第374話

 エリザが大陸の大西部を、二人の護衛を連れて旅をする物語。


 この物語は、配信終了した聖戦シャングリ・ラには存在しない物語である。


 呪術師シャンリーの死、亡霊ゴーストとなり、細工師ロエルによって強化された水神の勾玉に封じられたあと、踊り子アルバータと旅をするエピソードもゲームでは存在していない。


 執政官ギレスの人生の物語は、聖戦シャングリ・ラの原案では、偽物の治療師ヒーラーヤザンによって魔族化する展開が、原案者の創作ノートにはメモされている。


 聖騎士ミレイユがローマン王の亡霊に完全に憑依され融合したランベール王と対決する物語のあと、二十一歳の冷酷非情な青年ギレスが、新たな敵となるはずだった。


 英雄を抹殺するために現れる敵は、剣と鞘のように一対の存在として現れる。


 これは、女神ラーナが生命のエネルギーを大いなる混沌カオスに還さずに生まれ変わりによって世界を維持し続けていることに関係している。


 たとえ神と崇拝される存在であれ、大いなる混沌カオスに還るという摂理がある。


 生まれ変わりということが、摂理に逆らったものであり、摂理に従うことが正常な世界のなりゆきなら、女神ラーナが世界を加護して存続させ続けていることは、プログラムであれは、エラーやバグということになる。


 正常に機能するはずのプログラムに発生した不具合を、確認して修正する作業をデバッグという。


 どんなゲームも、オープニングとエンディングが存在する。

 ゲームのプレイヤーは、ゲームプレイで、そのエンディング以外のばっと終わりを回避する選択を続けていく。


 人生がゲームではないのは、壮大な世界のオープニングからエンディングまで全てを体験することは、ある特定の一人の人物では、寿命が尽きてしまうので不可能なのだ。


 Worst End――最悪の終わり。

 それは世界の滅亡でも、プレイしているキャラクターの死でもない。


 すでに始まっていて、終わりがない世界に永遠に生き続けているのに、何も変化しない世界で、自分だけが不幸だと感じ続けていることである。


 幸福と不幸ということも、どちらかだけでは認識できない。

 相対的にしか感じられないもの。


 エリザは、ゲームに登場する人物と出会うたびに「ここはゲームの世界で、私もふくめて同じなんです」と言い続けている。


 相対的に物事を考えたり、感じたりしているところに、どんな関係性があるかは関係なく、全てが同じと言われた人たちは、そうだとしても理不尽に嫌な思いはしたくないし、理不尽でも幸せならば満足なのである。


 エリザが壮大な世界の在り方にどれだけ的確な情報を伝えていても、自分の人生という限られたタイムリミットのある状況で、自分がどれだけ幸せだと感じられているかを他人と比較し合うことでしか実感がつかめない。

 

 だから、それが無意味で自分の人生にどんな得があるのかと考えてしまう人の方がほとんどなのだ。


「私たちはいっしょ」

「ちがうけどいっしょ」

「エリザちゃんもいっしょ」


 そう言って、にこにこと笑いながら、三人でエリザにぎゅっと抱きついてくる「僕の可愛い妹たち」の頭を撫でながらエリザも思わず、なごんで一緒に小さなくすくすと笑い声をもらしてしまう。


 自分たちが幸せか不幸かなんて「僕の可愛い妹たち」は悩んだりしない。

 好きか嫌いか、怖くないか、その瞬間の気分に合わせたシンプルな考えで生きている。


 子供はのんきで悩みがなくていいと、うらやましがる人もいるかもしれない。


 彼女たちが純真爛漫で、エリザになつくように誰にでもごきげんで、はしゃいた態度で接しているわけではない。


 エリザも「僕の可愛い妹たち」の三人の少女たちが大好きだけれど、彼女たちもエリザをお姫様だと思っていて、とてもお気に入りなのである。


 たとえば子供好きで、特に可愛い女の子にはめろめろなベルツ伯爵が、この三人の「僕の可愛い妹たち」と会ったとしても、ロンダール伯爵か一緒に暮らす大人の女性のアナベルの背後に隠れて、ちらりと顔をのぞかせているけれど、話しかけられたり、目が合っただけでも、さっと身を隠してしまうだろう。


 聖騎士ミレイユや参謀官マルティナにも「僕の可愛い妹たち」はそんな態度だった。


(あの子たちは、昔のエリザのようだ。いや、それとも、私が修業が足りないだけかもしれぬ)


 聖騎士ミレイユは微笑を浮かべて「僕の可愛い妹たち」に優しげな声で挨拶の言葉をかけただけで、あとは無理に接したりはしなかった。


 剣を携え、いつでも戦う覚悟ができている聖騎士ミレイユは、子供たちには威圧感があって、近づきがたい雰囲気なのだろうと思っている。


 参謀官マルティナが、エリザ、アルテリス、シン・リーのように子供たちになつかれたら、逆にマルティナの方が困惑した表情で少し身をこわばらせてしまうだろう。


 ロンダール伯爵だけでなく、術師のアナベル、そして「僕の可愛い妹たち」の三人も、参謀官マルティナの紫色の瞳に興味を持って見つめていた。


 すごくきれいだね、と「僕の可愛い妹たち」は、子供部屋でマルティナの紫色の瞳について話していた。


「テスティーノ伯爵によると、マルティナさんに会うため、ストラウク伯爵のお屋敷へマキシミリアン公爵夫妻が滞在なされているそうです」

「父上と母上が、ターレン王国に来ているのですか?」

「そのようです。ミレイユ様、ストラウク伯爵領へ向かわれますか?」


 術師アナベルが、聖騎士ミレイユにテスティーノ伯爵から頼まれていた伝言を伝えた。


「このロンダール伯爵領からストラウク伯爵領までは、パルタの都へ行くよりも距離があるから。テスティーノ伯爵かリーフェンシュタールに頼んで、マキシミリアン公爵夫妻に、ここで待っていると伝えてもらうことにしますか?」


 ロンダール伯爵は聖騎士ミレイユとマルティナにそう言った。

 貴公子リーフェンシュタールは、署名をもらうために、ストラウク伯爵に会いに行く予定だとロンダール伯爵は聞いている。

 エリザたちがフィーガルの街に滞在している時、テスティーノ伯爵はフェルベーク伯爵領のルゥラの都に向かっていて会うことができなかった。


「ロンダール伯爵、逆さ刻印の赤錆び銀貨の噂を聞いたことがありますか?」


 聖騎士ミレイユは、獣人娘アルテリスから聞き出した情報をロンダール伯爵に伝えて意見を求めることにした。


 ドレチの村を視察した神聖騎士団メンバーは、神聖教団の本部がある古都ハユウのように、ロンダール伯爵領には法術の力を利用しやすくする配慮が施されていることに気づいていた。


「これほどの法術の知識がある人物ならば、逆さ刻印の赤錆び銀貨の怪異について話し合えるはずです」


 参謀官マルティナは、聖騎士ミレイユに進言したので、神聖騎士団のメンバーたちも、フィーガルの街へエリザたちと一緒に訪れている。


 ドレチの村から、聖騎士ミレイユはバーデルの都へ行って、調査を行うつもりだった。


 ドレチの村には、不思議なマーオというものが出現していて、ミレイユが夢の中で女神ノクティスに、マーオについてたずねてみた。


 バイコーンと同じで、悪夢喰いのおとなしいものらしいことがわかった。


「本来は錆びることもなく、刻印が逆になっているものはありえない銀貨によって、ブラウエル伯爵領で発生した怪異と同じことが起きたとしても、この伯爵領ではマーオのおかげで問題は気づかないうちに解決すると思われます」


 参謀官マルティナは、そう説明したあと、眼鏡の位置を直した。


「たしかに他の地域には、バイコーンやマーオがいないから危険があるかも。それにしても、ジャクリーヌ婦人もまた、容赦なしで、執政官ギレスにそんなものを贈るとは……怖い人だ」


 ジャクリーヌが酔っぱらいながら「ロイドの仇討かたきちをしてやりますわ!」と一緒に二人で酒をがぶ飲みしながら獣人娘アルテリスに話していた。

 さらにアルテリスは赤錆び銀貨を「ギレスに渡しに行かない?」とジャクリーヌから相談を持ちかけられていた。


 アルテリスがその話を断ったので、ロイドが商人になりすまして、バーデルの都の執政官ギレスに赤錆び銀貨を献上している。


 アルテリスや神聖騎士団メンバーはジャクリーヌの性格が、かなりおっかなかったことを知らない。

 今はロイドと仲良く暮らしてずいぶん温厚になったけれど、やるときはやる性格なのは、ロンダール伯爵は占術が得意なので知っている。




 

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