第391話

 神聖教団が取り組んできたホムンクルス生成計画。


 素材としたある特定の人物の顔立ちや声、容姿などが再現された肉体を生成できる。


 この肉体が魔導人形ソーサリー・ドールと呼ばれる心や知能が欠落した不完全なホムンクルスにならない方法を神聖教団では確立しきれていない。


 前世からの記憶は思い出せなくても、因果としては、たとえ生まれ変わっても続いていることがある。


 前世では、スヤブ湖の美しい呪術師シャンレンは、毒薬で自らの命を絶ってしまった。

 生まれ変わったあと、冒険者の乙女エレンとなった時、裏切った仲間から吹き矢の毒針を打ち込まれ、四肢の力が入らなくなって、毒によって命を落としかけているところを、今世では伴侶となる幻術師ゲールに救助されている。


 前世と同じ顔立ちや容姿とは限らないけれど、前世が先祖でもあるフェルベーク伯爵は、今世での顔立ちや容姿などから、性格まで、ホムンクルスとして生成されたように瓜二つであった。

 前世では、彼は他人の因果を断ち切るように殺害した少年ハオや湖賊の若き女戦士ファリンの亡霊ゴーストたちに祟られた。

 少年ハオや女戦士ファリンにも、因果と残りの寿命があった。それを途中で、他人の騎士ゴアヴィダルが暴力で断ち切ってしまった。

 フェルベーク伯爵は、騎士ゴアヴィダルの生まれ変わり。彼は呪術師シャンリーによって暗殺された。

 今世ではその因果から、他人の暴力によって人生を絶たれたのである。


 ホムンクルスの生成技術。

 生まれ変わりと因果。

 亡霊ゴーストと封じの魔石。

 肉体と魔石を契約により融合させる儀式魔法。


 これらの条件が、うまく組み合わされば、生前の意識や知識を持ったまま、一度は亡霊ゴーストに成り果てた者であれ、ホムンクルスの肉体で復活できる可能性がある。

 これは、亡霊ゴーストにとって、憑依する以外の復活の方法といえる。


 人生はつらいことのほうが多いから、生まれてきたくない。

 生まれ変わって、今世とちがう人生を歩みたい。

 そう考える死者を他人が強引に復活させるのは、他人の人生に干渉しすぎなのかもしれない。


 他人の人生を、暴力によって強引に断ち切ることが罪なら、他人を強引に復活させるのも罪なのかもしれない。


 死の間際に復活させて欲しいと遺言を残したとしても、亡霊ゴーストとなって封じられた魔石が、契約によってうまくホムンクルスの肉体に適合できるかどうか……これは、運しだいである。

 それこそ、さまざまな因果のめぐり合わせが関与してくるので、結果予想が難しい。


 人が誕生するというのは、生まれ変わりもふくめて考えると、多くの人たちの因果が関与し合うことで起きる。

 

 前世の記憶や知識を完全に持って、生まれ変わりに成功している人物が存在する。預言者ヘレーネである。


 前世の記憶と知識ではなく、今の社会的な地位や財産、権力を維持したまま生きている者もいる。大神官シン・リーである。


 ヴァンピールやサキュバス、グールやグーラーという魔族化した者もいる。


 これは特殊な事例だが、聖騎士ミレイユは、女神ノクティスのお嫁さんになって加護を受けている。


 ホムンクルス生成計画で達成しようとしている事が、他の方法によって達成されている。

 研究の過程で、ポーション錬成の成果が実用化されている。

 それらのことから、本来のホムンクルス技術の実用化に向けての動きは、マルティナの存在が一つの達成として、現在は停滞しているといえる。


 アゼルローゼとアデラの恋人たちは、魔族ヴァンピールから人間化した。

 だから死が、愛し合ってきた二人を分かつ時は必ず来る。

 神聖教団のホムンクルス生成計画は、恋人たちが死の別れを回避しようとする摂理に逆らう情熱によって、再び再開する可能性がある。


 ホムンクルスを、魔導人形ソーサリー・ドールとして性欲処理道具の奴隷と考える研究者や、人間の代わりに血を流し、戦わせるための兵器として、魔導人形ソーサリー・ドールを身代わりにする考えの研究者がいれば、ホムンクルス研究が進むかもしれない。


 アゼルローゼとアデラは、前者を禁欲の戒律で、後者は人間の魔獣化の危険の警戒心から、軍事利用を禁じている。


 偽治療師ヤザンが、神聖教団のホムンクルス研究を知っていたとすれば、奴隷の少年や少女たち、青年や乙女たちを生贄にするのではなく、ホムンクルスの実験体を、儀式の生贄にしようと試みていたにちがいない。


 残留プラーナが亡霊ゴーストになる仕組みを考察したり、怨霊がどのくらいの期間を祟り続けるのか、また生まれ変わることができるのかを気にかけているのは賢者マキシミリアンしかいない。

 怖がる者はたくさんいるが、考えようとする人でも、身の危険を避けようという考え方にばかりにとらわれてしまう。


 神聖教団は、魔獣対策のエキスパートである神聖騎士団に、怨霊のトラブル対策を依頼した。

 祟りというトラブルに対して、迅速対応と解決が求められ、じっくり研究したり、被害がいつまで続くのか調査するという考え方は需要がない。


 賢者マキシミリアンは、ストラウク伯爵の屋敷の書庫に残されている膨大な量の巻物スクロールは、今まで研究されていない亡霊ゴーストに関する情報の重要な資料だと考えている。


 人間が死ぬと、どうなるの?

 少年マキシミリアンは、ミミック娘に質問したことがある。

 呼吸や心臓が止まり、体から体温が失われて硬直が始まったあと、腐敗していくという解答をされた。


「他の動物と同じ?」

「そうですよ、マキシミリアン」

「ダンジョンで人が死んだら、消えてしまうじゃないか」

「そうですね」

「討伐された魔獣も消えるよね」

「はい、そうですね」

「ダンジョンじゃないところで死んでしまったら、どうして消えないんだろう」


 あの頃のミミック娘とあれこれ考えていた自分は、いろいろなことに、とても興味を持って考えていたとマキシミリアンは思う。


 ストラウク伯爵は、書庫にある膨大な巻物を子供の頃から読み続けてきた。

 今は彼の先祖たちと同じように、さらに書き継いでいる。


「ストラウク伯は、子供の頃に、人が死んだらどうなるかを考えたことがありますか?」

「人が死んだら肉体から離れた心は、風になるそうな。私やテスティーノは、そう教えられて育ちましたよ」


 参謀官マルティナのホムンクルスの肉体の謎に、賢者マキシミリアンとストラウク伯爵の想像力は近づきつつある。





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