第368話

 ロンダール伯爵の伴侶アナベルは、一族の中でも特別な役割のために生まれてきた人物である。


 ロンダール伯爵の一族は、踊り子アルバータが祟り鎮めの巫女であるように、ターレン王国の呪術師の一族という運命を受け継いでいる。


 占術だけでなく、吉凶が判明したあと依頼された人物の凶運を回避させる術師として、宮廷魔術師が活躍していた時代がターレン王国にはある。


 現在は宮廷魔術師が存在していたことも、限られた者しか知らない情報となっている。

 たとえば、凶運で命を落とすはずだった貴婦人ジャクリーヌは、ロンダール伯爵から命を救われたので、その実力を認めている。


 この宮廷魔術師の一族の当主である者は、何もしなければ二十歳を迎えることができない短命な運命を背負っている。

 この短命の運命は、ターレン王国の王族が背負ったものだったのだが、この因果の身代わりを引き受けていたのが、宮廷魔術師の一族なのである。


 ターレン王国の王族は短命という奇妙な運命を背負った理由を簡単に説明すると、建国前に蛇神信仰の都で、生贄を捧げる儀式を妨害したのが、僧侶ファウストたちだったからである。


 満月の夜にその蛇神の都では、神殿の祭壇の前で、修行してきた巫女を生きたまま心臓を取り出す大祭が十年おきに行われていた。

 

 その儀式の大祭の夜は、蛇神信仰の都の住民たちも、とても興奮して暴力的であることを許されていた。

 他人を殺害すれば普段は重罪として罰する掟が施行されていた。しかし、この大祭の夜だけは、統治していた神殿の神官を除き誰を殺害しても罰せられない。


 冥界の蛇神に、この大祭で信者たちの命を捧げることで、呪術師の神官たちが力を得る。そのご利益を信者たちは受けて暮らすことができる。

 もう一つはどれだけ普段の生活で厳しい掟を定めていても、裁くことができない相手を憎んだり、恨んでいる鬱憤を、この大祭の夜だけは晴らすことを許すことで、普段から他人に憎まれたり、恨まれないように暮らすようになり、統治しやすくなるという事情があった。


 この大祭の儀式を僧侶ファウストは、蛇神信仰の女神官たちを討伐して、都を蛇神信仰から解放した。


 僧侶ファウストの親友である青年の戦士シモンは、蛇神信仰の都を嫌い、辺境の森林地帯で身を潜めて暮らしていた。

 このシモンの一族が、ロンダール伯爵の先祖である。


 僧侶ファウストを指導者と崇めて、ゼルキス王国から出奔してきた敬虔な信者たちは、辺境の森林地帯で小さな村を作り、自給自足の暮らしをしていた。

 その村で青年シモンは恋に落ちた。

 その恋の相手の乙女ローザは、禁欲の戒律を遵守していたが、シモンとの恋と信仰心のどちらを選ぶか悩み、シモンと一夜限りの契りを交わしたあと、村を出て誘惑に負けた自分の心を罰するために蛇神信仰の都の神殿に行ってしまった。


 大祭の夜、シモンがローザを見つけた時、すでに儀式用のナイフでローザは無惨にも腹部を裂かれている姿で祭壇の前で横たえられ、虫の息だった。

 ローザは見た目の美しさと、他の国から来た他所者として、生贄の巫女に選ばれてしまった。


 十年に一度、大いなる混沌カオスに命のエネルギーを返還する儀式が、この大祭の隠された意味であり、儀式を妨害した僧侶ファウスト――初代ターレン王は、呪われて肉体が急激に衰弱した。


 この呪いを身代わりで受けると王妃トルネリカに告げたのは、恋人ローザの死を深く悲しむ戦士シモンだった。


 王妃トルネリカは、ファウスト王の妃ではあったが、戦士シモンに恋をして彼の子を密かに身に宿していた。


 シモンの一族は、王族の受けた凶運の運命と、戦士シモンの力を受け継ぐことになる。

 宮廷魔術師や、開拓に挑んだ伯爵たちの祖先である伯爵たちの先祖たちは、戦士シモンの一族の者たちであった。


 シモンが初代ターレン国主ファウストのように急激な老衰という怪異に見舞われずに余命をまっとうできたのは、王妃トルネリカが、この怪異の緩和のために十年後の二十九歳の若さで落命したからである。


 宮廷魔術師の一族の末裔のロンダール伯爵にも、その卓越した能力と短命の呪いが継承されている。

 

 これは実は呪いというよりは、生まれつきクンダリーニの力をプラーナに変換することの不具合が発生したり、プラーナの乱れでチャクラの発動が安定を保てなくなった結果なのだ。


 クンダリーニの奔流のごとき力が同じ強さの伴侶は、なかなかいない。

 当主の伴侶となるお相手は、まぐわいにより当主のクンダリーニを鎮める。

 しかし、その代償で当主との秘められたプラーナの差が大きいと、エネルギーの衰弱から長生きできず逝去する。

 そのため、短命の凶運を身代わりに受けたように誤解され続けている。


 王妃トルネリカが、シモンの悲しみに荒みかけた心を癒し、ニ十九歳で逝去したように、ロンダール伯爵の一族の当主が心の危機に陥った時、その心を癒しクンダリーニを鎮める伴侶は、身に秘めたプラーナの力に当主との差があまりない者か、プラーナの安定が維持できる巫女が選ばれる。


 アナベルは、当主であるロンダールの命を短命で終わらせないための役割を生まれてきた時から命じられている、隠れた伴侶である。


 ロンダール伯爵の一族の当主の子を宿すことができる秘められた力を強く宿して生まれてくる子は、ひどく短命であることが多い。

 ロンダールが「お兄さま」と呼ばせて邸宅で溺愛している三人の養女たちは、二十歳を超えて生き残れば、アナベルと同じ、伯爵の子を宿す可能性がある伴侶候補となる少女たちである。


 ロンダール伯爵自身は、異母姉のアナベルや「僕の可愛い妹たち」の短命の凶運を回避したいと望んでいるけれど、もう自分の代で、宮廷魔術師の血統が途絶えてもかまわないと考えている。


 貴公子リーフェンシュタールの前世は蛇神の都の大祭で、生贄にされた巫女のローザ。

 戦士シモンの生まれ変わりは、テスティーノ伯爵の子にしてストラウク伯爵の自慢の弟子カルヴィーノである。


 踊り子アルバータが邸宅に招かれロンダール伯爵と会った時、呪術師シャンリーとは、蛇神信仰の都で信者を生贄に捧げ支配していた女神官たちの秘術を受け継いだ術者であり、ターレン王国の王族や伯爵たちを滅ぼし、蛇神信仰の王国を築き上げて君臨する野望を抱いていた者だったことを、ロンダール伯爵とアナベルから説明された。


「貴女が、もともと蛇神の都であった王都トルネリカの鎮めの巫女であったことを私たちは知っています」


 ロンダール伯爵領へ訪れたことは今までなかった。パルタの都のイザベラの酒場で人目を引いて、ゴーディエ男爵の噂を集めるために踊ってみせたことはあったが、王都トルネリカの鎮めの巫女だということは、旅に同行していたフェルベーク伯爵領出身の美青年ザルレーとヴァリアンにも隠していた。

 なぜ、ロンダール伯爵とアナベルは、その秘密を知っているのか?


 踊り子アルバータは、自分がヴァンピールである秘密までこの二人に知られていないかと緊張して、背中に冷たい汗が流れ、手のひらが汗ばんだが、微笑を浮かべた表情は崩さないように意識した。


 ヴァンピールであるということは、人間の生き血を奪い殺害する人の姿をした野獣だと思われてもおかしくはない。


「なぜ、そのシャンリーという人のことを、私に話されるのですか?」


 シャンリーは黒薔薇の貴婦人として有名で、バーデルの都の女伯爵となったあと、謀反の疑いで処刑されたという噂をアルバータは知っている。


「人は死んだあと、どうなると貴女は思っているのかな?」


 ロンダール伯爵は、アルバータの顔を真っ直ぐ見つめてそう言った。





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