第386話

 聖人ファウストがターレン王国を建国してからおよそ百年後、大開拓時代と、学者モンテサンドの歴史書に記されている三代目エドガー王の時代。


 王都トルネリカには、ロンダール伯爵の先祖にあたる宮廷魔術師クローリーが仕えていた。


 その弟子には、ユイユンという乙女の術者がいる。

 もしも、踊り子アルバータがこの術者名前を聞くことがあれば、どこかで聞いたことがあるような気がするだろう。


 魅惑の踊り子アルバータは、すらりとして、しなやかな美脚の美しい容姿をしていて、スタイル抜群な上に美しい顔立ちをしている。

 それは彼女が前世で、そのような美しい女性に憧れたからであった。


 ユイユンは、師匠からパルタの都への出向を命じられ、しかたなく了承した。


 彼女は宮廷魔術師クローリーの弟子ということで、おとがめ無しで済んだ。けれど、魔法具作りの失敗で、王都トルネリカで騒ぎを起こしていた。


 栗色の髪を無造作に流し、肩より短く散髪しているので、女顔の小顔の少年か青年に見えるユイユンは、貴族令嬢のように見えない。

 少しそばかすがあるが、それを鏡の前で気にしている時以外は、明るい表情でよく笑い、少し目尻が下がっている優しい目をしている。

 年頃なのだから、それなりに周囲の貴婦人や令嬢たちのような服装や髪型や化粧などにも気を使って欲しいと、ユイユンの両親は思っている。


 婿探しは、姉のランユエに任せて、ユイユンは、宮廷魔術師クローリーの自称一番弟子を名乗っていた。


「私は、あの悪戯娘いたずらむすめのユイユンを弟子にしたつもりはない」


 婚約者の令嬢ランユエに、若き紳士の宮廷魔術師クローリーは語っている。


「ああっ、師匠っ、どうやって浮かんでるんですか……って、とにかく、助けてくださ~い!」


 先日も、ユイユンは人を乗せて空を飛ぶ絨毯じゅうたんを依頼されて作り出したけれど、浮かんだままで降りられなくなるという不具合が発生した。


 ユイユンが何かやらかすたびに、令嬢ランユエの妹だからと、クローリーが後始末しているのだった。


 あまりに騒ぎを起こすので、パルタの都に井戸を設置するように命じて、ユイユンを王都トルネリカから、クローリーが逃がしたのである。


 とても甘い薫りの香水を作って欲しいという依頼を勝手に受け、宮殿に蜜蜂が大量に飛来する騒ぎを起こした。

 その騒ぎから身を隠すため、空を飛ぶ絨毯の試作品で上空に浮かんだまま降りられなくなったユイユンなのだった。


 クローリーが香水を染み込ませた蜜蜂の巣箱をたくさん作り、庭園に置いたことで、蜜蜂は庭園に集められて騒ぎは収まった。

 香水作りを依頼した貴婦人から、事情を聞き出して、ユイユンの起こした騒ぎだとわかった。

 蜜蜂の巣箱を王都トルネリカから離れた辺境地帯の森へ空を飛ぶ絨毯の試作品で運ぶことで、この騒ぎは解決した。


 クローリーは実際に浮かんでいるのではなく、呪符に念を込めて飛ばして、ユイユンの乗っている絨毯と同じ高さで自分の姿を幻として見せて、思念でユイユンに語りかけているだけだった。


(絨毯を燃やして、墜落させてしまおうか、悪戯娘が!)


 妹が亡くなったと知ったら、ランユエがひどく悲しむと思い、クローリーはこめかみに頭痛が走るほど怒っていた。

 しかし、絨毯の上で泣きじゃくっているユイユンの顔を地上の水晶玉で視ていたら、クローリーの幻に顔を近づけすぎて、ぐにゃりとぶさいくに歪んでいたので、思わず笑ってしまった。


 クローリーは、蜜蜂の巣箱を辺境地帯の森へ運ぶことを約束させて、試作品の空を飛ぶ絨毯の魔力を少しずつ墜落しないように消耗させてゆっくり降りてくる方法をユイユンに教えたのだった。


 地下の水脈を探り出して、水が湧き出す深さまで人を使って掘るように、とユイユンに命じたクローリーは、今まですぐに井戸を掘っても、しばらくすると水涸れを起こしてしまうという報告を受けていた。


 開拓のために騎士たちがパルタの都に集まり出発したのは一年ほど前である。

パルタの都では井戸の水が涸れるたびにに、さらに深く掘るということを繰り返している。


 師匠のクローリーは、自称一番弟子の乙女ユイユンが根を上げて、反省してくれることを期待している。


 ユイユンは、今でも水が湧き出している水脈を見つけ出し、大井戸の不思議な効果――食糧の鮮度を維持するという効果を発見して、三年後、得意げな顔をして王都トルネリカに帰還して、宮廷魔術師クローリーに成果を報告した。


 当時のパルタの都は今のように居住用建物も多くはなく、倉庫地区も無い。

 開拓地を求めて旅立った騎士たちがいた駐屯地にすぎなかった。


 何にもない辺鄙へんぴなところだと、ユイユンはパルタの都と名前は立派だけれど、どうしたものかと肩を落として、パルタの都をぶらぶら歩き回ってはため息をついていた。


(もう、今すぐ王都トルネリカに帰りたいです。ああっ、王宮の美味しいごはんが食べたいですよ~)


 パルタの都が、ターレン王国の食糧庫と呼ばれる前のことである。


(あれ、なんかあっちで美味しそーな匂いがします)


 夕暮れ時、空き地で焚き火をしながら食事の準備をしている旅人がいた。


 シァンレン。ユイユンより少し歳上に見えるが同じ年齢の乙女だった。

 ユイユンは、彼女の名前を聞いて、その容姿や顔立ちに良く似合うと思った。


 きゅうぅっ、とユイユンの腹が鳴ったのを聞いて、シァンレンはくすくすと笑った。


「たいしたものはありませんが、私と一緒にお食事しませんか?」

「はい、ありがとうございます!」


 ユイユンは師匠クローリーから断食の修行をすすめられ、三十日に一日だけ断食するように命じられていたが、パルタの都の到着初日に、さっそくその修行を放棄した。


「もぐもぐ……ふぅ、やっぱり食べなくちゃ、元気が出ないと思うんですよ~、どう思いますか?」

「ふふっ、そんなにあわてなくても。ゆっくり食べましょうね」


 美人の旅人シァンレンは「この時、私は、すでにユイユンに恋をしていたわ」と、三年後、大井戸を完成させ、明日の昼間には王都トルネリカへ旅立つ予定のユイユンに、月明かりの下で愛の告白をしている。





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