第353話
エリザには思い出せる過去と、思い出せない過去がある。
エルフの王国で、エリザは自分の子だと宣言する女王エルネスティーヌに育てられた思い出や、鋼の大剣を素振りしている少女ミレイユの思い出は、思い出せる過去である。
思い出せない過去は、十九歳のエリザになる前の、二十歳の私の記憶である。
私はエリザなのは間違いない。エルフェン帝国の宰相に就任した日の朝から、私とエリザは一人の人間となった。
聖戦シャングリ・ラのゲームとエピソードの内容は、私の記憶であって、本来のエリザちゃんの記憶ではない。
見た目は、聖女様のエリザちゃんで、私が彼女になった朝、鏡を見て、とてもきれいだと見惚れてしまった。
私はエリザちゃんがきれいで、かわいいのはわかるのに、自分の顔がどんな感じだったのか、思い出せない。
エリザちゃんとは、まるで違うような気がする。
私は、これからもエリザちゃんであり続けるために、何をしなければならないか、何をしてはいけないか、よく自分で考えて、選択していかなければならない。
感傷にひたっているわけにはいかない。
▶▶▶
「ミレイユ様、夢でノクティス様が出てきました。あと、三人のマリンさんたちも」
「そうか……マルティナ、聖女様は、女神ノクティスの館に招待されたのは間違いない」
レッド・ドラゴンの吐き出す高温の炎の息をミレイユは、準備のために息を吸い込む動きを見極めて避けることはできた。
斬り落としたが、ドラゴンの尾の一撃を受けてしまい、ミレイユの肋骨にひびが入った。
「その傷が癒えるまで、三人のマリンたちが、私の身の回りの世話をしてくれた。聖女様、マルティナや騎士団メンバーも、女神ノクティスの館に招待されたことはある。しかし、メイドのマリンが、三人いることは知らない」
▶▶▶
「えっ、私に対する、女神ノクティスの不満?」
「はい、それをどうすればいいかを占うようにと」
マルティナはそれを聞いて驚きに少し口を開いたまま、エリザの顔を見つめて絶句していた。
笑い出したのは、獣人娘アルテリスだった。
「いやぁ、笑って悪かったね。まあ、その、それは大事なことだけど、そういうことは、占いじゃなくてさ、ミレイユと女神様で、よく話し合ってみたほうがいいんじゃないかな?」
アルテリスはそう言って応接間のソファーから立ち上がった。
シン・リーも、獣人娘アルテリスが応接間から出るのに黙ってついていく。
「あっ……あの、ミレイユ様、私も、席を外しますね」
応接間にはエリザと、顔を赤らめているミレイユが残された。
「私は剣の修行に夢中で、女神ノクティスと会うまで、そうしたことは、まったく知らなかった」
▶▶▶
私は、エリザちゃんも仲良くするやり方なんて知らない詳しくないんだけど……と思いながら聖騎士ミレイユにうなずいた。
「あのですね、そうしたことはどうしたらいいか、ミレイユ様……私に聞かれても、ちょっと困りますよ」
ふぅっ、と深いため息をついたあと、聖騎士ミレイユは別のことを話し合いたいと言った。
「それに関しては、アルテリスの言うように話し合ってみて、善処してみることにする」
いろんな知識を、この世界の人たちはどうやって知るのだろう?
私はそう思った。
そういうことに興味を持つ年頃とかになったら、経験のある人に習ったりするものなのだろうか。
「ゼルキス王国とターレン王国の合併という話があるのは、レアンドロ王から私も聞いて、大使として話し合うつもりでターレン王国に来たが、ランベール王にも謁見できなかった」
ヴァンパイアロードにランベール王がなっていて、聖騎士ミレイユが謁見するのを避けたのか、それとも、別のクリアルートの展開だとすると、先代のローマン王の亡霊がウィル・オー・ウィスプになったメイドのアーニャちゃんにランベール王の体から追い出されて、仮死状態か意識不明なっているはず。
「パルタの都に来てわかったことがある。それは、ゼルキス王国がターレン王国から密売されてきた食糧に頼ってきたということだ」
ゼルキス王国は小国で、東側の広い湿地と山岳地帯によって耕作地が少ない。
ターレン王国の貴族が、国倉の食糧を横流しをして私腹を肥やしてきた。その食糧の密輸された食糧に、ゼルキス王国の食卓は支えられてきた部分がある。
「合併しなければ、もしくは辺境地帯を武力侵攻を行い開拓して食糧を得る必要があったのは、本当はターレン王国ではなく、ゼルキス王国の方だったのかもしれぬ」
ターレン王国の国倉から、貴族による横流しの密輸が行われてきたのは、近年だけのことではなかった。
「もしも、ランベール王が廃位され、実権が地方の伯爵や執政官の合議によって行われて、官僚の不正が行われなくなれば、ターレン王国に暮らす人々は今より作物を生産する必要がなくなるか、流通量が増えて安値で食糧を取引できるようになるだろう」
そこで問題が起きるのは、密輸されている食糧の流通量が減ったゼルキス王国の方というわけだ。
「ターレン王国の民の人数は、ゼルキス王国よりも多い。しかし、ゼルキス王国へ輸出する余力は、あまりない。聖女様は、ターレン王国の最も広い耕作地を持つリヒター伯爵領を見てきた。私の推測はあながち間違いではないと思うのだが……。
そこで、エルフェン帝国の宰相の聖女様に、ゼルキス王国の大使として大事な相談がある」
エルフェン帝国の中原地帯で生産した食糧を、ゼルキス王国に輸出してもらいたいというのが、聖騎士ミレイユの相談してきた内容だった。
「本来なら辺境地帯の森林地帯やニアキス丘陵を開拓するか、時間をかけて湿地帯の毒沼を埋め立て耕作地にするべきかもしれない。しかし、どのように対策するにしても、しばらく、ゼルキス王国の食糧の取引価格が高騰することになれば、ターレン王国に移住する者や辺境地帯に隠れ住む者もかなり出てくるだろう」
ターレン王国では私腹を肥やす悪人たちでも、ゼルキス王国の食糧事情には、必要な悪人たちだった。
その関係を脱却するために、エルフェン帝国と貿易したいということだった。
ダンジョン探索の依頼を失った冒険者たちが、ゼルキス王国に輸出する作物を生産するための農園を、みんなで耕作してくれたなら輸出できそうだと思った。
中原には、まだまだ開拓されていない土地がたしかにある。
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