Homunculus編2
第390話
人生の一日は短い。
だが、因果と生まれ変わりをとらえて考えてみれば、とても長い物語の中で、私たちは生きているといえる。
エドガー王と宮廷魔術師クローリーが宮廷で政務を行い、宮廷議会が成立していなかった時代があった。
大開拓時代から、ターレン王国の南方で、伯爵の統治の時代が始まる転換期にバーデルの変という戦があった。
シァンレンは、バーデルの地の砦と集落を支配していた猛将シュテンと謀略家オウリンから、解放するために呪術を用いて、代償として左腕を失った。
呪術は代償や犠牲を求める。
戦も人の命の奪い合いから、心の良心の根底にある感情を押し殺すことが求められる。
妥協や我慢ではなく、他人と認め合い許し合える心の平穏からは遥かに遠い。
シャンレンは、バーデルの地という小さな
シュテンとオウリンが支配した約三年間と、巫女様と崇められて二年間ほど籠城戦を繰り広げたバーデルの乱は、男性主力の軍勢から、スヤブ湖から来た湖賊の女性たちが指揮する軍勢となった
本来は広いスヤブ湖を小舟で渡り、湖畔の各地に上陸して、依頼された任務をこなす巫女に仕える女性信者たちの密偵であり、湖賊というのは蔑称である。
彼女たちは、本来は漁師が使う網を使って相手の動きを封じたり、スヤブ湖から鞭が発見されたことから、彼女たちは剣や盾ではなく鞭を使う。
飛来した弓矢も叩き落とすほどの腕前で、敵の首に巻きつけて窒息させることもできた。
大人数ではなく三十人ほどだったが、シュテンしか兵を率いていない時よりもさらに、敵の野営地を狙う少人数の遊撃戦や奇襲に適していた。
その三十人の隊長役の中の一人、ファリンが奇妙な道具と術を使う小娘に捕らえられたと、シャンレンは湖賊の女戦士たちから報告を受けた。
それはエリザが見たら、しゃぼん玉だと言うだろう。
ユイユンが吹き口をくわえて、ふーっと何回か途中で息切れしながら、ふくらませた自分よりも大きなしゃぽん玉か離れて、ふわふわと湖賊のファリンに迫ってくる。
ビシッ、と鞭で打つとパンッと破けたあと、小さな泡になってファリンを取り囲んでしまった。
「はいはーい、そこの人、絶対に動いちゃダメですよ~……あちゃあ、今度から使う前に言わないとでダメですね。ごめんなさいね~、痛くないでしょ?」
ファリンと手下たちは敵の野営地に昼間から潜入して、視察に来た時、ちょうど完成したばかりの法具をユイユンから使われたのだった。
「みんな逃げろっ!」
小さなしゃぽん玉の一つが顔の前に飛んでいたのを、手で払ったファリンが、ばたりと仰向けに倒れてしまった。
それでも、必死に声を上げて仲間に逃げるように伝えた。
それはマーオの泡で作った巨大しゃぽん玉で、師匠の話によれば人が中に入って傷の治療もできるらしい。
うかつに素手や肌にふれると、全身がぴかぴかになるまで、人になついたマーオの泡が集まって掃除を始める。
自動追跡する泡のようなものである。
法具の吹き口から魔力を込めて息を吹き込むと、思い通りの効果を発動するはずだったのだか、ユイユンには、師匠のクローリーのようには、うまく使いこなせない。
ファリンは体に力が入らないだけでなく、鞭で連続で打って、細かいマーオ泡になったので、服の隙間などから入って洗浄中で、くすぐったくてしかたない。
脱力効果というより眠たくなるようなリラックス効果と美肌にしてくれる洗浄効果で、捕縛されてしまって、捕虜の集められた居留地――のちのロンダール領にファリンは連行されてしまった。
(そんな変な道具や術を使う小娘というのは、もしかして……いや、まさか、戦に参戦したり彼女はしないはず)
報告を受けたシャンレンは、宮廷魔術師クローリーがこの戦いに参戦したのかもしれないと考えた。
彼女が連行された日の夜に、少年ハオに被害を加えている現場を見られた騎士ゴアヴィダルが、ファリンを殺害した。
騎士の軍勢が、ユイユンを優秀な参謀官として最初から敬意を払って迎えたわけではなかった。
厄介な命令を出されたものだと、不服ながらも王命に従っている騎士もいる。
捕らえた者を保護して、居留地で安心させて懐柔することで帰順させるという考え方に賛同する騎士と、逆らう者たちの見せしめのためにすぐに殺害すべきという強硬派の騎士で、逆に統制が乱れたと思う配下の者たちもいた。
ユイユンではなく、派遣されたのが宮廷魔術師クローリーであっても、やはりこうした意見の対立は起きていたにちがいない。
ファリンを救出に向かうべきではないかと、バーデルの集落にいる密偵たちは相談して、シャンレンに相談した。
「今までの移住者たちのやり方であればファリンはもう……私たちを誘き寄せるための罠かもしれません」
シャンレンは、宮廷魔術師クローリーが参戦したとしても、すぐに移住者たちの軍勢のやり方が、騎士たち全員が、別の者たちと交代でもしない限り変わるとは思えないと、湖賊の娘たちに自分の考えを話した。
バーデルの土地は他の土地のように広くはないので、警備はしやすいのだか、食物の栽培に成功しても、収穫量は期待できるほどではない。
それでも、シュテンやオウリンがこの地を根城とした時から栽培を行っていれば、まだ現在の食糧事情よりかはましだったはずだとシャンレンは思う。
各地で決起した仲間とバーデルの土地の自分たちが、同時に騎士たちの野営地を挟撃できれば、戦況の
そうなれば対等に不戦条約を結ぶことができると考えている。
ファリンの救出をあきらめさせ、密偵と住人たちを少人数ずつバーデルの土地から逃がし、総攻撃をかけられた時にはほぼ誰もいない状況で、死に誘う罠を仕掛けて誘い込む空城の計。
逃がした密偵たちは、南蛮と呼ばれながら転戦しているはずの仲間たちと連携し、今度は逆に自分たちが包囲できるように準備を進める必要があると、シャンレンは説明した。
今のうちだけは、幻術で人が多くいるように見せかておき、頃合いをみて幻術を解いて、攻め込む隙があると油断させる。誘き寄せたら、命がけで右腕と左脚も犠牲にして、道連れにするとシャンレンは語った。
だから、シャンレンが捕らえられて服も髪飾りも奪われて、四肢を失った姿で騎士たちの前に無惨な姿で引き出されてきた時、ユイユンはつらくて直視できなかった。
煙と火炎に取り巻かれる幻術を、ユイユンは師匠の水晶玉を粉砕して破ってしまった。
師匠の大切な法具を一つぐらい犠牲にしても、総攻撃をかけた者たちが幻術で全滅するよりかはいい。人の命を守るためならこのぐらいへっちゃらだと、ユイユンは判断した。
強力な法具を破壊する時、術を破る力の爆発に自分も巻き込まれて死ぬかもしれないとユイユンは覚悟した。
シャンレンとユイユンは、他人のために巫女と術者として、それぞれ命を賭けたのだった。
並んだ騎士たちの中に、ユイユンの姿を見つけたシャンレンは微笑を浮かべこう言った。
「貴女に殺されるなら文句はないわ」
呪術師シャンリーは、バーデルの都にはシャンレンという大開拓時代の犠牲者たちの大怨霊が鎮められていると考えていた。
呪術師としての勝負に敗れたシャンレンは、ユイユンの泣き顔を胸に刻んで、目を閉じると、舌の裏に隠していた毒薬をコリッと噛み砕いた。
時代の流れの中で、自分の信念に従って、やれることは全てやりきったシャンレンは、
ユイユンはシャンレンを弔うための墓のつもりで、バーデルの都を建造した。
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