第349話
伯爵領では、自治権が認められている。
フェルベーク伯爵がすでに暗殺されていると知ったザルレーとヴァリアンは、元老院の議会をまとめる四人の名士たちに、フェルベーク伯爵が病死したという申請と後継者としてザルレーとヴァリアンの二人を任命して、他の伯爵領へ見聞を深めるために旅をさせていたという物語をでっち上げることを提案した。
この伯爵領は、ターレン王国の貴族たちが重視していた血統主義ではなく、伯爵の指名制で後継者を任命する制度になっていた。
この伯爵領の法改正に四人の名士が従ったのは、ザルレーとヴァリアンが十人の刺客を撃退して、また自分たちを支持する者たちをうまく使い、ルゥラの都のクーデターに成功したからである。
後継者が二人いるのは、前例がある。ブラウエル伯爵領では、ブラウエル伯爵と配偶者の子爵としてヨハンネスという二人の統治者がいる。
ザルレーとヴァリアンの婚姻を申請し、後継者がいなければ、伯爵領を王へ直轄領として返還しなければならない問題を解決するという手段を、四人の名士の命と立場を保証するという裏取引で行わせた。
これは踊り子アルバータが、女性だったことがザルレーとヴァリアンに有利な条件として働いた。
男尊女卑の政策を伯爵領が成立してから長く続けていたので、元老院のまとめ役の四人の名士を殺害したのが名も与えていない女性の奴婢であったとしたら、裁く法がこの伯爵領には無かった。
刺客が男性の場合は、ルゥラの都で暮らす良民と、罪人である
女性の刺客が、ルゥラの都の元老院の議員を襲撃することを想定して法律が作られていなかった。
奴婢の村として女性たちが反乱を起こしたとしても、ルゥラの都に攻め込む前に、賤民に恩赦を餌に鎮圧させるように法律が作られていた。
女性に名前すら与えず、生殺与奪の権を元老院の議会が握っていたのが、ここで仇になった。
ルゥラの都の権力者になったこの二人の美青年ザルレーとヴァリアンが、踊り子アルバータを次の伯爵として指名することを、四卿と呼ばれている名士たちは想像していない。
二人で旅暮らしをしているほうが気楽でいいと、ザルレーとヴァリアンは考えた。
(フェルベーク伯爵が病死したのは、まだわかります。しかし、なぜ、アルバータに女伯爵の地位を求める申請まで、まとめて送られて来たのかしら?)
法務官レギーネの元に、パルタの都で執政官マジャールが二人の令嬢と婚姻する申請の書状が届いてイライラしていて、少し落ち着いてきた三日後に、フェルベーク伯爵領からの書状が届いた。
フェルベーク伯爵が、不摂生のために病死。後継者にザルレーとヴァリアンを任命する遺言状と、さらに、ザルレーとヴァリアンの同性婚、そして、ザルレーとヴァリアンの次の伯爵として、アルバータに女伯爵の地位を求める書状がごっそり彼女の元へ届いた。
同性婚はブラウエル伯爵とヨハンネスを認めているので、拒絶するわけにはいかないと法務官レギーネは考えた。
男色文化があるフェルベーク伯爵領から今まで、婚姻の申請が出されていなかったことが不思議なぐらいである。
困惑したのは、ゼルキス王国から大使として来た神聖騎士団への刺客として王都トルネリカから追い出したアルバータに、男尊女卑の伯爵領の統治者として新しい二人の伯爵から、後継者候補として推薦するのでアルバータに女伯爵の地位を求める申請が出されたことが理解に苦しむところだった。
アルバータを女伯爵の地位を与える嘆願書だけ保留にした。
ランベール王が承認しなければ平民階級の者を貴族階級にすることは、レギーネにはできない。
法務官レギーネはフェルベーク伯爵領から、ザルレー伯爵およびヴァリアン伯爵領と改めて統治することを承認したのだった。
法務官レギーネは、バーデルの都の執政官ギレスに、フェルベーク伯爵領を調査して報告書を提出するように命じる書状を、王都トルネリカから送った。
執政官ギレスはフェルベーク伯爵の気まぐれで、きっとご執心の少年でも見つけてなぶるように戯れているから、ギレスに連絡して来ないだけだと思っていた。
(女伯爵シャンリーを冤罪でフェルベーク伯爵と手を組んで陥れたのを、法務官レギーネが嗅ぎつけたのか?)
フェルベーク伯爵逝去の情報を法務官レギーネは、ギレスに教えていない。
ギレスの報告書が届いた時に、フェルベーク伯爵の逝去や新伯爵について記載があれば、ギレスが忠実に職務を果たしているものと判断するためであった。
ギレスは法務官レギーネに、フェルベーク伯爵とバーデルの都を女伯爵シャンリーから奪った陰謀をつかませたくない。
踊り子アルバータに、探している恋人が見つかったら、またルゥラの都に立ち寄ってくれと、ザルレーとヴァリアンは言ってニヤリと笑うと、旅に必要な路銀を
学者モンテサンドはフェルベーク伯爵領からの王都トルネリカに向かう使者や、バーデルの都へ向かう使者に賄賂を渡して、パルタの都にいて、情勢を見極めようとしている。
「ねぇ、モンテサンド、このアルバータって子は、パルタの都に少し前に滞在してたわよ。王都トルネリカから来たって、それに、王様が震災で行方不明って話を、あたし、このアルバータって子から聞いたのよ」
パルタの都の女店主イザベラはモンテサンドに言った。
「あたしは、てっきりアルバータちゃんが王様を探しているんじゃないかって思ってたんだけどね」
モンテサンドは、アルバータのことを、王都トルネリカからパルタの都を潜入調査に来た密偵だったのではないかと疑っていた。
「ザルレーとヴァリアンは、僕をブラウエル伯爵から護衛して、パルタの都まで案内してくれた二人ですけど、あの二人がどうかしたんですか?」
ヨハンネスに思いちがいではないか、モンテサンドは護衛だった二人の名前を確認してみた。
使者に、モンテサンドはザルレーとヴァリアンの容姿などをイザベラの酒場で酒を飲ませて聞き出した。
どうやら、ヨハンネスの護衛をしてパルタの都に来ていた青年たちらしいことが、使者の話す二人の容姿とも一致したので、モンテサンドにはわかった。
「ブラウエル伯爵、ヨハンネス君とフェルベーク伯爵領に行って、新しい伯爵の二人をランベール王の廃位の仲間に加わらないか、説得してみていただけませんか?」
領事館の応接間でモンテサンドから言われ、ブラウエル伯爵とヨハンネスは顔を見合せた。
「ヨハンネス君と一緒に旅をした二人が、フェルベーク伯爵の後継者として新しい伯爵になるとしたら、これは我々にとって朗報といえるでしょう」
「わかりました。ザルレーとヴァリアンの二人の婚姻祝いをパルタの都から届けるということで、使者のふりをして二人でルゥラの都へ向かうことにします」
ブラウエル伯爵は、モンテサンドにそう答えた。
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