第352話

 聖騎士ミレイユは、ゼルキス王国の大使として王都トルネリカに滞在していた時よりも、パルタの都の滞在中の方が忙しかった。


 商人マルセロの協力による備蓄食糧の鮮度が維持されている不思議な倉庫地区や清らかな水が湧く大井戸の調査。

 王都トルネリカのモルガン男爵邸で発見した日記を、学者モンテサンドに開示したので、パルタ事変にや遠征軍派遣についての裏事情の確認や騎士ガルド以外に女騎士ソフィアという人物ついても、聖騎士ミレイユは、学者モンテサンドからの情報提供を受けることができた。

 さらにそこへ、エルフェン帝国の聖女様の宰相エリザが「夢で女神ノクティス様とミレイユ様の占いをするお約束したので参りました」と大神官シン・リーや獣人娘アルテリスを連れて、神聖騎士団が滞在している執政官の官邸へ訪問している。


 執政官マジャールの婚約が中央広場で、学者モンテサンドや貴公子リーフェンシュタールをふくめて、滞在しているブラウエル伯爵やヨハンネス、エリザやシン・リー、獣人娘アルテリスなども、商人マルセロと女店主イザベラと一緒に参列して住民たちに発表された。パルタの都は、そのままお祭り騒ぎだったので、婚約発表の四日後まで、エリザたちはパルタの都に滞在し続けた。


 その間に神聖教団の幹部の恋人たちのアゼルローゼやアデラが、令嬢エステルの姿に変身させられている邪神ナーガと一緒に、夢幻の隠世の旅をしている。

 邪神ナーガは、ランベール王の意識不明となって衰弱した肉体に宿らされ、自ら創り上げた新世界から渡ってくると、美少女の令嬢エステルの姿に変身メタフォルフォーゼさせられている。

 ランベール王は、神聖教団の教祖ヴァルハザードの生まれ変わりの人物である。しかし、美青年の姿から美少女の姿に変身したのを神聖教団の幹部のこの恋人たちは目撃しており、復活した美少女の姿の人物を神聖教団の教祖として迎えるか大いに迷っているところである。


 法務官レギーネが策略として、ゼルキス王国の大使である神聖騎士団に危害を加えて、ゼルキス王国との合併案を中断する交渉材料とするために刺客として野に放ったヴァンピールの踊り子アルバータは、法務官レギーネを裏切りランベール王の密命で活動していていて姿をくらましているゴーディエ男爵を探す旅を続けている。


 ターレン王国最後の法術師の一族の後継者ロンダール伯爵。彼はまだ二十八歳でありながら、隠者と呼ぶにふさわしい術師の一族の当主にふさわしい才能を持つ人物である。

 彼は呪術師シャンリーの襲撃に備えて、念力を剣術として使うテスティーノ伯爵と、対策の罠をフィーガルの街に施している。

 テスティーノ伯爵は、すでに五十代の紳士でありながら、特殊な剣術の修練によって見た目は十歳ほど若々しく強靭な肉体を維持している。


 ロンダール伯爵の占術では、呪術師シャンリーは生存しているという結果となっている。

 これは、呪術師シャンリーの亡霊である残留プラーナが、他の亡霊よりも強力であるためである。

 肉体交換の秘術で呪術師シャンリーから肉体を交換された令嬢エステルの心は、ただよう亡霊とならずに、処刑後は、大いなる混沌カオスかこの世界に吸収され鎮められているのか、ロンダール伯爵の占術では死亡している結果となっている。


 賢者マキシミリアン公爵夫妻はエルフェン帝国の帝都に、若き頃から大親友である将軍クリフトフを残して、ターレン王国での魔獣の出現に備えて、聖騎士ミレイユの指揮下について討伐を行う人材のスカウトを頼んでおき、自分たちは細工師ロエルと弟子の青年セストを連れて、先行して状況確認や、祓いの地の守り人である仙人のような風貌の術師ストラウク伯爵の協力を要請するために、ターレン王国のストラウク伯爵領を訪れている。


 神聖騎士団の参謀官マルティナには、神聖教団が魔導研究によって人造人間ホムンクルスの中でも、ただ一人生存している成功例という秘密がある。

 しかし、彼女の蘇生に使用された魔石というエネルギーの結晶体には危険があるという研究機関の記録を賢者マキシミリアンが見つけ出した。

 この魔石が参謀官マルティナが死亡することで、ターレン王国に魔獣出現の怪異を引き起こす可能性を危惧した賢者マキシミリアンは、ゼルキス王国の国王、マキシミリアンの実弟にあたるレアンドロ王に報告して、将軍クリフトフと、もしもの事態に備える対策に乗り出したのである。

 

 将軍クリフトフは、この大陸の全冒険者ギルドの総ギルド長でもある。彼には二人の子がいるが、妻とは死別している。

 帝都の情報屋の美女リーサとの恋の噂が囁かれていた。

 任務の冒険者のスカウト試験や訓練に、クリフトフはまじめに取り組んでいる。

 ゼルキス王国ではこっそり熊将軍と部下たちからあだ名をつけられて慕われており、厳しい訓練をすることで知られている巨漢のいかにも戦士という逞しい肉体と風貌で野生的だが、教会で保護されている孤児の少女サランには、とても優しい笑顔を見せるクリフトフなのであった。


 呪術師シャンリーに暗殺されたフェルベーク伯爵の影武者として王の密命で、魔族の眷族ヴァンピールに覚醒する者を見つけ出すため、奴婢ぬひの村で吸血を続けていたランベール王の側近で同じ二十四歳の親しき学友でもあるゴーディエ男爵は、ある一人の乙女をヴァンピールではないが、魔族に覚醒させることに成功した。

 ゴーディエ男爵が魔族に覚醒させた者としては、踊り子アルバータについで二人目となる。


 このソラナという二十歳の乙女は、フェルベーク伯爵領のなもかなき奴婢ぬひではなく、ロンダール伯爵の一族の密偵だった。


 王の密命を実行していてヴァンピールではなく、なぜかサキュバスが覚醒したので、ランベール王へ報告しようとした。

 その時期に、不穏な噂がバーデルの都から取引のため出入りしている奴隷商人からフェルベーク伯爵領の政治や文化の中心であるルゥラの都へもたらされた。

 震災によって王都トルネリカが半壊する被害にランベール王が巻き込まれ、行方不明となっているという噂であった。


 不測の事態に密命を中断したゴーディエ男爵は、フェルベーク伯爵領から密偵ソラナと出奔し、現在はロンダール伯爵の協力によって、ストラウク伯爵領に潜伏している。

 彼はストラウク伯爵や賢者マキシミリアン公爵夫妻を師匠とし、ヴァンピールの血の生贄を求める渇望を引き起こす体内のクンダリーニの力の制御のための修行を開始した。


 それぞれの人物たちによって、同時進行でこうしたことが各地で行われている状況となっている。


 エルフェン帝国の十九歳の宰相であるエリザは、大陸中央にある大樹海の奥地にある貴重な世界樹を守り続けているエルフ族たちが暮らす王国――世界樹の大樹のうろから出現したエルフ族ではない人間で聖女様と神聖教団の信者たちから呼ばれているエリザの故郷であり、聖騎士ミレイユは母親である王族の美女セレスティーヌと、エリザと同じように、エルフの王国で過ごしている。


 ミレイユの母親セレスティーヌと、エリザを保護し続けているエルネスティーヌは姉妹であり、ミレイユとエリザは親戚の子のような関係でもある。


 ミレイユは、母親ゆずりの凛々りりしい美貌と豪奢ごうしゃな金髪の美女で、身長もすらりと高くスタイル抜群で、耳の形がエルフ族の特徴ではないが、美しい青い瞳もエルフ族らしい容姿の人物である。

 エリザは見た目は十九歳のはずだが、背丈も低く、華奢きゃしゃで年齢よりも若く見られる。

 エルフ族の王国の中でも、とりわけ美しくはかなげで、とても可憐な印象の美貌の美少女であるエリザ。

 七歳のミレイユは、エリザが出現した時のエルフの王国の大騒ぎを覚えている。

 人間の子は人間に育てさせるべきではないか、見た目は人間だがエルフ族の子かもしれないと話し合い、結局、当時エルフの女王のエルネスティーヌが「エリザは、人間かエルフ族でも、どちらであっても私の子です!」と言い切って、この騒ぎはおさまった。


 エリザは十歳になるまでずっと出現した六歳ぐらいの見た目で、ミレイユが七歳ですでに世界樹の前で、素振りをして剣技の修行中の様子を離れて見ていて、目が合うと恥ずかしがって声をかける前に逃げてしまう子だったと、聖騎士ミレイユは懐かしそうに目を細めて微笑しながら、参謀官マルティナに語った。


 七歳にして、大人の戦士が装備する子供には重すぎるはずの鋼の大剣で素振りをしていたミレイユも、尋常ではない身体能力とセンスを持つ子供である。


 エリザは十年間、知識はついていったけれど、人間ならば六歳児のまま、心の成長が止まっていたのかもしれない。


「マルティナ、どのくらいまで人は子供の頃のことを覚えているのだろうな。あの恥ずかしがり屋でよく転んでは肩を落として泣きべそをかいて、大丈夫ですよって言われながらエルネスティーヌ様に頭を撫でられていたり、私の剣が風を切る音がするたびに、ビクッとちょっと怖がって大人の後ろに隠れていた子が、こうして私を訪ねて来るようになるとは、おもしろいものだ」


 マルティナは、まだ少年だった幻術師ゲールが、研究施設に侵入して、解剖室で魔導書の指示に従い、魔石を人造人間の幼女の遺体の心臓の上に置き、融合させて蘇生させたことや、施設から裸足で脱走して足の裏が傷だらけになりながら、路地裏の物陰でうずくまって動けなくなって意識を失っていたマルティナを、少年ゲールが保護して寄宿舎へ連れ帰ったことを、すっかり忘れている。


 エリザはカード占いをするために官邸へ訪問して、エルフの王国でミレイユの素振りをエリザが離れて見ていた話しをされて、ぼんやりとしていた記憶だった七歳のしかめっつらで修行していた少女ミレイユの顔や姿と、今の大人の美女ミレイユの微笑がゆっくりと重なった気がした。


 ゲームのキャラクターとしての聖騎士ミレイユではない、生きている人としてのミレイユを、エリザはこの時、実感したのである。




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