第354話

 ゼルキス王国の食糧事情を解決する方法を、エリザと話し合うことができた。


 こちらの提案に、エリザは現在のエルフェン帝国の食糧事情として、見た目の悪い作物は市場で売れ残るので、農園の村から出荷されずに、処分されている裏事情があることを話した。

 その処分品を、エリザたちは農作業を手伝い、旅の食事の食材として分けてもらった。


 処分品は、村人たちの食事の食材として再利用されている。それでも、見た目だけで調理後の味には変わりはないにもかかわらず、捨てられてしまう量の方が多い。


 処分品の野菜をゼルキス王国がうまく利用できるのであれば、あとは、ゼルキス王国のパンの材料となる輸出用の穀物を栽培する農園の村をエリザが増やす方針で準備すれば、ターレン王国からの密輸に頼る必要は無くなる上に、今よりも安上がりで、ゼルキス王国は食糧を輸入できるかもしれないことがわかった。


 問題がないわけではなかった。

 処分品の野菜を一度、帝都に集めて、瞬間移動ワープの魔法陣で輸送するとしても、陸路で輸送するよりは輸送時間をかなり短縮できるとはいえ、鮮度の劣化が危ぶまれる。


 パルタの都のような食糧の鮮度の劣化を防ぐ仕掛けが、ゼルキス王国とエルフェン帝国にも欲しいというのは、エリザと意見が一致した。


▶▶▶


 ターレン王国の王都トルネリカの貴族の食糧事情は、極めて野菜嫌いの傾向があった。


 野菜は身分階級の低い者が食べるものであって、身分の高い者は魚や鶏肉や卵を食べるものであると考えられていた。


 魚は大河もなく、ストラウク伯爵領の海のように見える広大な湖のスヤブ湖から、長期保存ができるように魔法で加工された干物がバーデルの都の大市場に出荷されて、パルタの都を経由して、王都トルネリカに届く。

 パンの材料となる麦はリヒター伯爵領から、パルタの都を経由して届く。

 これらは貴重な食材であり、貴族が食するのにふさわしいと重宝されている。


 ターレン王国では、鶏肉や卵をよく食べる習慣がある。

 王都トルネリカとパルタの都の間の地域では、小花鳥と呼ばれている鶏のように歩きまわる鳥を捕獲したり、卵を調理している。

 うずらに似た鳥で、ただし、エルフェン帝国の平原の鶉よりも体格が大きい。

 さらに、各地の伯爵領で飼われている鶏よりも体格は少し大きめである。


 王都トルネリカの周辺の地域は野菜がうまく育たずに、雑草が生えている。それらの種や実を小花鳥は好む。雑草の葉を食む虫や花の蜜を集める羽虫も小花鳥は餌にしている。


 小花鳥というのは、鶉に似たこの鳥がまるで花の匂いを楽しんでいるように、花の蜜を集めに来る虫を待っている姿から、そう呼ばれるようになった。


 鶏よりも産む卵の数は少なめで毎日、卵を一つ産む。ターレン王国の鶏がだいたい二つから三つは産むのに比べると少ない。


 学者モンテサンドは、小花鳥がターレン王国の鶏の先祖ではないかと考えている。


 魚、穀物、鳥肉の順番で貴重であり、野菜は添え物として、貴族からは高貴な食材ではないと好まれなかった。


 味付けとして、ターレン王国の辺境地帯の酒や、王都トルネリカからパルタの都の間の草むらで採取される小粒の種を乾燥させ、よくすりつぶしたスパイスを使っている。

 エルフェン帝国の帝都では、南方のクフサールの都からの塩を定期的に入荷している。

 シャーアンの都と帝都の貴族が昔から親しいのは、この塩の取引が定期的に行われている事情による。

 まだ宰相になりたてのエリザはよくわかっていないけれど、トービス男爵は知っている。

 帝都には塩が貯蔵されている。


 のちに、ターレン王国のスパイス、クフサールの砂浜で作られている塩、これらを、ゼルキス王国は、テスティーノ伯爵やエリザという人脈から得ることになる。


 ゼルキス王国のレアンドロ王は薄味の素材の味を活かした料理を好んでいて、バランスの良い食事をしている。

 ダンジョンから採取された魔獣もどきの肉を使った料理も、一時期は流行ったことが、ゼルキス王国ではあったが、なんとなく人を食べた魔獣もどきの肉を、また食材にするのは、なんとなく人を食べているみたいな気がする気がすると言い出した人がいて、この流行はすたれた。

 このダンジョンの魔獣もどきの肉を食べるか食べないかの問題が話題になり、ゼルキス王国に滞在していた神聖教団の僧侶たちの中でも意見が別れ、魔獣もどきの肉を食べてもいいと考える信者たちを連れて、ゼルキス王国から出奔した元僧侶のファウストが、ターレン王国を建国したのだから、食事の材料や味つけも、歴史に大きく関わることがある。


 王都トルネリカの貴族でも、ゴーディエ男爵の一族は、現在のリヒター伯爵領出身の人物の末裔で野菜もしっかり食べていた。


 現在のターレン王国の宮廷議会のいわゆる名門貴族たちが、バランスの悪いスパイスを多用した食生活と、ベッドの上の運動しかしない慢性的な運動不足により、中年期以降に体の不調に悩まされているのである。


▶▶▶


「聖女様は立派なものだ。私はエルフの王国で、果実を良く食べて肉を食べない習慣から、まだ肉料理は苦手だ」


 聖騎士ミレイユさんは、そう言って微笑している。

 私は肉料理も嫌いじゃない。

 それはエルフの王国育ちにしては不自然だったかもしれないと、ミレイユさんと話していて思ったけれど「アルテリスさんが、お肉大好きですからね」と、いかにも私が好き嫌いを克服したと思ってくれているようなので、話を合わせてみた。


「ゼルキス王国では、お魚は食べますか?」


 エルフェン帝国では、魚料理も王宮のお食事としてメニューに入っている。

 野菜料理とパンがメインで、魚料理がおかずである。

 大河バールから漁師さんたちがお魚を帝都に回復ポーションをかけて、鮮度を保って運んでくれているとトービスさんから聞いたことがある。


 野菜も同じ方法で、鮮度を保てるのだろうか?


▶▶▶


 瞬間移動の魔法陣で、野菜や穀物を輸送することが行われた記録はエルフェン帝国の学院にも残されていない。

 瞬間移動の魔法陣があることをエリザが評議会の会議に、情報屋リーサや商工ギルドのトップであるシャーロットを招くまでは、権力者たちだけが知る一般に公開されていない神聖教団の機密情報となっていた。


 結果的には、情報屋リーサや商工ギルドのシャーロットは、情報によって人がどれだけ動き、時には混乱してトラブルを起こすかを理解している人物たちだった。

 だから、しっかりその機密情報を、気軽に他人へ口外したりはしなかった。


 神聖教団の幹部アゼルローゼやアデラとしては、宰相のエリザが思いつきで周囲の人たちを巻き込んであれこれやらかすので、かなり怒っていた。

 聖女様のエリザは、エルフェン帝国の人気のあるお飾りとして、おとなしくしてくれていればいいと思っていたのだった。


 魚の鮮度を、回復ポーションを使えば保つことができる。

 これもエルフェン帝国だけに知られている神聖教団の機密なのだが、あっさりエリザは、聖騎士ミレイユに話してしまっている。


 聖騎士ミレイユは、賢者マキシミリアンと、マキシミリアンと駆け落ちして、人間の生活に興味を持って學んでいるエルフ族のセレスティーヌの娘である。


「マルティナ、ゼルキス王国に帰ったら、すぐに回復ポーションで食材の鮮度をどのくらい保つことができるか、みんなでいろいろ試してみよう」


 エリザたちが帰ったあと、聖騎士ミレイユは参謀官マルティナに神聖騎士団の騎士団長として指示を出している。


 

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