第383話

 神聖教団は、ホムンクルスの研究と実験を信者たちに公表していない。


 マルティナはホムンクルス、という事実を、エリザが知っているのは、神聖教団からは聖女として認定されている人物だからだと、神聖騎士団のメンバーたちは全員、マルティナ本人もふくめて思っていた。


 神聖教団から、エリザに対して教団の秘密を説明されていたわけではない。

 ゲームのエピソードとして、マルティナをミミック娘が調べた時に、彼女は魔力を術として使えるが、融合している魔石の魔力が枯渇すると死に至る可能性があると説明したことを覚えているからである。


 ホムンクルスの生成の過程や、培養液の調合や詳しい触媒などは知らない。

 大山脈の古都ハユウに、訪れたことがない。


 エリザは知識として知っているが、実感がわかない。そんな場所が、神聖教団の本部なのである。


 神聖教団が、ホムンクルス研究について隠している理由はいくつかある。


 ポーション錬成の方法が他の土地の者に知られると、類似品を製造されて専売で儲けられなくなるから。

 ……と考えるなら、それが可能になる触媒の入手と、培養液の錬成が可能になる儀式が行える条件があるのは、ダンジョンだけだった。

 現在は魔獣モドキが出現せず、ドロップ品が出現しないので、触媒となる薔薇色岩塩は大山脈へ行かなければ入手できない。

 ダンジョンの内部でも、賢者マキシミリアンが隠れ家にしているような裏ダンジョンは、魔法の儀式を行うには最適である。


 エリザが回避した聖戦シャングリ・ラのエピソードの内容で、媚薬ポーションの試作品が錬成され、拉致された令嬢カレンとエリザに使用されたのは、ロゼ遺跡のダンジョンだった。


 現在封鎖中のロゼ遺跡のダンジョンの調査を神聖教団の調査団が行い、不審者らしき者を撃退し、エリザはその報告を調査した神官から受けた。

 不審者は、なぜ神聖教団がダンジョン調査を行っていて封鎖された理由を探ろうとした情報屋リーサだった。


 他にも理由がある。

 死者を蘇生しようとしているということに、嫌悪感を感じる信者もいるとアゼルローゼとアデラが考えたからである。


 人間は、本能的に死を怖がる。死を連想させるものを嫌がる傾向がある。


 人間の遺体で、いずれは生活に役立つ便利な物を造り出せると言われても納得する者は少ない。

 また、亡くなった家族や親友の遺体を実験に使用することに同意する者は、まずいない。

 それは、家族や親友が亡くなったとしても、すぐに気持ちの整理がつかず、生き返るわけではないけれど、まだわずかに生きているのではないか、生き返ってほしいとまで思う気持ちがあるから。

 遺体を触媒として使うのは、不謹慎と感じる者が教団の修行者たちにもいる。


 現在の神聖教団の戒律だけでなく、どの地域の法律でも禁じられていることがある。

 人間の遺体を料理の食材として使用することや、死んで間もない遺体で死姦することを禁じている。


 遺体の血肉を食して、その死者を自ららの一部としてともに生きるという考え方を推奨した教義は、蛇神の都の蛇神信仰だけである。

 また無礼講の大祭で、まだ硬直が始まる前の女性の遺体に欲情をぶちまける行為を容認していた。


 ホムンクルスの失敗作である眠り続ける実験体に対して、目覚めさせる目的と実験体は妊娠するのかを確認するつもりだっただけので、あくまで研究への情熱から行った行為であって、不純な目的で行ったわけではないと主張した男性の研究担当の助手である人物もいた。

 聖職者にあるまじき蛮行であると言い渡し、アゼルローゼとアデラは、このタブーを犯した人物を死刑に処している。


 動物の肉は食べるのに、人間はどうして食べてはいけないの?

 蛇神信仰の都で生活していた者たちはそう思っていた。さらに、死後に別れを惜しんで食べてくれる家族や恋人がいないのはかわいそうという認識があった。


 死姦の問題は、瞬間移動の魔法陣を使いある貴族令嬢の埋葬した遺体を密かに盗み出して古都ハユウに運び込み、研究施設内の培養液で、密かに遺体を修復して、研究担当の助手である人物の暮らす家に隠した状況で蛮行に及んでおり、極めて悪質であると神聖教団の裁判では判決で言い渡されている。


 魔導人形ソーサリー・ドールで問題があるなら生きている人間で、妊娠させず、相手の同意が得られるなら問題はないだろうと考えた者たちも過去に裁判で裁かれている。


 現在、エルフェン帝国の平原の村で使用されている避妊ポーションは男性が行為の前日までに服用して、効果は三日間継続するというアイテムとなっている。


 このポーションは、ホムンクルスの研究にたずさわった男性の研究担当の神官が、戒律を破り生成したものである。

 エルフェン帝国の前身である大同盟の成立以前には、平原地域で娯楽としての道具として奴隷を捕獲して取引する人身売買が行われていた暗黒時代と呼ばれている時期が存在していた。


 獣人族の女性は高値で取引され、男性の獣人族は売り物にならないと殺害されていた。

 正確には、獣人族の身体的特徴が先祖返りで生まれつき持っていた混血の人間で、獣人娘アルテリスが戦場で怖れられていた時代の獣人族とは異なる者たちである。


 また、教育を受けていない愚民の村人は、特権階級のなぐさみものになって飼われるほうが、人間らしい暮らしができるという考えが広まっていた。


 身分階級制度が失われ、能力成果主義となった暗黒時代には、努力しないから教養を身につけられない、努力してきた特権階級が支配するべきという考えを、こじらせていたのである。


 男性の獣人族のような見た目の混血者と行為をすると、購入した女性が妊娠する確率が極めて高く、娯楽用の奴隷として不人気だったので、高値で取引される女性の先祖返りの女性たちを奪い合ってでも求め、奴隷商人の国の者たちは男性の先祖返りを捕獲したら、容赦なく殺害していた。


 時代と地域が違えば、人の常識や物事に対しての感じ方が全く異なる一方で、現在と変わらず同じところもある。


 避妊ポーションは、暗黒時代の大陸で試作品が裏取引されて、奴隷にされた人たちの被験によって現在の効果まで到達した。


 アゼルローゼとアデラが避妊ポーションを認めたのは、避妊ポーションが、同時に緊急避妊薬や堕胎薬として使用可能だという研究結果を認めたからである。


 男性からの蛮行で望まぬ行為を強要され続け、妊娠と出産を繰り返して産辱期に命を落とすことがかなりあった。

 そうした悲惨な事故への対策として、避妊ポーションをアゼルローゼとアデラはこの効果を発見した神官たちを戒律を破ったものとして裁判で処刑したが、避妊ポーションの研究と被験を継続した。


 ホムンクルスの研究を信者たちに隠してきた理由として、禁欲の戒律を破る者たちの醜聞スキャンダルがさらされて、神聖教団の威厳が失われるのを警戒した事や、未完成の魔導人形ソーサリー・ドールを、性具として使用する目的で利用されるのを防止するためでもあった。


 過去のホムンクルスの研究について聞いたことがあったり、ポーション錬成についての情報を握る神聖教団の上位の神官たちには、現在では男性の神官はトラブル防止のため排斥されている。

 神聖教団の僧侶には男性と女性がいるが、神官の中でも上位とされている特殊な役目を任されている者たちは、全員女性の聖職者たちである。


 こうした諸事情を把握しているのは、アゼルローゼとアデラ、マキシミリアン公爵夫妻だけである。


 参謀官マルティナはホムンクルスだけれど、ホムンクルス研究の過程で、どんな出来事が実際に起きたのか、その全てを教えられているわけではない。





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