第378話

 神聖騎士団の団地ミレイユと参謀官マルティナは、赤錆び銀貨の怪異の謎を解き明かしたいようだ。


 僕はあまり女性には話しにくい話題だと思いながらも、硬貨を錬成した魔法具を制作したことがある事を彼女たちに教える事にした。


 彼女たちの話によれば、硬貨が錆びるという事は、前代未聞の事らしい。

 これはエリザが前に僕に教えてくれた事になるが、硬貨はダンジョンから召喚されるドロップ品という物らしい。

 その辺に落ちている小石や小枝と異なる物で、劣化したり壊れにくい物なのだと説明してもらったことがある。


 ターレン王国には僕の一族が調査したところでは、ダンジョンは存在しない。

 ターレン王国とゼルキス王国の国旗地帯である、どちらの国でもない空白地のニアキス丘陵にぽつんと一つダンジョンと呼ばれるものがある。

 その情報はつかんでいるが、調査するとなると、宮廷議会に許可を取り、報告書を提出する必要がある。


「ダンジョンというのは、その中から貨幣が出てくることがあったと聖女様から聞いている。今は出てこなくなったと聞いて、僕は少しズルいと思った」

「ロンダール伯爵、エリザからドロップ品が何を代償に出現していたかは聞いておられないのですか?」


 参謀官マルティナから、ダンジョンは遠い過去の時代の「生きている遺跡」とも呼べる不思議な地下迷宮であること。

 そして、内部で人が死亡すると遺体や遺品、髪の毛一本さえ残らず吸収されて跡形もなく消失する性質がある。

 以前は、魔獣モドキの疑似生物が自動的に内部の迷宮に発生して、探索する侵入者を殺害していた。

 魔獣モドキの疑似生物を討伐すると、たまに疑似生物が消失する時に、ドロップ品が出現する。

 その品物の一つが硬貨だったらしい。


「探索して魔獣モドキの生物と戦い、敗れて殺害された者たちが吸収され、再び魔獣モドキを生成されたり、ドロップ品の元になっていた」


 この聖騎士ミレイユの説明と同じことを、エリザから僕は聞いている。

 犠牲者の命が、硬貨になったようなものだということ。

 土地がいくらターレン王国よりも狭いゼルキス王国であれ、ずっと昔から人は暮らしていて、考えてみれば多くの民衆がいるはずなのに、ずっと少ない。

 その原因がダンジョンだったと聖騎士ミレイユは言った。


(ターレン王国にも、ダンジョンがあれば、もっと村人は少なくなっていたんだろうな、きっと)


「ターレン王国は作物をゼルキス王国に提供し、私たちゼルキス王国はダンジョン探索の犠牲者たちの命を対価として支払ってきたともいえる」


 僕はパルタの都に、不正に隠匿いんとくされていた作物が、ゼルキス王国へと横流しされていたこと。

 それが、モルガン男爵がパルタ事変で殺害されるまで続いていた事実があるのを、リヒター伯爵の子息リーフェンシュタールからの情報で知った。

 遠征軍の兵糧まで、戦場の辺境地帯に送ったことにして、実際は半分しか輸送せずに隠匿していたらしい。


「私たちは傭兵団を率いていたガルドを探索してきて、今、ここにいる」


 辺境地帯にあった果実酒造りの職人たちの小村がいくつも、ガルドの傭兵団に焼き討ちされた。

 神聖教団の僧侶リーナが、ゼルキス王国の王都ハーメルンに、辺境地帯から疲労困憊して訪れた。

 神聖騎士団の団長ミレイユは、僧侶リーナからの協力依頼を受けた。

 

 その傭兵団の団長ガルドが、騎士に叙任され、遠征軍の指令官である将軍となった経緯いきさつは、モルガン男爵の日記に詳しく書き残されていた。


「ロンダール伯爵、これがそのモルガン男爵の日記です」


 マルティナから、僕はモルガン男爵の日記を受け取った。

 僕の斜め背後で控えて立っているアナベルにも、これを見せてもかまわないかと確認した。


 アナベルは速読ができる。念のために五回ほど、全てのページをパラパラパラとめくる。

 飛ばし読みや拾い読みではない。単純に、きちんと文字を見る能力を高め、それに加え理解や記憶、集中力などの能力を高めることで、初めて読む文章でも理解度を落とさずに、アナベルは見たままを丸ごと記憶することができる。

 マルティナに、アナベルが日記を返却した。

 アナベルが僕の背中にスッと一度、手をふれた。

 僕の笑顔は引きつったかもしれない。


 モルガン男爵への献金の相手と献金の見返りの詳細。

 モルガン男爵の背徳的な養女のソフィア嬢への虐待。

 日記の内容は、大きく分ければその二つといえる。

 後悔や反省の言葉は一切なし。


 アナベルの記憶した内容を、僕は思念で伝えてもらった。

 もしもこの日記の内容を公表すれば、モルガン男爵派閥の議員たちは、壁際に追い詰められたネズミのように動けなくなるだろう。


「君たちは、騎士ガルドをどうするつもりなのかな?」

「罪を認めれば釈明する機会は与える」


 聖騎士ミレイユは僕の質問に、短くそう答えた。

 パルタ事変は、女騎士ソフィアの養父のモルガン男爵への復讐。

 エリザの情報によれば、パルタ事変のあと、ガルドとソフィアの二人はパルタの都から離れ、逃亡中である。


 ジャクリーヌ婦人からの執政官ギレスへの贈り物――赤錆び銀貨の調査。

 元傭兵団の団長ガルドの探索と討伐。

 

 そのためにバーデルの都まで、神聖騎士団は乗り込む気らしい。


「銀貨の錆びた原因は、僕にもわからない。ただ、僕は硬貨で変わった物を作ったことがある。その道具の効果と同じように人の心に影響を与えるのと、意志疎通の効果があるものだとは見当がつく」


 ジャクリーヌ婦人の凶運を避けるために作った指輪について、僕は聖騎士ミレイユと参謀官マルティナに説明した。


「夢に干渉するというのが、リングと指輪とのちがいだね」

「ギレスが持つ赤錆び銀貨が危険だと判断したら、破壊する」

「破壊する?」

「私の剣ならできる」


 僕は一つ気になっていることがある。

 呪術師シャンリーがリングの錬成の素材とした硬貨に、赤錆び銀貨が混ざっていなかったかどうか?


 踊り子アルバータがこの場にいないのが悔やまれる。彼女なら、亡霊ゴーストのシャンリーから聞き出せたかもしれない。


 もしも聖騎士ミレイユが、ロイドのリングを破壊して外してしまったら、ロイドはジャクリーヌ婦人のせいで、あっさりくたばってしまうだろう。


 指輪を破壊して、ジャクリーヌ婦人が人間に戻れるとしても、彼女が若返った容姿を手放すとは、とても僕には思えない。




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