第351話
騎士ガルドが、パルタの都に連れて来たのは女騎士ソフィア、女店主イザベラ、商人マルセロ。
それに、遠征軍の後発隊の千人の若者たちである。
学者モンテサンドが、執政官ベルマーを討伐するための策略に騎士ガルドたちを利用した。
執政官ベルマーの横暴が、その黒幕の宮廷議会の重鎮モルガン男爵の後ろ楯の元で行われ続けていれば、いずれ、執政官ベルマーによって学者モンテサンドは、謀殺されていたはずである。
騎士ガルドに、学者モンテサンドの提案を受け入れて、パルタの都を根城にすることを提案したのは、商人マルセロである。
商人マルセロは、騎士ガルドや女騎士ソフィアのように戦闘力や兵を指揮する力はない人物で、女店主イザベラのように情報収集や料理番としての特技はない。
ベルマー男爵を騎士ガルドが、襲撃。執政官ベルマー男爵は捕らえられ、被害者女性たちの目の前で処刑された。
黒幕の宮廷議会の重鎮モルガン男爵は、養女である騎士ソフィアにより、パルタの都までベルマー男爵からの偽密書で王都トルネリカから誘き出されて粛清された。
――これがパルタ事変である。
このパルタ事変の当時、学者モンテサンドの年齢は四十八歳。
商人マルセロが四十歳である。
仲間の女店主イザベラが、三十四歳。
粛清されたモルガン男爵は五十代後半、ベルマー男爵は四十二歳である。
まだ騎士ガルドは二十五歳、騎士ソフィアは二十二歳と若い。
現在、商人マルセロは二十歳の小貴族の令嬢グローリアに惚れられて交際中である。
学者モンテサンドは、女店主イザベラと恋仲となっている。
学者モンテサンドは、軍師の才能がある人物である。しかし、本人は、ターレン王国の歴史家でありたいと、女店主イザベラには語っている。
商人マルセロには優秀な内政の才能がある。
どんなに兵を率いる武将が豪傑であれ、兵站――人員の管理、食糧の補給、拠点の修理、後方への情報伝達ルートの確保の支援が万全でなければ、実力を発揮できないものである。商人マルセロにはその貴重な才能がある。
マルセロ本人は、どこにでもいる平凡な商人だと思っている。
パルタの都というターレン王国の重要拠点は、かつてターレン王国の三代目国王の時代、およそ三百年前の大開拓が行われた時代に建造された。
都の半分を占めている倉庫地区には、長年備蓄された食糧が保存されている。
食糧の長期保存を可能にしている魔法技術の仕掛けは、今でも健在である。
執政官ベルマー男爵のパルタの都に備蓄されている食糧の量の帳簿の記録は、実際に備蓄されている量の三割程度しか記録されていなかった。
宮廷議会の重鎮モルガン男爵により
神聖騎士団の団長ミレイユも、倉庫地区に備蓄されている食糧の量を目にして、驚きの色を隠せなかった。ゼルキス王国には、これほどの食糧を備蓄している施設は存在していない。
大神官シン・リーは、このパルタの都の穀物や野菜の鮮度を維持している魔法の仕掛けが、都の中央広場にある住民たちの生活を支える大井戸の地下水脈を使った大がかりな仕掛けによるものと看破している。
聖騎士ミレイユや参謀官マルティナ、そして、エルフェン帝国の宰相エリザは、大砂漠で水の法術を使ったオアシスを維持してきた大神官シン・リーが看破したパルタの都の仕掛けの秘密を教えられている。
このパルタの都は生きていると大神官シン・リーは、若き三人の乙女たちに語った。
モルガン男爵とベルマー男爵が暴挙を密かに行い続けていたら、このパルタの都の食糧の鮮度を維持する魔法の仕掛けは失われていただろう。
商人マルセロと恋人の令嬢グローリアは、ブラウエル伯爵とヨハンネスに連れられて、倉庫地区に調査に来た神聖騎士団の団長ミレイユと隊長たちを案内している。
商人マルセロからすれば、備蓄された食糧の鮮度が保たれていることが、理解しがたい奇妙な出来事にしか思えない。
このパルタの都の大井戸の水源は、ストラウク伯爵領の山岳信仰では、女神の乳房と呼ばれる双子の山である。
ストラウク伯爵領のスヤブ湖と山奥の地域は
土地となっている。
商人マルセロは、そうした見えざる力を利用した仕掛けはわからないけれど、その効果による恩恵だけは実感している。
山岳信仰は、神聖教団とは異なる女神信仰である。大開拓の時代の前から各地で暮らしていた人々は、双子の山や森の泉には、女神様が宿っていると信じていた。
そのため、森林を伐採して耕作地とするために開拓することを祟りをとても怖がり避けてきた。
パルタの都の清らかな水が湧いている大井戸は、伝承されている森の女神様の泉と同じ役割をしている。
この大井戸に、ベルマー男爵の暴挙で深く心が傷つき絶望した女性が一人でも身投げしていたら、パルタの都の仕掛けは破壊されてしまい、永遠に復旧することはなかっただろう。
騎士ガルド――夢幻の隠世にて群れからはぐれた獣人オークと、ダンジョン探索で冒険者の夫を亡くした未亡人の若妻ルーシーとの間に、卵から生まれ、夢幻の隠世で育った野生児。
この人物がゼルキス王国に戦を仕掛ける遠征の将軍に任命されたのち、後発隊の兵糧がモルガン男爵の派閥の宮廷議会の官僚たちにより横領されてしまった。
後発隊は解散することを女騎士ソフィアからガルドが知らされた時、駐屯地だった国境へ通じる街道沿いの宿場街の顔役である商人マルセロから、パルタの都へ後発隊の志願兵と潜伏することを提案した。
また、女店主イザベラがパルタの都まで、後発隊の駐屯地にある残りの兵糧でガルドたちの逃亡兵の食事を
この商人マルセロと女店主イザベラが、騎士ガルドと女騎士ソフィアを支援したのは、偶然ではなかった。
大神官シン・リーは、パルタの都は生きていると言った。
ベルマー男爵がパルタの都の女性たちの身も心も虐げ、また格差を作り出して、思いのままに
それを終わらせるために、騎士ガルドや、養父のモルガン男爵に虐待されていた女騎士ソフィア、そして千人の逃亡兵を、パルタの都は求めたのである。
大開拓時代に、ストラウク伯爵領や他の土地から流れて来た難民たちが逃げて隠れていたテスティーノ伯爵領以外の土地では、移民の騎士たちによる武力侵攻が行われていた。
その時に犠牲になった各地の住民の女性たちの亡霊は、かなり激戦地だった伯爵領の中央のバーデルの都が鎮めのために建造されたことで浄化されていった。
かなりであって、全部の亡霊が鎮められたわけではなかったのである。
パルタの都には、鎮められ生まれ変わってきた大開拓時代の女性の犠牲者たちの心を宿した人たちが暮らしていた。
ベルマー男爵の暴挙は、生まれ変わりで忘れられかけていたその怒りや悲しみを呼び覚ますことになった。
まだ浄化されていないさまよう亡霊たちへその心の痛みは、パルタの都によってさざなみのように伝播された。
また女騎士ソフィアが、養父モルガンからの母親と自分が虐げられた仕打ちに対する怨みを強く抱えていたので亡霊たちの残留プラーナが引き寄せられていった。
その心の影響力は、術者ではない商人マルセロの心にも変化をもたらし、騎士ガルドを支援することやパルタの都へ潜伏する提案をさせることになった。
女店主イザベラは、暴漢に襲われて両親と新婚で仲良しだった夫を殺害され、自分だけ凌辱され生き残ったという深い悲しみを、学者モンテサンドと出会うまで癒されることがなく抱え込んでいたので、彼女は術者の才能がなく気づいていないが、運命の伴侶と出会い悲しみを越えて生きるため、心のおもむくままに、騎士ガルドたちの逃亡を支援する行動に動かされている。
全ての出来事が偶然ではない。
それぞれの因果による心の必然が、
騎士ガルドは、女騎士ソフィアの心からの熱意に動かされて、彼女のモルガン男爵への復讐に協力する約束をした。
彼女がガルドに恋をしたことで荒ぶる心が癒されていく。
パルタの都から呼ばれ、モルガン男爵やベルマー男爵を始末した二人は、一つの英雄の役割を終えてパルタの都から旅立っている。
そして、ガルドの運命の物語もまた綴られてゆく。
パルタの都は、遠い過去の悲しみが鎮められ生まれ変わった女性たちの心が、新たな人生で癒されるための聖地といえるだろう。
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