの先輩が来た。毎月、少しずつ返済すると元カノは約束して、奴に返済していた。
コロナウイルス感染防止で外出自粛の騒ぎがあり、元カノはデリヘル嬢で稼げなくなって、僕から借りたお金を返済にまわしてしのいでいたこともわかった。
自粛期間に、僕は元カノとオンラインゲームで遊んでいた。それまで、たまに泊まりに来ていたけれど、この期間中は僕に借金したせいか、泊まりには一度も来なかった。
元カノが僕とこの時期にどんな気持ちでこのゲームを遊んでいたのか、何度も考えてみたけれど、わからない。
元カノのキャラクターアバターの装備品は課金していてほぼ最強だった。
元カノは、ゲームの中だけでも無敵になりたかったのかもしれない。
参加したイベントの景品の装備アイテムを元カノがもらうと僕に全部くれた。
僕のアバターを見て、とっても似合うとか、かわいいと元カノは言っていた。
僕は大学を卒業してそのままマンガ喫茶のアルバイトから、社員として入社して、ゲームだけは習慣になっていて続けていた。
おとなしい宮沢由香ちゃんは、後輩社員であまりアルバイトしたことがなかったらしく、時々おろおろしているけど、僕の三倍は物覚えがいいと思う。
僕がマンガ喫茶とカラオケルームが併設されているこの職場でアルバイトしたばかりの頃は、由香ちゃんとちがって、あせってしまったり慌てすぎて、よく失敗していた。
僕は由香ちゃんに「はいはい、おやすみ、またね~」と言ってから、ハッとして珈琲をこぼしそうになった。
これは、元カノとゲームで遊んでいたり、夜中の電話の通話を終える時の口癖だったからだ。
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聖戦シャングリ・ラの制作スタッフが別のプロデューサーとスポンサーの依頼を受けて制作したのが、マニプーラワールドオンラインというゲームである。
聖戦シャングリ・ラのような規制があるゲームではなく、全年齢対象のゲームとなっている。
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