第364話

 ターレン王国の十三代目国王ローマン王が崩御し、ローマン王を弑殺しいさつしたという不穏な噂もありながらも、二十四歳の若き皇子ランベールが戴冠した。


 そんな時代にフェルベーク伯爵領から奴隷闘士スレイブバトラーの罪人である平民の立場から、恩赦されることを条件として平民から本当の貴族となる志を胸に、青年ギレスはバーデルの都に入る。


 バーデルの都に赴任した新統治者の女伯爵シャンリーにより、バーデルの都の治安維持と情報収集を担当した親衛隊が結成された。


 ギレスは衛兵隊の総長に任命され、隊士の若き同志と共にバーデルの市中を警護する任務にあたる。

 ギレスは厳しい規律を定め組織を統率し、バーデルの都に潜伏する反宮廷議会勢力の危険分子の人物や、新統治者シャンリーに敵対する元統治者だった旧バルテット伯爵の支持者などの摘発と粛清に従事した。


 女伯爵シャンリーとフェルベーク伯爵との奴隷市場の利権をめぐる対立が表面化していった時期に、親衛隊も内部分裂の危機を迎える。


 同志であったはずの隊士たちの中には、厳しい親衛隊から脱走しようとする者もいた。

 女伯爵シャンリーによるバーデルの都の改変による享楽的な雰囲気に集まってきた盗賊団たちもいた。

 脱走した隊士とつながる盗賊団たちへ親衛隊の見廻りなどの情報を売り、賄賂を受け取っていた隊規を破る隊士などもいた。

 旧バルテット伯爵の統治から、新しい統治者の女伯爵シャンリーが赴任するまでの約一年間の統治者が曖昧な時期があった。その間にどの盗賊団が市場を仕切るのかという利権をめぐる勢力争いが激化していた。


 女伯爵シャンリーは、バーデルの都の盗賊団の粛清をギレスに命じた。

 バーデルの変と呼ばれるこの事件によって、治安を乱す盗賊団とその横行を許した旧バルテット伯爵の支持者の小貴族の商人たちを一掃した。


 令嬢エステルの父親は、バルテット伯爵と市場の商品価値を調整していた小貴族の官使で、両親と混乱の中ではぐれたエステルは、女伯爵シャンリーの養女として引き取られている。

 この虐殺の粛清は、親衛隊の総長ギレスの名を世に広めた事件である。


 女伯爵シャンリーが呪術師として、呪物である一対の精力増強のリングや服従の指輪を錬成したのは、バーデルの変の直前であり、その時期に商人ロイドは、その試作品を被験者として被害を受けていた。


 女伯爵シャンリーに叛逆罪の容疑がかかっていると、フェルベーク伯爵がバーデルの都にお忍びで訪れ、ギレスに告げた。


 フェルベーク伯爵は、もしも女伯爵シャンリーが逃亡する前に捕縛することができたら……とギレスに対して一つの密約を交わした。


 ランベール王に憑依していたローマン王の亡霊にとって、ランベール王の肉体へ心臓を握り潰すような苦痛を呪詛により念じるだけて与えられる呪術師シャンリーは、密かに始末しておきたい厄介者なのだった。


 ギレスは親衛隊結成時からの腹心と呼べる隊長たち五人のみで女伯爵の私邸に踏み込み、フェルベーク伯爵に協力して統治者である女伯爵シャンリーを捕縛して、フェルベーク伯爵領からの衛兵に引き渡した。


 この襲撃の時、女伯爵シャンリーの養女であった令嬢エステルは邸宅にいなかった。この美少女の令嬢エステルは、行方不明となっている。


 女伯爵シャンリーが王都トルネリカで処刑されるとフェルベーク伯爵の支援を受けて、隊を維持しようとしたギレスと袂を分かち、別組織として独立しようとした者たちがいた。

 親衛隊結成の時期からの副長エドアルドが、親衛隊の屯所から隊士十八名を引き連れ除隊した。

 ギレスとエドアルドは同志であり、隊内の役割として総長と副長で分担して任務を遂行していたが、ギレスとエドアルドとの間には、身分の上下関係はない。

 エアドルドは王都トルネリカの貴族の血統のいわゆる没落貴族の家柄の青年で、バーデルの都の女伯爵シャンリーによる隊士募集に集まってきた者の一人である。

 王都トルネリカ出身の若者で宮廷に出仕する登用試験の科挙で、後ろ楯の宮廷議会の議員や官僚のつながりが得られず、都落ちしてきた若者たちがいた。遠征軍の出征のあと、騎士団が王の身辺警護をする近衛兵ロイヤルガードに再編成されたことでエリート志向の王都トルネリカから行き場を失った若者たちがいた。


 震災によって奴隷市場、賭博場、遊郭、市場の一部が倒壊し深刻な被害が発生した。

 奴隷市場だけは奴婢を奴隷として出荷するフェルベーク伯爵の出資による建て直しが行われた。他の施設の復興は予算不足により進んでいない。


 賭博場の建造には、女伯爵シャンリーがロンダール伯爵からの出資を受けていた。ロンダール伯爵は、女伯爵シャンリーか失脚したことから、賭博場を建て直す資金提供を断っている。


 賭博場や遊郭の建て直しの資金をどうやって工面するべきか、ギレスが頭を抱えていた時期に、フェルベーク伯爵が暗殺されていた。

 王都トルネリカの宮廷議会の官僚からは元老院の四奸と呼ばれあまり良い噂がない男色家のコンラート卿、エルマー卿、グンター卿、フェルモ卿が伯爵の死の隠蔽工作を優先した。


 フェルベーク伯爵領では名も無き奴婢ぬひの女性を出荷して、奴隷市場で売り飛ばすことで収益を得る必要があった。

 フェルベーク伯爵領は他の伯爵領とはちがい、バーデルの都からの食糧の輸入に頼っている。


 その他の施設に関するバーデルの都の復興支援を、フェルベーク伯爵領の元老院としては、奴隷市場以外の出資を拒否していたという裏事情がある。


 フェルベーク伯爵の生前の推薦により、バーデルの都に来て約四年間で功績を認められ、フェルベーク伯爵領の罪人の奴隷の立場から、女伯爵シャンリーの後任であるパーデルの都の執政官としての地位に叙任され、ギレスは念願であった貴族となった。


 呪術師シャンリーによって、試作品の牡のリングを装着された商人ロイドが、ベルツ伯爵領からブラウエル伯爵領へ旅を続け、商人から盗賊団の首領として身を持ち崩し、貴婦人ジャクリーヌを襲撃する計画のため、レルンブラエの街へ潜入した。

 フェルベーク伯爵が生前にギレスと約束して執政官の地位への推薦状を宮廷議会へ送っていた。

 法務官レギーネが受理して、ランベール王から執政官として正式に任命され、ギレス卿――貴族である騎士と同格の爵位を授けられた時期と、ロイドがジャクリーヌに惚れられて玉の輿に乗った時期は、ほぼ一致している。


 そんな動乱の日々の中、バーデルの都にも、奴隷商人たちによりランベール王の失踪の噂が広まり始めた。

 時代の流れはランベール王の廃位へと大きく向かっていく。


 これが十八歳から二十一歳になった青年ギレスの四年間である。

 遠征軍に参加した同年代の若者たちが平民から貴族の地位を目指す志を抱いた時代の風潮の中で、青年ギレスが生きてきたことがうかがえる。


 リヒター伯爵領では、平民階級の村人たちの間で大農園の村で暮らす格上の村人か、小規模な農地の村で暮らす格下の村人かという身分階級のような考え方が流行り始めていた。

 また、ブラウエル伯爵領では、井戸の水涸れした村と井戸が無事だった村との格差意識や、村暮らしとレルンブラエの街暮らしかのちがいで格差意識ができていた。


 平民と貴族の格差意識だけでなく、その状況によって格差意識と競争が王都トルネリカだけでなく、ターレン王国で広がり始めていたのだった。


 この執政官ギレスという若者は、競争に勝ち抜いた勝者なのだろうか?


 時代の流れは、人の心によって変容バージョンアップしていく。


 踊り子アルバータや幻術師ゲールのように、時代の風潮から外れて生きる道を選んでいる者たちがいる。

 また、フェルベーク伯爵領のように元老院の支配がゆらぎ、若者たちが新しい思想を模索しながら動き始めている地域もある。


 逆に、遠い昔からずっと変わらない暮らしを続けているストラウク伯爵領などもある。


 ランベール王の廃位は、絶対王政であったターレン王国の支配制度の撤廃であり、ギレスのようにその制度があってこそ立身出世の憧れを抱き行動してきた者にとって、夢の終わりともいえる時代の変容バージョンアップといえる。



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