第358話

 どうして、ランベール王の肉体が心が空っぽの抜け殻みたいになったのか?


 この質問を賢者マキシミリアンから回答を求められたミミック娘が「難しい問題なので」と、答えを保留にして宝箱に引きこもり眠ってしまった。


 この質問に答えるためには、生まれ変わりがあることを前提として理解しなければならない。


 ランベール王は、ヴァルハザードという人物の生まれ変わりである。

 ヴァルハザードという人物は、どんな人物であるのかを知っておく必要がある。


 アゼルローゼとアデラという神聖教団の幹部の二人をヴァンピールとしたことで、輪廻転生する人間の運命から離れさせた。この二人がヴァルハザードの前に現れたのも、何か意味があったと考えられる。


 ランベールという人物は、ローマン王の亡霊に憑依されていた。

 人は死後、何かしらの理由があって亡霊となることがある。ローマン王とは、どんな宿命があって、ランベールに関係する人物だったのか?

 単純に血縁関係ということも可能だけれど、それでは亡霊となって憑依することは説明できない。


 これだけでも、ヴァルハザードの転生者、神聖教団の教祖として待たれていた人物、ローマン王の亡霊に祟られていた人物、人間を吸血してヴァンピールにするヴァンパイアロードの肉体に変化した人物と、かなりの説明が必要な内容である。


 ランベールとアーニャという恋人たちとの関係。

 アーニャという人物が、ランベールの側に仕えるメイドとして現れたのには、生まれ変わりという考え方が理解できると偶然ではないことがわかる。

 アーニャという人物とは誰の生まれ変わりなのか?

 前世では、ヴァルハザードと親しくなった千年王朝の最後の皇子ルルドという美少年だった。


 千年王朝で、何度も太守たちと王に仕えている都の官僚による粛清で、皇帝が交代させられていた。

 ルルドの父親の皇帝も、そうした陰謀と騒乱で殺害されている。

 この古い王朝の歴史についても、アーニャの前世である皇子ルルドについて説明するためには、知らなければならない。


 アーニャというメイドが、ローマン王の毒殺の容疑者とされた。ローマン王の毒殺を実行したベルマー男爵と、ターレン王国の宮廷議会の重鎮モルガン男爵との、癒着と裏取引――パルタの都の執政官にベルマー男爵が就任することの影響。

 さらに、ベルマー男爵がローマン王の毒殺に使用した遅効性の痺れ薬の毒薬を渡したのは、街道沿いの宿場街で三人の貴族の妻となり遺産を貯め込んだ美貌の未亡人シャンリーである。

 喀血して死に至る薬とはベルマー男爵は知らされていなかった。ベルマー男爵にこの媚薬びやくの効果があるが多用し続けると、じわじわ痺れ薬として身体の麻痺を引き起こす遅効性の毒薬だと、説明して手渡したのは、アーニャと同じランベールのための別邸で仕えていたアニスというメイド長であった。

 アニスは、若いアーニャがローマン王に媚を売って邸宅のメイド長の立場を奪おうとしているのではないかと疑っていた没落した貴族の元令嬢の女性である。

 ミミック娘には、ローマン王が息子のランベールの恋人を奪うことや、アーニャより前にアニスという愛人を邸宅のメイド長にして懐柔かいじゅうしていることの意味がちょっとわからない。

 ローマン王の考え方や行動は、賢者マキシミリアンの心や考え方から人間観察しているミミック娘には、ちょっとわからないものである。


 ランベールを王にするために、シャンリーがアニスという女性の嫉妬を利用して、ローマン王の弑殺しいさつの手駒とした。

 喀血して生き絶えたローマン王の遺体と、全裸のアーニャを最初に邸宅の寝室で発見したのは、メイド長のアニスである。

 アニスはベルマー男爵が執政官として赴任する三日前に、王都トルネリカでひどく泥酔した状態で夜に路上を歩いて、馬車に轢かれて亡くなっている。


 アーニャとアニスの確執と、呪術師シャンリーのランベール王に対して行った呪詛の秘術。

 アーニャが処刑されたあとは、傷心のランベール王が、前世の記憶の夢――ヴァルハザードが魔獣化して宮中に仕える側女たちから吸血していた陰惨な悪夢をみてうなされ続けたこと。

 人間ではなくなると理解したランベールが、親友であるゴーディエ男爵を眷族にして、ずっと一緒にいて欲しいと願った気持ちが恋に似ていること。

 ミミック娘は悪夢はチャクラが開き始めた前兆、同じ年齢の青年ゴーディエ男爵を咬んだのは、スライム娘とミミック娘とこっそり話して、男の子どうしの純愛らしいと理解したが、マキシミリアンにちょっと説明しずらかった。


 アーニャの前世である皇子ルルドは、宰相として武人でもあるヴァルハザードが側近として仕えているのを見つめながら、憧れや恋心を抱いていた。

 生まれ変わったら、恋人になれる性別や立場になりたいと、生き絶える前にヴァルハザードの腕の中で思った皇子ルルドなのだった。


 スライム娘やミミック娘に、いわゆるボーイズラブの爽やか青春ラブストーリーの知識をつけたのは、マキシミリアンの暮らすダンジョンに訪問したエリザである。


 ローマン王の命には、冥界こそふさわしい魔獣の心のプラーナが生まれ変わる時に融合して宿っていた。

 冤罪で火炙りにされたアーニャの亡霊が先にランベールの側にいて、女性ではなく男性にランベールが興味を持つように念じていたことも、ミミック娘は透視している。

 こうした複雑な残留プラーナと生きている人間の心がチャクラを通じて影響し合うことの仕組みも、とても複雑なので説明に時間がかかるとミミック娘は判断した。

 若いころから美女が大好きなマキシミリアンには、ボーイズラブが理解できないのではないか、という心配もあるし、美少年や美青年へ興味を持ったりしないか、マキシミリアンが少年だった時から見守ってきたミミック娘は心配になったこともある。


 アゼルローゼとアデラを、ヴァルハザードがヴァンピールに変えて、神聖教団という大組織を作り上げさせた。神聖教団がなければ、人造人間ホムンクルスの参謀官マルティナは存在していなかったり、世界の多くの人々の運命に影響を与えた。


 神聖教団が配布している避妊ボーションで、生まれ変わってくるはずの命のプラーナが遅延しているような状況まで、ミミック娘は透視したので、何をどこからマキシミリアンに説明しようか困ってしまった。


 アーニャの亡霊が、ローマン王の亡霊からランベールの肉体と心を奪い返すため、鬼火のあやかしであるウィル・オー・ウィスプにどういう仕組みで変化したのか?

 このあたりのことも、ミミック娘の知識を越えていて説明がつけられない。

 愛と豊穣の女神ラーナの転生者である僧侶リーナが獣人娘アルテリスに、被害者の村人の女性たちの亡霊を、掃除するみたいにお祓いしたらかわいそうだ、と言われて、ゼルキス王国とターレン王国との間で、焼き討ちされた小村の焼け跡から、七色の透き通った美しい羽を持つ女の子の小人の姿フェアリーを召喚した事例があった。

 女神ラーナの力が干渉していたのか?

 恋するアーニャの亡霊の思いに、夢や恋愛の女神ノクティスが干渉したのか?


 とても難しい問題なので、とミミック娘はマキシミリアンに告げて、宝箱の中に閉じ込もった。


 考えをまとめて整理する時間が必要。さらに透視による事実関係の調査、人間の心の機微、女神の力の人間への干渉についても理解を深める必要があった。



 

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