第387話

 シャンレンは、ただの放浪している旅人ではなく、修行者だった。


 のちにパルタの都の大井戸となる水脈の位置が、その当時、八つあった井戸のどの位置でもないことを、水の味からシャンレンは判断できた。


 全ての井戸の水の味のちがいを飲みくらべて、どのカップの水が、どの井戸の水かを言い当てることは、シャンレンしかできなかった。


 パルタの大井戸は、都のほぼ中心の位置にある。かなり深く掘り進めなければ澄んだ水が湧き出さなかった。


 双子の山の雪解け水が地にしみ込み、深さのあるスヤブ湖に湧き出したあと、さらに地下水脈として、パルタの都よりも、さらに遠くの辺境地帯の森を育てる水脈である。


 双子の山のある山脈から、スヤブ湖を経由しない大きな水脈が、のちのリヒター伯爵領まで地下で流れている。


 この二つの大きな地下の河をつなぐように、蜘蛛の巣のような支流の細い水脈はバーデルの地や、のちのブラウエル伯爵領の森に泉として湧き出していて、そこに村人たちが井戸を掘っている。

 パルタの大井戸より浅く掘られたブラウエル伯爵領の井戸の水は、震災前までは湧き出していた。


 十三代目ランベール王の時代まで、このブラウエル伯爵領へ広がっていた地下水脈の支流は途絶えることがなかった。


 バーデルの都はこの当時は存在せず、忌み地――風葬地としてバーデルの地は使われていた。


「シャンレン、一緒に王都トルネリカに行こうよ」

「私はまだまだ修行中の身です。湖の水神を崇める民がいると、私は聞いたことがあります。その人たちとも会ってみたいのです」


 シャンレンは「ユイユンに出会えて、こうして思いをとげられただけで、私は果報者です」と言い、ユイユンがパルタの都から去ったあとは、また修行の旅に出ることを話して、彼女の手を握り夢もみないぐらいぐっすりと眠った。


 このシャンレンの選択が、相思相愛の共に生きることができた二人の運命を分けることになる。


 大開拓の時代である。

 王都トルネリカから、豊かな収穫が得られる地を開拓して作り出すために、騎士たちがエドガー王に命じられ旅立ち、古き信仰を受け継ぐ民と騎士たちの対立が激化していくことになった時代。


 ユイユンはパルタの都の大井戸の功績を、エドガー王から認められ、五年後、騎士軍の参謀として、バーデルの地へ赴任することになった。


「ユイユン、すまない。私は、蛇神の都であったこの地を鎮める法術を後世に受け継げるようにしなければならない」

「師匠、任せて下さい。でも、一緒に大井戸を設置したシャンレンを見つけたらターレン王国で迎えてくれる約束は、絶対に忘れないで下さいねっ!」


 移住者の開拓民が兵士として旅立ち、宮廷魔術師クローリーの制作した剣や盾、それに弓などがバーデルの都から、騎士たちの元へ届けられていく。

 パルタの都は、王都トルネリカを守る障壁のような役目の都となって、改築が進められた。

 ユイユンとシャンレンが大井戸を設置していなければ、こうした人員と武器や防具の補充はできなかっただろう。


 シャンレンは、スヤブ湖の水神を信仰する民から崇めている女神官と出会い、呪術を学ぶことができた。

 スヤブ湖の水神信仰は、シャンレンの信仰してきた月と星に祈る信仰ではなかった。


 シャンレンの信仰する月と星に祈る信仰の民たちが、移住者から逆らわぬように虐待され、抗争は激化していく渦中にあった。

 ユイユンと離れたあと、シャンレンはそうした惨状に決起した人たちが、移住者や移住者に従う者たちに抵抗する戦いを目にした。

 彼女は古き信仰の巫女として、民を救うために、水神信仰の女神官の呪術を禁忌とわかっていても身につけることで、巫女様と決起した民から崇められる指導者の立場とされてしまった。


 現在のストラウク伯爵領の山の民は、この騒乱とは離れて暮らしていた。

 

 水神信仰とは別の山岳信仰を持つ山の民は、双子山を毎日、女神様として拝み山で採取されるものを食して暮らしていた。騎士アッカルドがこの僻地へきちへ遭難して訪れた時、山の民は騎士を救助して迎え入れた。


 また、現在のテスティーノ伯爵領の地域には騒乱を嫌い流れてきた難民たちが隠れて暮らしていた。

 他の土地で他の騎士たちが支配のために何をしたのかを難民から聞いた騎士ルチアーノは、悲しみに胸を痛めた。


 騎士アッカルドと騎士ルチアーノが、現在のストラウク伯爵とテスティーノ伯爵の先祖である。

 彼らは、最後の激戦バーデルの乱に参戦しなかった騎士たちである。


 人は死ぬと、月と星の清らかなる光に浄化され、土に宿り、子孫たちに豊かな作物を授けて守ってくれる神となるという信仰があった。

 山の民の信仰では人は亡くなると、心は風となり、女神の山に昇っていろいろな草花や動物などに生まれ変わってくるという言い伝えがあった。


 ターレン王国を建国した聖人ファウストを神の御使いとして信仰する考えとは異なる信仰を持つ民たちを、逆らうなら容赦しないと虐げて支配することで、開拓という侵略が行われていたのである。


 各地を転戦してきたまつろわぬ民は、ついにバーデルの地で包囲され、籠城戦まで追い込まれていた。

 棍棒や石で頭を殴る接近戦か投石で戦う民と、剣や盾を使い、また弓を射る移住者たちの軍勢で五年間で、雌雄を決する最後の激戦へと戦局は動いていった。


 水神の勾玉に封じられた呪術師シャンリーは、最後の激戦地バーデルには、まつろわぬ民の怨霊が鎮められていると考えて、その怨霊の力を呼び覚まし、自分の呪力を強化しようと考えたことを、踊り子アルバータに語っている。


 恋に落ちて、再会を誓い合ったユイユンとシャンレンの恋人たちは、こうした時代の奔流に翻弄された。


 ユイユンは、騎士たちの軍勢の参謀としての立場で、のちの学者モンテサンドが記した歴史書にはバーデルの乱と呼ばれている激戦に参戦することになった。


 シャンレンは、バーデルの地に籠城戦を行ったまつろわぬ民たちに崇められる巫女様という立場で、最後の激戦に参戦した。





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