第369話

 ロンダール伯爵は、この時、踊り子アルバータに呪術師シャンリーについて語り聞かせる必要があった。


 呪術師シャンリーは、ロンダール伯爵の占術によって襲来すると予知されていた。ロンダール伯爵の予想とエリザのゲーム攻略情報から、美少女エステルの容姿でロンダール伯爵たちを殺害するためにやって来るだろうと考えられていた。


 肉体を喪失した亡霊ゴーストとなった呪術師シャンリーが、王都トルネリカからパルタの都や幻術師ゲールの青蛙亭には侵入できなかったが、憑依するのに適していそうだと踊り子アルバータを追いかけているのだった。


 亡霊祓いは、生きている人に幻や白昼夢をみせる幻術師ゲールにはあまり得意な事ではない。

 ゲールは、亡霊と思念で意思疎通をして、亡霊にさえも幻をみせることはできないわけではない。

 しかし、亡霊の抱く感情などに心が感応しすぎて、術師の心や感情が不安定になる危険がある。


 魔導書グリモワールの蛇神祭祀書は、呪術師シャンリーの残留プラーナの亡霊ゴーストを連れている踊り子アルバータを、持ち主であるゲールから遠ざけようとした。


 ロンダール伯爵は、踊り子アルバータに呪術師シャンリーの亡霊を鎮める儀式を試みるので、協力してくれないかと依頼を持ちかけたのである。


 踊り子アルバータに呪術師シャンリーが憑依することができるとすれば、彼女の心が深く傷ついて、プラーナのバランスが乱れた時がチャンスである。


 踊り子アルバータに、亡霊のシャンリーを意識させること。


 そうすることで、憑依されかけてしまっている時に、自我を保ちやすくなる。

 亡霊の生前の記憶や感情が、流れ込んできて、自分が考え、感じているものと思い込んでしまう。

 そうすることを繰り返しながら、肉体の主導権を握られてしまう。

 

 アルバータが鎮めの巫女だと、ロンダール伯爵たちが知っている理由は「エリザお姉様がお話してくれたの!」と満面の笑みで、アルバータからダンスを習った「僕の可愛い妹たち」が話したことで判明した。


(そのエリザという人は何者?)


 アルバータにとって、呪術師シャンリーの亡霊よりも、ロンダール伯爵に、ランベール王と王の側近のゴーディエ男爵や法務官レギーネ、三人の寵妃たちしか知らない秘密を暴露したという「エリザお姉様」の方が気になる人物だった。


(暗殺するとすれば、神聖騎士団のメンバーより、王宮の秘密を暴露するそのエリザという小娘じゃないかしら?)


►►►


「ロンダール伯爵、そのシャンリーの亡霊はどうなったのですか?」


 貴公子リーフェンシュタールが、ロンダール伯爵に質問した。

 

 白い梟のホーを肩に乗せ、リーフェンシュタールが白馬に乗ってやって来た。

 さらに「僕の可愛い妹たち」に竪琴の演奏と美しい歌声をリーフェンシュタールが披露したので、ロンダール伯爵の邸宅の小さなお嬢様たちは大はしゃぎであった。

 リーフェンシュタールの演奏と歌声に合わせて「僕の可愛い妹たち」は、くるくると踊り子アルバータから習ったダンスを踊る。


 それが落ち着いて、白い梟のホーがロンダール伯爵の邸宅の屋根の上で、小さなお嬢様たちの眠りを誘うような鳴き声を、月明かりと星空の下で響かせているのを聞きながら、ロンダール伯爵とリーフェンシュタールは書斎で話している。


 ロンダール伯爵の伴侶の美女アナベルは、神聖騎士団の聖騎士ミレイユや魔剣ノクティスが、ドレチの村に影響を与えないか危惧して、ロンダール伯爵の邸宅のあるフィーガルの街から離れている。


 蛇神の大祭で凌辱され、毒酒を飲まされた上に、生きたまま内臓を、信者たちの大歓声を浴びながら、祭壇の前で見世物のように引きずり出された巫女ローザだった前世の記憶を、リーフェンシュタールは生々しい夢としてみる夜がある。


 再び蛇神信仰の王国を築き上げて、女王として君臨しようとしている呪術師の亡霊と聞けば、リーフェンシュタールの心は、前世の記憶の恐怖もあり、ひどくざわつく。


「踊り子アルバータとテスティーノ伯爵の協力があって、僕とアナベルは呪術師シャンリーの亡霊を捕まえることに成功したんだ。

リーフェンシュタール、僕たちは、亡霊ゴーストを祓ったとか、憑依されている人から追い払ったという話を聞いたことはあるかもしれないが、亡霊ゴーストを捕まえた話を聞いたことはあるかな?」


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 呪術師シャンリーの亡霊ゴーストの捕獲を実現したのは、細工師ロエルがストラウク伯爵領で錬成した魔石の勾玉を、テスティーノ伯爵がロンダール伯爵に手渡したことで実現した。


 それはエルヴィス号の竜骨キールに埋め込まれた海賊の女王コーネリアの心が宿った勾玉と同じ技術である。


 呪術師シャンリーの襲撃に備えるために、テスティーノ伯爵は、ストラウク伯爵へ相談に行った。

 そこで、マキシミリアン公爵夫妻や、細工師ロエルと弟子のセストとテスティーノ伯爵は再会している。


 そして、血の渇望の発作を起こして寝込んでいるゴーディエ男爵や密偵ソラナと、テスティーノ伯爵は会って、ロンダール伯爵が無事にストラウク伯爵領へ二人が逃れたか心配していたと、ソラナに話している。


 細工師ロエルは、この世界では最後のドワーフ族の職人の乙女である。

 亡霊の捕獲用アイテムの錬成をしていたわけではない。

 参謀官マルティナの心を、肉体に融合している魔石の影響から守るため、マルティナの心を外部に移して、肉体を外部から制御するアイテムを錬成しようとしていたのだった。


「……だから、残留プラーナの亡霊ゴーストに心がまだあれば、これに閉じ込めることができる。ロエルはすごい、えらい!」


 ふんすーとちょっと自画自賛しながら細工師ロエルは、魔石の勾玉をテスティーノ伯爵に手渡した。


 テスティーノ伯爵がゴーディエ男爵やソラナにプラーナやチャクラについて教えていたのを、細工師ロエルは聞いていて、ストラウク伯爵の伴侶の若妻で山の巫女マリカにさらにあれこれ聞き出した結果、魔石の勾玉を錬成したのである。


 遠く離れた大陸東方のシャーアンの都に伝わる秘宝と、ストラウク伯爵の巻物に記されたスヤブ湖から発見された水神信仰の法具の首飾りに使われた勾玉は、とても良く似た形をしていた。


 スヤブ湖から引き上げられた勾玉がストラウク伯爵の屋敷に保存されており、それは小さく力も弱かったので細工師ロエルは合わせて一つの勾玉を錬成した。


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 踊り子アルバータは、美しい勾玉の飾り石がついた首飾りを身につけている。


 踊り子アルバータに憑依して、令嬢エステルから肉体を奪ったように、そしてローマン王の亡霊がランベールの肉体を奪ったように、シャンリーの亡霊ゴーストは狙っていた。


 しかし、それは細工師ロエルが、大昔のスヤブ湖で水神を信仰していた女神官たちの法具の勾玉を再現したことで、呪術師シャンリーにとっては、二度目の屈辱的な惨敗を受け入れることになった。


 勾玉の首飾りをつけた踊り子アルバータと、呪術師シャンリーの亡霊ゴーストは、思念で語り合うことができるようになったのである。


 呪術師シャンリーの亡霊ゴーストが勾玉から解放される方法を知りたいと踊り子アルバータにせがんだ。

 アルバータは憧れのゴーディエ男爵がストラウク伯爵領にいるとは知らずに、ロンダール伯爵領から、さらにターレン王国の僻地であるストラウク伯爵領へ、呪術師シャンリーの心と一緒に、旅を続けている。





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