第362話

 獣人娘アルテリスを、未来に時渡りの秘術で、神殿アモスの大神官リィーレリアが渡らせた。


 エルフ族の三貴姫の一人、サティーヌも未来に起きる冥界の魔獣出現を、世界樹がみせる夢で予知した。


 女神ラーナの化身であり、生まれ変わりの乙女を守る英雄が存在しなければ、魔獣の蹂躙じゅうりんによって、人間だけでなく、エルフ族まで滅ぼされてしまう。


 リィーレリアが命がけの秘術を行ったように、サティーヌは自らの命と、世界樹からの生まれ変わりを代償として、女神ラーナの転生者を守る英雄を未来に生み出そうとした。

 エルフの王国を少女から乙女に成長したエルネスティーヌにゆだね、エルフ族よりも強い魔力を持つ賢者マキシミリアンと三貴姫の一人セレスティーヌの子が生まれてくる時に、自らのプラーナも融合させるために、大いなる混沌カオスに一度身を捧げた。


 サティーヌの記憶がミレイユに引き継がれていないのは、こうした事情による。

 人が生まれ変わってくる時には、残留プラーナの融合だけでなく、父母となる者たちのプラーナや大いなる混沌カオスからのエネルギーが影響を与える。


 それでも、サティーヌにとって、これは命がけの賭けだった。

 女神ノクティスが、賢者マキシミリアンとセレスティーヌの子を英雄と認めて、加護を与えるかどうかまでは、予知ではわからなかったからである。


 それぞれ異なる時代の人物たちが、未来の危機のために準備を進めてきた。


 エリザが、ステータスオープンの能力を誰でも使えるようにして、金貨三十枚分の支給を考えていることを知って、聖騎士ミレイユは興味を持った。


 ステータスオープンで、本人だけにしか確認できない情報でも、何か自分が行動した結果が能力値の変化として確認できれば、たとえば体を鍛えることに夢中になる者もいるだろう、とミレイユは思う。


「ミレイユ様、個人的な目的のために行動して、他人と関わる人も増えるかもしれません」


 マルティナがミレイユにそう言って、少し困ったような表情になった。


 見返りがあったり、自分に得だと思えば行動するけれど、そうでないと判断したら、行動を制限したり敬遠する人たちも増えるのではないからとマルティナは思った。


 どれだけの資産があれば、人は安心するのか?

 どれだけの能力値ならば、人は納得するのか?


 聖騎士ミレイユと参謀官マルティナは、エリザがニアキス丘陵のダンジョンから授けられたステータスオープンの能力が、人の気持ちや行動にどんな影響を与えるのかを話し合っていた。


 生まれや身分に関係なく、能力値で人に判断基準がついていることに、ステータスオープンで確認するようになると、他人と自分の能力値を比較するようになるだろう。

 すると、王候貴族も、村人も同じ能力値で比較されて身分制度が保てなくなる可能性があると、ミレイユはマルティナに言った。


「聖女様によると、いろいろな能力値があるようでしたね。ある能力値は優れていても、他の能力値がいまいちな人もいるでしょう。だいたいの基準がどれほどなのか、他人と話し合っていけば考えるようになってくると思います」

「自分の得意、不得意が他人に説明しやすくなる。それに、能力値が足りないと思うことには、手を出さない者も出てくるだろうな」

「そうすると、バランスが悪いのを時間をかけてなんとかしようとせずに、自分の能力値で、できる得意なことだけをして生きようとする人も増えそうです」


 エリザは、この二人に、所持金というパラメーターだけを説明して、他の能力値については詳しく説明しなかった。


 もし、聖騎士ミレイユにサティーヌの知識があったのなら、ステータスオープンの能力値が、プラーナの配分と、プラーナをどうやって何に使用しているかを示していると気づいたかもしれない。


 人がどのように生きてきて、何に興味があり、生活するために、どの能力を使っているのかをステータスオープンによって自覚させられることもあるだろう。


 努力すれば上がる能力値があったとして、それが身近に感じられていない能力値か、自分の生活に無縁だと考えていたら、上げることを自分から放棄してしまうことで、自分の決めた役割しかしない生き方しかしなくなったら、他人と協力し合う時に不便なだけかもしれない。


 総合的に能力値の高い人間――英雄を生み出すための方法を思いついて、命がけで試みた者がいた。


 その結果、魔獣出現を妨げる英雄が生まれた。

 しかし、ミレイユ一人では冥界のゲートを祓うことは絶対に不可能だった。


(聖女様が行おうとしていることは、他人と協力しなければ自分だけではどうにもできないことが世界にはあると、世界中の人々に自覚させようとしていることのだろうか?)


 ミレイユとマルティナはステータスオープンの能力の普及によって、他人と自分には数値の差はあれど、本質としては同じなのだと人々は気づく気がした。

 


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