第388話

 バーデルの乱の鎮圧によって、ターレン王国の伯爵による統治が本格的に開始され、ゼルキス王国との国交が途絶えたと学者モンテサンドは考察している。


 聖人ファウストがターレン王国を建国してから、三代目のエドガー王による大開拓によるパルタの都から南方の制圧による国土の拡大が完了するまで、ゼルキス王国から侵攻されたら、まつろわぬ民の勢力とゼルキス王国の軍勢に挟撃される状況に陥るからである。


 ゼルキス王国との国交が一時的に回復するまでに、十一代目ニクラウス王と賢臣ヴィンテルの統治の時代まで待たなければならない。


 巫女シャンレンが、バーデルの地で新たな指導者となるまでは、騎士たちと移住者たちの軍勢有利で、また数としてもまつろわぬ民の軍勢は劣勢であり、勝利目前であった。

 宮廷魔術師クローリーに救援を求めるまでもないと考えられていた。


 巫女シャンレンが、総大将とされるまでには、バーデルの地には砦と集落が築かれていた。

 シュテンという豪傑の青年とオウリンという参謀がバーデルの砦を仕切っていた。オウリンは、シュテンの叔父にあたる人物である。

 シュテンは大酒飲みの乱暴者であったが勇猛果敢で、先陣を切って飛び出して行く。

 配下の者が、酒を浴びるほど呑んだシュテンが寝入った隙に、その首を落として、包囲している騎士たちの軍勢に投降してきた。

 オウリンは、バーデルの砦や集落から出ることなかった。戦うのは、甥のシュテンと配下の者に任せて、自分はシュテンの参謀という立場と言い張っていた。


 防衛戦のあと、集落に帰還するとシュテンは酒宴を開く。だが、部下を酷く殴りつけたり、集落に暮らす配下の妻や娘に、酌をさせるだけでなく狼藉ろうぜきを働く。

 その蛮行に対して、オウリンは甥の行動をいさめることしなかった。

 

 オウリンは、殴られたり、辱しめられた腹いせに家族と逃げ出す配下にわざと偽情報をつかませて逃がす。

 バーデルの地からシュテンがどの方面へ攻撃を仕掛けるかを投降者から知った騎士たちの軍勢が、そこに兵力を集中すると、手薄になっている方面の軍勢を狙いシュテンが攻め込み、食糧と武器や防具を奪ってくる野盗のような戦い方をしていた。


 スヤブ湖の湖賊である戦上手な女性たちを引き連れて、シャンレンがバーデルの地へ参戦した時、シュテンとオウリンのやり方に口を出せる者がいなくなっている状況となっていた。

 湖賊の女性たちか、宴への参加を拒絶して、被害を受けた家族をスヤブ湖へ逃がしたので、オウリンはシャンレンたちに騎士たちの主力の軍勢を引きつけさせる命令に従わなければ、このバーデルの地には置いておけないと言った。


 さらに、シュテンが湖賊の娘をシャンレンの身代わりで言いなりになれと、集落の人たちに見せつけるために狼藉を働いて、さらに湖賊の娘を配下の者たちのなぐさみものとした。


 集落の者と湖賊の女性たちは、シャンレンに、シュテンとオウリンを何とか始末できないものかと相談を持ちかけた。


 シャンレンは自分の左腕を失うかわりに呪術で毒酒を作り出し、湖賊の女性たちには、涙を流しながらシュテンの言いなりになり、油断させて毒酒を飲ませる役目を言い渡した。

 湖賊の女性たちや集落の女性たちには毒酒の毒消しとなる術を施した。

 これが彼女の美しい左腕が肩の下から腐り落ちた理由である。

 オウリンは同じ夜に集落の若い娘が色仕掛けで油断させ、湖賊の女性たちか忍び込み寝ているところを襲撃した。


 シュテンとオウリンの首級を差し出して、集落の女性たちの保護を訴える書状を渡す役目を我が身かわいさで、言いなりになっていた配下の男性から三人選んで使者として運ばせた。

 だが、この使者たちはバーデルの集落に戻らなかった。


 全面降伏しか認めないという対応だったのは、包囲している騎士たちの軍勢の方であった。


「師匠、彼女たちに徹底抗戦で、全滅するまで戦い抜くしかないように追い詰めたのは、私の罪です」


 後年、バーデルの都に暮らす術者ユイユンは、バーデルの乱についてクローリー男爵婦人となった姉のランユエへの手紙にこのように綴っている。


 シュテンとオウリンは、集落の女性や湖賊の女性たちからすると最低な奴らであった。だが、騎士たちとの戦いでは、バーデルの砦の主力というべき者たちであった。


 このシュテンとオウリンという二人の首領は、ベルツ伯爵の長男メルケルとパルタの都の執政官ベルマーとして、後世に生まれ変わっている。


 ターレン王国が開拓という南方制圧を行っている情報が漏洩しないように、国王エドガーが鎖国を宣言する書状を、ゼルキス王国へ送ったのと同時期に、バーデルの砦と集落を、呪術師シャンレンがシュテンとオウリンから奪っている。


 国王エドガーの予想以上に、南方制圧はこの一年後、宮廷魔術師クローリーの弟子ユイユンが、騎士たちの軍勢に参謀として派遣されてくるまで苦戦を強いられることになる。


 シュテンとオウリンの首級が運ばれてきた時、国王エドガーが、シャンレンを女伯爵として自治権を与えていれば、もっと早く伯爵たちの統治の時代になっていただろう。


 バーデルの乱の鎮圧後、宮廷魔術師クローリーの進言により、騎士たちに伯爵という爵位を授与され、それぞれ自治権を認められた。


 それは、バーデルの乱が鎮圧されたあと、統治のやり方によって再び反乱が起きる可能性がある。それを誰が鎮圧するのか、責任の所在を明らかにするための制度でもあった。


「ふふふ、いざとなればバーデルの地を捨て、辺境地帯かゼルキス王国に亡命すればいいのだよ」


 甥のシュテンや他人には命がけで戦わせて、安定した食糧や住居を手に入れており、折り合いをみて自分だけは逃げて生き残る算段をしていた卑劣なオウリンは、同衾どうきんしていた集落の若い娘にそう語っていた。

 月と星の信仰を持つシャンレンにとって、先祖の命が宿った土地で生きて死んでいくことで、命をつないでいくという考えも捨てたオウリンは「下劣な野盗にすぎない」と感じて、思わず口から悪態がこぼれていた。


 身をていして、シュテン殺しを気づかせないために、オウリンからの屈辱に耐えて色仕掛けを行った集落の若い娘からの報告を受けた。


 シャンレンは、指先一つ動かせなくなった左腕がずきずきと鼓動のたびに痛むので、湖賊の女性の従者たちの前で苦悶の表情を浮かべて、少し右手でさすっていると落ち着いてくる。


 シャンレンは、力があれば何をしても許されると考えていたと思われるシュテンや、信仰や他人の命はどうでもいいが自分の命の保証だけしか考えていないオウリンのような者こそが敵であり、この戦いを終結させるにはどうすればいいのか、一人で思い悩むのだった。



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