第366話

 ストラウク伯爵領に、ゴーディエ男爵と潜伏中の密偵ソラナ。

 ゴーディエ男爵が、踊り子アルバータという女性から、彼女が命を落としかけたのを吸血によって救助したことをきっかけに思いを寄せられているとゴーディエ本人から説明されて、胸の奥がもやもやしていた。


 それが嫉妬だとわかっているし、今はそばにいるのはこの私です、と思うことで納得しようとしている。

 お相手が自分と同じ平民階級で、貴族令嬢ではないというのも、ちょっとだけ、ほっとしている。

 親などから婚約者と決められたお相手ではないと確認できた。


(ゴーディエ様が、サキュバスになった私にすごく夢中なのは疑う余地はないけど)


 ストラウク伯爵のお屋敷で、離れの二人の寝室を用意してもらっていて、二人で仲良くしていても大丈夫だし、夜中でも明け方でも、いつでも温泉に入り放題なのも、仲良くしやすく気を使ってもらっている気がする。


 ゴーディエ男爵が、踊り子アルバータから吸血する時は、大量の血液を奪うわけではない。

 感情が極まったように一度、がぶりと美しい首筋に牙を突き立てるだけでしばらくすると、冷静さを取り戻して傷口が痕も残さず癒えるのを見つめている。

 アルバータは、落ち着いたゴーディエの腕に一度甘えたようにかぶりつくだけである。

 ゴーディエとアルバータは、どちらもその身の魔力であるプラーナが強いために貪り合うようなことはない。


 ソラナとゴーディエとの交わりではサキュバスの奇妙な特性で、快感と感情が同時に極まって陶酔にまで到達すると、乳房が張りミルクがにじみ出てくる。ゴーディエから夢中になってミルクを吸われると、愛しさが胸の中にあふれて、泣きたくなるぐらい胸が切なくなる。

 ソラナに、ゴーディエが咬みつくことはあまりない。吸血でプラーナを奪取する必要がない。

 ソラナは、ヴァンピールではないので、ゴーディエから吸血はしない。


 王都トルネリカから離れ、踊り子アルバータが、法務官レギーネから命じられた任務を放棄して、ゴーディエを探すための旅をしている。

 

 踊り子アルバータは、救助されて吸血された時の陶酔からとりこになったわけではない。

 少女だった踊り子候補のアルバータの初恋の相手は、宮廷に出仕する前の時期の、まだ王の側近という肩書きを与えられていなかった頃のゴーディエだった。

 ゴーディエはそれを知らない。


 ソラナは、踊り子アルバータがどれほどゴーディエのことを慕っているか情報不足で想像しきれていない。


 密偵は恋愛感情から行動すれば、任務遂行に支障をきたすこともある。

 さらに同じ密偵の朋輩との恋愛も禁じられている。恋愛相手の朋輩の身に危機に陥った時に冷静な判断ができないことがあるからである。

 隠れ里で、実力がある密偵から、秘められた能力を子に受け継ぐためにまぐわいを求められることはあっても、責任感はあれど、恋愛感情はない。


 ソラナにとって、フェルベーク伯爵領からの逃亡や、任務ではない恋愛感情に素直に行動しているストラウク伯爵領でのゴーディエとの潜伏は、密偵としての生き方としては最低な行動をしているという思いも、ふと胸によぎることがある。


 踊り子アルバータも、ゴーディエと交わり、ヴァンピールと変化したことで、王都トルネリカの祟り鎮めの巫女である役目を放棄したことに、ふと罪悪感を感じている。


 ゴーディエという凛々しい紳士の美青年を愛している二人の乙女たちは、それまでの生き方と常識を手放してもかまわないと覚悟している。


 ゴーディエは、彼女たちのようにそれまでの生き方や常識を手放すこともなく、それぞれ魅力的な二人から愛されている状況はさておき、ランベール王が不測の事態に陥っているらしいと察して、どのように側近として行動するべきかを考えている。


 同時に人間ではなくヴァンピールという別の何かになってしまい、驚異的な力を手に入れたことの代償のように発作的に血の渇望で人間らしさを失っていく恐怖に立ち向かっている。


 王の命令は絶対で逆らうことはあり得ないけれど、踊り子アルバータと密偵ソラナを、ただ命じられるままに、人間ではないものとして生きる運命に巻き込んでしまったという申し訳ないような思いを、ゴーディエは抱いていた。


 もしも、絶倫にする牡のリングを装着したまま外せずにいるロイドと、魔族サキュバスに変身させて結果的には、若返ったような美貌を復活させた牝の指輪を愛の証のように左手の薬指から外そうとしないジャクリーヌの二人なら、それぞれ思うところを隠さず、謎解きを楽しむように語り合っているだろう。


 呪術師シャンリーは、この呪物の表向きの効果や利用方法を考えることに心を奪われ、雌雄一対の呪物であることの意味を理解できていなかった。


 硬貨を材料に呪術師シャンリーは、牡のリングと牝の指輪を錬成した。

 一対のパートナーになった二人の感覚の共有までは呪術師シャンリーは理解していた。

 さらにプラーナを制御できる熟練の術師が使用すれば、感情や思考、前世の記憶すらも伝達を可能にできると、呪術師シャンリーは気づいていなかった。


 それは赤錆び銀貨が、使用者に夢を通じて、現実の世界の出来事や状況をみせることができる効果を持つように、リングと指輪の使用者たちの意志疎通を補助する効果を秘めている。


 ゴーディエとソラナとアルバータ。

 この三人の気持ちはどうやって通じ合うのだろうか?



 

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