第348話
コーネリアの心が摂理を理解して、存在意義を見失いかけて、絶望感という危機に直面している時に、ストラウク伯爵領のゴーディエ男爵も大いなる
(もう、一人で人のいないところで生き絶えられるように、自力で登れない山奥の渓谷の底にでも、身を投げてしまおうか)
クンダリーニの飢えのようなエネルギーの奔流を、チャクラで変換して活力や心の力にする発想がゴーディエ男爵には、恐怖や他人から生き血を啜ることで殺害してしまう行為に興奮する自分の心への嫌悪感から、思い浮かべる余裕を失いつつあった。
エリザがゴーディエ男爵を占えば、吊られた男のカードがめくられて現れるだろう。
自分を罰するために、逆さまに吊りさがっている者の姿が彫り込まれている。
快楽から身を遠ざけ、
フェルベーク伯爵領では、ゴーディエ男爵の寂滅や自罰の考え方とは真逆の生の肯定と促進の考え方、生きることは欲望の肯定であり、その自己への許しから、他者に対する許しへと至るこそが歓喜という考え方ができ始めていた。
限界と思えるほど、我を忘れて疲れ果てるまで、欲望の海を渡るように心を熱く滾らせたあとの達成感の中で、癒しのための眠りを一緒に欲望に溺れた者とありのままの自分を許し、また許された相手と心を許しあって生きてゆく。
それを理想とする考え方が流行し始めていた。
フェルベーク伯爵領で、赤錆び銀貨の効果によって、心が本当に満たされる理想の美少年や美青年は、夢の中でしか存在しないという絶望のあと、自分を愛するように少年や青年を許し、欲望を満たすという考え方や、欲望を肯定して罪の意識から逃れる心の平穏を説き始めた者たちが現れた。
それは親代わりの養育者の欲望を満足させる関係の維持が、子供である自分の役割だという思い込みや、忠義や恩義に縛られた恋愛への考え方を突き破る個人としての恋愛という考え方だった。
踊り子アルバータと一緒に、青蛙亭という宿屋の探索を、ターレン王国からの国外逃亡のついでに引き受けた二人の青年、傭兵ザルレーと武器商人ヴァリアンが、フェルベーク伯爵領の若き識者として弟子を数多く持つようになり元老院の四卿と肩を並べる権力者となったのは、この二人の恋愛の思想は分かりやすく、世界のエネルギーに言及する奥深いものでもあったからである。
孤独に悩み苦しむ夜を過ごすぐらいなら、愛するために欲望の海を渡れ。
この元傭兵ザルレーと元武器商人ヴァリアンは、死を前にすれば孤独であることは、どれだけ愛し合っていても寿命があり別れるのが宿命だと語った上で、生きることや欲望の肯定、さらにこの世界のエネルギーは万物流転だと、語ったからである。
欲望のままに生きていい!
識者となったザルレーとヴァリアンの美青年たちに魅了されたルゥラの都で議論が上手ければ、尊敬されて少年や青年にモテると安易に考えていた者たちは、そこだけをまず大絶賛した。
保護を受けている間は、保護者の者たちに自分の欲望や願望をひたすら隠し、我慢してきたことで罪人にされないように身を守ってきて、自分が保護する立場になってみて、我慢の不満をぶつけられる考え方を求めたのである。
識者ザルレーとヴァリアンの噂はたちまちルゥラの都で広がり、その人気から、一度はフェルベーク伯爵領を捨てた罪人のこの二人の美青年への恩赦を求める運動が起きた。
元老院の議会の四卿の名士たちは、恩赦の嘆願を無視して二人を処罰するよりも、人気を集めるために恩赦を認めるほうが得だと考えたのだった。
ト・アベイロン。
ギリシャ語で「無限なもの」という意味のものを、ザルレーとヴァリアンは、
もちろん、人間であることが、悠久の時の流れの中では、偶然のかりそめの姿にすぎないことまで教えられて絶望した。
摂理を断片的であれ理解したザルレーとヴァリアンは、せめて人の姿であるうちは一緒に生きたいと考えるようになった。
(ザルレーを求める心がなぜ起きるのか知りたい)
(どうしてヴァリアンでなければ嫌なのか教えろ)
蛇神祭祠書は、ザルレーとヴァリアンに、クンダリーニの欲望に逆らわずに、ただ生きろと教えたのである。
アルバータは用心深い。
ザルレーとヴァリアンに、魔導書の表紙にふれさせた後で、緊張しながらふれてみた。
フェルベーク伯爵領の首都であるルゥラの都で、意識改革が起きたのは、赤錆び銀貨から始まり、元逃亡者であった二人の美青年が権力者の仲間入りしたことで加速したといえる。
幻術師ゲールは、踊り子アルバータのゴーディエ男爵探索の依頼を「興味はある……だが、断る」と、エレンがテーブルの上に置かれた大金が入っているとわかる小袋から目が離せなくなっているのに気づいていながら、はっきりと言い切ったのだった。
踊り子アルバータには、蛇神祭祠書は「ザルレーとヴァリアンに同行して、ルゥラの都へ行け」と思念で伝えただけで、そのあとは猥本に化けて反応しなかった。
「ゲールさんっ、どうして依頼を断っちゃったんですか!」
「エレン、他人に関わらないことも生き残るには必要なコツだよ」
ゲールは三人のめずらしい亡霊ではない生きた客人たちが立ち去ると、せっかくの依頼だったのにと、むくれて自室にこもったエレンを放置して、魔導書に目を落とし、青蛙亭の外で降りしきる午後の雨音の中で、静かにページをめくり始めた。
ザルレーとヴァリアンの人気を気にした四卿が、美青年の二人をもったいないと思いながら、暗殺しようとして刺客を差し向けた。
刺客は、ザルレーのチャクラムで撃退されたり、アルバータに捕らえられて誰の差し金かを「大事なところを踏み潰されたいの?」と脅されて、自供させられたりした。
命を狙われた三人は、逆に四卿の名士を襲撃して、ゴーディエ男爵がフェルベーク伯爵の影武者であったことや、逃亡したことを聞き出した。
「貴方たちとはここでお別れね。二人とも、ずっとお幸せに!」
踊り子アルバータは、四卿の名士たちの命を奪うかわりに、ロンダール伯爵領のあたりへゴーディエ男爵が逃亡した情報を聞き出したのだった。
フェルベーク伯爵領は、ザルレーとヴァリアンが、元老院の四卿の名士を従えるようになった。
美女のアルバータにとって、色目を使ってきたり、馴れなれしくしてくることのない、美青年のザルレーとヴァリアンは、悪くない旅の仲間だった。
ゲールはアルバータの依頼を断ったが、興味はあると言った。
青蛙亭には警戒して侵入して来なかったが、踊り子アルバータのあとをずっとつけている亡霊、いや、むしろ怨霊の気配をゲールは感じていた。
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