第392話

 ホムンクルス生成の触媒として、培養できる遺体と、まったく育たない遺体がある。

 ホムンクルスの実験体として生成される遺体は、生前から何かしら魔力を発動することができていた者の遺体が適している。


 生きている者の髪の毛や爪などを、ヴァンピールの血の大量に配合された培養液を満たした聖柩アークという聖遺物に入れても、もう一つの分身のような肉体が育つことはなかった。


 現在、神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラが、人間化されてしまっており、触媒となるヴァンピールの血を大量に得ることが困難となっている。

 アゼルローゼとアデラは、ターレン王国の後宮には、執政官レギーネや三人の寵妃たちがいることを、マキシミリアン公爵夫妻に隠していた。

 研究者の神官たちには、自分たちの血を大量に培養液に加えたことも秘密にしていた。


 賢者マキシミリアンが、神聖教団の本部に保存されていた研究記録の開示を要求し、アゼルローゼとアデラがあっさりと応じたのは、研究記録が正確なものではないからだということぐらいは、この夫婦は察している。


 マルティナのようなホムンクルスの完成体を賢者マキシミリアンが造り出すことを目的としているのではなく、彼女に使用されている魔石が、伝承として伝えられている「凶暴なる邪竜」という異名を持つ魔獣が復活する卵のような魔石であるという情報が確かならば、邪竜の復活後に発生する怪異――大量の邪竜のしもべである魔獣の出現を阻止したいと考えている。


 実際は幻術師ゲールと蛇神祭祀書が契約して錬成したオクルス・ムンディ(世界の眼)であり、邪竜の卵などではないのだけれど、研究者の神官たちがゲールの念力で、強力な暗示にかけられて頭の中に作り上げた偽情報が記録として残っていた。

 アゼルローゼとアデラも、マキシミリアン公爵夫妻に気づかれたくない考えがあった。

 それは、教祖ヴァルハザードの転生者ランベールが目覚めたら、自分たち二人をヴァンピールに戻してもらい、ターレン王国の国主で、同時に神聖教団の教祖として君臨してもらうという考えなのであった。

 だから、神聖教団は邪竜の卵と呼ばれる魔石が保管されていたという嘘をついて、マキシミリアン公爵夫妻の判断力や分析力を撹乱かくらんする計略を用いたのである。


 洞窟内に安置された聖遺物の聖柩アークに、眠り続けて衰弱しているランベール王――長年にわたる星詠みの占術で、ようやく見つけ出した教祖ヴァルハザードが前世である人物を収めて、その効果で回復するのを待つことにした。

 教祖ヴァルハザードの転生者は、彼女たちの予想外のタイミングで目を覚まして、二人の目の前で美少女に変身、そして不気味なことに、自らを「ナーガ」と名乗ったのだ。

 「ナーガ」とは、神聖教団が信者たちに崇拝させている愛と豊穣の女神ラーナに敵対する神、冥界の魔獣王とされている半人半獣の蛇神ナーガと同じ不吉な名なのであった。

 アゼルローゼとアデラは、この謎だらけの美少女――呪術師シャンリーの養女エステルにそっくりな美少女と、神聖教団の本部ハユウを出て奇妙な旅に同行することになった。


 マキシミリアン公爵夫妻と、ドワーフ族の最後の末裔である細工師ロエル、弟子の人間の青年セストは、この神聖教団の幹部たちの虚報の計略にだまされたまま、参謀官マルティナの命が、邪竜の卵と考えられる魔石を魔獣として復活させない制御の役割をしていると考えて、あれこれと行動している。


 現在は滅びていなくなったハイエルフ族が残した聖遺物の聖柩アークは、ホムンクルスの生成や、現在の神聖騎士団一番隊の隊長セレーネがまだ少女の頃に、怨霊の魔獣である妖獣ヘルに心臓を凍らされてゆく呪いに祟られた時には、延命処置のために使用された。


 この聖遺物の聖柩アークは、ニアキス丘陵のダンジョンで、ミミック娘が大切に保管していたものである。

 ミミック娘によれば、ハイエルフ族たちが使っていたベッドのような寝具らしいのだが、使用すると不思議な効果があるので、マキシミリアンがダンジョンから持ち出して、必要に応じて、神聖教団と神聖騎士団で共有して使っている。


「強いプラーナを宿した肉体に、心が宿っていないというのは不思議ですな」

「聖遺物には強い魔力を宿した品物などもありますが、それらを生成変化させることで、遠い過去の時代の姿に戻してやることができます」


 賢者マキシミリアンは、ニアキス丘陵のダンジョンに暮らしているモンスター娘たちが、もともとは強い魔力を宿した聖遺物であったことを、ストラウク伯爵に語った。


「ストラウク伯、マルティナの肉体に融合されている魔石は、それだけで生成変化させれば、凶暴なる邪竜と呼ばれるドラゴンという種族の魔獣となるほど強い魔石でしょう。しかし、生成変化するかわりに、ホムンクルスの肉体に何らかの事故で宿ってしまったので、魔石は変化せずに魔力……プラーナをマルティナの肉体に与えていると考えられる」

「なるほど、それでロエルさんが、マルティナからは魔石を取り出せないと言ったわけですな」


 ストラウク伯爵に、細工師ロエルがこくりと一度うなずいた。


「そのホムンクルスの肉体は、私たちの体のように、クンダリーニの力をチャクラで整えプラーナとして全身にめぐらせているのとは異なると」

「マルティナにチャクラがあるのかも、私には、どうもわからない」

「うむ、それは不思議な体ですな」


 今夜はストラウク伯爵、賢者マキシミリアン、細工師ロエルの三人が書庫で語り合っている。


 先日まで滞在していたテスティーノ伯爵に、細工師ロエルが水神の勾玉を渡したばかりである。


 

 

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