第367話

 ロンダール伯爵領のフィーガルの街。


 エリザたちとパイコーンのクロと赤毛の駿馬、神聖騎士団の一行は、ドレチの村で滞在している間に、肩に白い梟のホーを乗せた貴公子リーフェンシュタールが、ロンダール伯爵の邸宅へ先に訪問していた。


 リーフェンシュタールが、フェルベーク伯爵領の最近の変化についての噂――ザルレーとヴァリアンという若い識者たちが、元老院の主導権を握って新たな指導者として活躍しているをロンダール伯爵から聞き出した。


 ザルレーとヴァリアンという青年たちのことは、凄腕の用心棒で、ヨハンネスの護衛をして、このフィーガルの街に立ち寄ったことかあってロンダール伯爵は会ったことがあった。

 特に親しく会話を交わしたわけでもなく、黙ってヨハンネスの身辺警護をしていた青年たちという印象がロンダール伯爵には強い。


 このフェルベーク伯爵領の噂をロンダール伯爵にもたらしたのは、エリザたちより先にロンダール伯爵領に訪れていた踊り子アルバータによる情報提供によるものだった。


 踊り子アルバータは、ロンダール伯爵領のドレチの村で、商人ザバスと養女の少女メリルと出会い、フィーガルの街へと案内されている。

 

 元奴隷商人ザバスは、踊り子アルバータがドレチの村に来ると「僕の可愛い妹たち」が予知夢をみたので、招待状を持たされて少女メリルとフィーガルの街から迎えに来たことを踊り子アルバータに説明した。


 予知夢をみるロンダール伯爵のお気に入りの少女たちがいること。

 彼女たちはロンダール伯爵を「お兄さま」と呼ぶけれど、領内の噂ではロンダール伯爵は美少女好きで、邸宅にいる三人の少女たちは、ロンダール伯爵の血縁者なのか、見た目が美しく可愛いらしいから邸宅に住まわせて保護しているのかはっきりしない。

 そんな噂を踊り子アルバータは、少女メリルから聞きながら、荷馬車の荷台でのんびり揺られてフィーガルの街へやって来た。


(あー、メリル、あんまり伯爵樣の変な噂をお客さんに聞かすなよな~)


「ねぇ、おねぇさんはどこから、ドレチ村に来たの?」


 ザバスは、メリルが遠慮なしで踊り子アルバータにものを聞くので、ひやひやしながら、馭者台で馬の手綱を握って聞き耳を立てている。


 わけありの旅人だったら、どこから来たのか話したくはないだろう。


「フェルベーク伯爵領から来たのよ」


 少女メリルに踊り子アルバータは、にっこりと笑って答えた。


 ザバスは踊り子アルバータのどこか華やかな雰囲気や、話す口調から奴婢の女性ではないと思った。


「あたしはバーデルの都から、ザバスと来たの」

「私はバーデルの都には行ったことがないわ。メリルちゃん、バーデルの都はどんなところ?」

「んー、大きな市場があって、いろんな物が売ってるんだよ」


 踊り子アルバータが、どんな物が売っているのかしらと、メリルに話を合わせてくれている。


「ん~、奴隷とか」

「……奴隷」


 商人ザバスが踊り子アルバータがそう言ったあと黙り込んだので、その話題はフェルベーク伯爵領から来たっていう女性には言っちゃダメだろと思い、ため息をついた。


 フェルベーク伯爵領から、奴婢の女性たちが、奴隷市場に連れて来られて売られている。


(メリル、アルバータさんは、その途中で奴隷商人から逃げてきたのかもしれないじゃんか!)


 踊り子アルバータが考えているのは、震災前にはよく見かけた王都トルネリカの貧民窟スラムにやって来ていたフェルベーク伯爵領生まれの奴隷の若い女性たちのことだった。

 娼婦として分け前をもらい働かされている女性たちがいて、貴族たちが貧民窟に来て、そんな女性たちを安宿に連れ込んでいた。

 貧民窟や安宿も、王都トルネリカを襲った震災で倒壊して瓦礫になっている。


「おねぇさんは奴隷は嫌い?」


 少女メリルは、商人ザバスの養女になる前は、奴隷として裕福で優しい素敵な御主人樣を募集中だった。


「好きでも嫌いでもないけど」

「ふーん、そっかぁ」


 踊り子アルバータは、踊り子候補で踊り子になれなかった乙女たちが、奴隷商人と交渉して、貧民窟スラムから姿をくらますのを何度も見てきた。


(バーデルの都で奴隷市場ができる前のころだから、みんなどこに行ってしまったんだろう?)


 その答えは辺境地帯へ、ターレン王国を捨て、果実酒造りの村へ住み込みで働きに出かけていたのである。


 王都トルネリカで、青年ガルドが悪党どもを仕切るのを止めて、傭兵団を結成して立ち去ると、貧民窟スラムにまた悪党どもが群れた時期があった。

 その時期のことを踊り子アルバータは思い出していた。


「おねぇさんは大好きな人、いる?」


(おっ、いいぞ、メリル、そこはしっかり子供しか聞けないからな)


 ザバスは耳をすましていた。


「もちろんよ。メリルちゃんは?」

「いるけど、内緒!」

「ふふっ、そうね、じゃあ私も内緒」


 ザバスは美人のアルバータに思い人がいるらしいと察して、がっかりしてしまい、聞き耳を立てるのを止めた。


 メリルの思い人は、裕福でもなく、紳士らしくもないけれど、かなり優しいザバスだと、ひそひそと小声でアルバータに打ち明けていたが、この時、ザバスは少女の秘密をうっかり聞き逃していた。





+++++++++++++++++


お読みくださりありがとうございます。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新頑張れ!」


と思っていただけましたら、★をつけて評価いただけると励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る