第371話

 呪術師シャンリーは人生で、同性の親友を持つ発想が持てなかった。


 水神の勾玉に封じられて、踊り子アルバータとそれぞれの苦労話を語り合っている。


 踊り子アルバータも、幼い頃から修行三昧の生き方をしてきた。

 だから、同性の他人と気軽に遠慮なしで語り合う機会がなかった。


 声に出さなくても、思念で語り合うことができる。そして常に一緒に行動している。

 寝食を共にして気兼ねなく語り合うことができる親友と、踊り子アルバータも出会う機会がなかった。


 シャンリーが少女時代に飲んだくれの父親と自分の食費を確保するために、身を売って働かされていたことを知って、踊り子アルバータは胸が痛んだ。


 シャンリーも両親から旅芸人の一座に売り飛ばされたアルバータが、ひたすら舞踏の修練に打ち込むしか生きる方法がなかったのには、同情してしまった。


 儀式用の蛇神のナイフで、生活する上で足手まといな上に、シャンリーを性欲処理の道具のように扱っていた父親を殺害した。

 シャンリーの過去の事情を知った踊り子アルバータは、自分も同じ立場なら同じようにすると思った。


 三度、求婚されて貴族暮らしをしたけれど、相手から欲情はされても、愛情は感じられなかったとシャンリーは、貴族のゴーディエ男爵との結婚に憧れている踊り子アルバータに対して、シャンリーは語った。


 貴族の習慣や家柄を重んじる考え方を踊り子アルバータは、よくわかっていなかった。


 ゴーディエ男爵には王都トルネリカに帰還してもらい、王の側近の立場で権力を握ってもらいたい。

 踊り子アルバータはそう考えて行動している。


 呪術師シャンリーは、もしもゴーディエ男爵が権力を握り続けるには、法務官レギーネを手なずけておく必要があるとアルバータに教えた。


 宮廷議会の採決した事案を、法務官レギーネが処理できるのは、国主専用の印鑑である「玉璽ぎょくじ」をランベール王から託されているからである。

 国書への印判を成すために用いられ、いわば「王の意思決定」を示す印鑑となっている。


 ゴーディエ男爵がランベール王の側近として、パルタの都で暗殺されたモルガン男爵の後任者のような役割として復帰して、宮廷議会に絶大の影響力があれど法務官レギーネが「玉璽ぎょくじ」を握っていれば、ゴーディエ男爵の独断では王の代行として採決できない。


(ランベール王と法務官レギーネは、宮廷議会の決議を取らずに、王の権威を行使して、謀反の容疑をかけ、私の処刑を実行した。ゴーディエ男爵は、宮廷議会のまとめ役に過ぎなかった。だから、私の処刑の件からは、彼は外されていたというわけね)


 フェルベーク伯爵と王のものと思われる密書を、伯爵を殺害した夜、ルゥラの都の伯爵邸から逃亡した時に、シャンリーは発見していた。


「ゴーディエ男爵が王都トルネリカに帰還したとしても、法務官レギーネの所持しているその印鑑を手に入れて思い通りに使えなければ、王の代行者にはなれないわけですか?」

(そういうことになるわね)


 シャンリーは、ゴーディエ男爵が色仕掛けで法務官レギーネを籠絡するのが、謀殺するよりも安全に権力を握る方法だと踊り子アルバータに教えた。


 謀殺するには、身代わりとして罪をかぶせる者が必要になる。

 しかし、生かしておいた期間が長いほど、陰謀の秘密は漏洩しやすくなる。


「ゴーディエ男爵が法務官レギーネを、色仕掛けでなんて……すごく嫌!」

(アルバータ、宮廷の裏側なんて、そんなものよ)


 どうやってシャンリーが女伯爵の地位を、ローマン王の亡霊を脅迫して得たのかという話や、宮廷議会の重鎮モルガン男爵と結託して、世間知らずの法務官マジャールを利用して法改正したのかについても、踊り子アルバータに語った。


(ゴーディエ男爵を王の代行者とするには、利用できる相手は骨までしゃぶり尽くすつもりで陥れる必要がある。

その覚悟がゴーディエ男爵になければ、逆に彼は、利用されて汚名だけを着せられるでしょう)


 シャンリーは、フェルベーク伯爵への報復のあとの宮廷の状況が把握できていなかった。


 ランベールの身に何か異変が起きたことは、ランベールの厄災の身代わりにしていたレナードがすっかり姿を変えて活力を取り戻していたことから、シャンリーは理解できた。


(王の側近の法務官レギーネが、王の不在をなんとかごまかしながら、権力を維持しているわけね。

ああっ、まさか私が閉じ込められるなんて。法務官レギーネに憑依できれば、ターレン王国を支配できる絶好の機会なのに!)


「シャンリー、ヴァンピールの法務官レギーネに憑依できるの?」


 踊り子アルバータにうまく憑依できず「僕の可愛い妹たち」に舞踏ダンスされて囲まれた。

 しまいには、勾玉に逃げ込むか、テスティーノ伯爵の念力の込められた剣技で冥界送りにされるかの選択に、亡霊ゴーストのシャンリーは迫られた。


(アルバータよりも、法務官レギーネの魔力は弱いはず!)


「ねぇ、シャンリー、ゴーディエ男爵に憑いたりしないでね」

(男性になるつもりはない。アルバータに憑依できなかったおかげで、誰に憑依すればいいかわかったのだから、私は運がいい!)


 なんて前向きな亡霊ゴーストだろうと、踊り子アルバータは呆れながら、焚き火に小枝をくべている。


(アルバータ、少し眠ったらいいわ。誰か近づいてきたら起こしてあげるから)


 シャンリーは亡霊ゴーストになって、少し優しい性格になったのか、踊り子アルバータを気に入ったようである。




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