第347話

 船長キャプテンエルヴィスのエルヴィス号の本当の名前は、コーネリア号である。


 この飛行帆船の竜骨キールには、シャーアンの地の統治者が受けついできた魔石【女王コーネリアの命】という勾玉が埋め込まれている。

 蛍石ほたるいしとも呼ばれるフローライトという鉱石に似ている。

 光源によって、ブルーからパープルに、見た目の色が変化する魔石である。


 人の姿の見た目の印象を左右する髪型や服装、名前などは、人の本質である心と肉体が結びついた命そのものとは関係ない。

 しかし、第六チャクラのサードアイの効果で、オーラのアストラス体として他人を認識できる人であったり、感情の影響を受けた姿が現れやすい夢の中でなければ、見た目の印象で他人を認識しがちである。


 名前は一番短いまじないだと、若きロンダール伯爵や仙人のような風貌の老成したストラウク伯爵なら言うだろう。

 人や物の在りかたを示していると認識されるものが名前であり、自分の本質の命を理解していない者は、他人から認識されていたり評価される言葉によって、自分はこういう存在だと信じてしまう。


 その思い込みによって、どのチャクラが認識されるか、プラーナの循環がどのように巡るのかといったことが影響を受ける。

 それは言動や考え方、習慣や時には人生にまで影響を与える。


 だから「エルヴィス号」とその時代の統治者の名前を冠したの飛行帆船とを誕生の祝いとして造り上げ与えることで、エルヴィスを自他ともにシャーアンの地の統治者として認めて生きよというまじないをかけているようなものなのである。


 これが「コーネリア号」であれば、コーネリアがシャーアンの地を統べる者として君臨し続けていると、統治者やシャーアンの地の民衆も思い込んでしまうだろう。


 【女王コーネリアの命】という勾玉に宿り、女神ラーナの加護である生まれ変わりの運命である輪廻りんねから離れている一人の女性の心は、邪神ナーガの船長キャプテンエルヴィスを巻き込んだ奇妙な異世界渡りの航海でマニプーラを命の故郷だと思い出したのである。


 マニプーラの巨大な球体の魔法障壁オーラ・バリアの中で、人は何度も生まれ変わりながら、混沌カオスに還ることなく世界を維持しているとナーガは考えている。


 命や肉体の本質は、同じエネルギーが変換されているシンプルなものであり、自分や他人という区分けという認識はできない。

 ナーガは、その命の本質を実感したことがある。

 雄の神龍シェンロンである赤龍と雌の神龍シェンロンである白龍という姿は、かりそめの姿に過ぎなかった。

 エネルギーの本質は同じであり混ざり合って、天界も融合した世界――今は女神ラーナが女神ノクティスと守護している世界が存在している。


 ナーガは、魔獣の王から分離して新たな世界を創り上げた。

 女神ラーナと女神ノクティスの世界は、命は輪廻転生りんねてんせいを繰り返してエネルギーを混沌カオスに分散せずに維持しようとしている。


 そのため混沌カオスは、完全に満たされることがない。

 永遠に飢えている獣のようなものなのである。


 究極のエネルギーの安定は、混沌に全てのエネルギーが還って、飢えを満たした獣が安らかな眠りについている状態なのは、ナーガだけでなく、女神ラーナや女神ノクティスもわかっているだろう。


 大いなる混沌カオスとして一つのエネルギーとなり統合された安定の安らぎを求める心が、誰にでもある。

 しかし、これぼとバラバラで、不安定な多数の命が時にはぶつかり、またある時にはむつみ合い、命の本質を忘れて夢中で生きて、死んでしまったら生まれ変わって、命の本質を悟れば、あるいは疲れ果てたら、大いなる混沌へ還り、また命の本質を忘れた新たなる命として、再び召喚されるのを待つ。


 ナーガの創り上げた世界の召喚されて進化した人間たちは、ひどく疲れ果てながらも、命の本質は忘れていて、混沌カオスへ還ることは究極の恐怖だと強く思い込んでいる。


 女神ラーナや女神ノクティスの世界の人間たちは、生まれ変わってくる時に、他の死んでしまった命のエネルギーと不足分を補い合うように融合して、ちびちびと混沌から力を引き出して現れる。

 

 一回の射精で射出された精液中に、約三億の精子という細胞がある、その精子という細胞が一つの卵子に遭遇するためだけに、魚が泳ぐように生きている力は、大いなる混沌カオスから拝借された力だ。

 三億分の一という確率で精子と卵子が受精して、進化するように育っていくために分裂していく力も、大いなる混沌カオスから拝借している。


 少しずつ拝借されて大いなる混沌カオスの力が枯渇することは、魔獣の王や時の番神アテュトートが返還しているので、あまり心配はない。

 女神ラーナと女神ノクティスが守護する世界以外にも、大いなる混沌カオスからエネルギーを拝借している世界が、それこそ星の数だけある。

 ナーガは、まだ神龍シェンロンだった時に、天界を遥か上空から凍えながら見つめて、それを悟って帰還した。


 おそらく、エルヴィス号のコーネリアの心は、マニプーラの巨大な球体を感じ取って、かつての自分と同じように、摂理せつりを理解したとナーガは思った。

 そして、少し同情した。

 一人の人間が理解するには、荷が重い摂理である。

 なぜなら、個人という人格や個性が、一時的なかりそめであり、摂理の前では、一つの命は世界の中のかりそめの客に過ぎないと実感せざる得ないからである。


 コーネリアの心は、マニプーラにある混沌の力を感じ取り、エルヴィスに故郷――命の還るべきところと教えたのだろうと、ナーガにはわかった。


 このコーネリアの心の絶望感で魔石の勾玉が漆黒へ染まりきってしまえば、エルヴィス号はマニプーラではなく混沌へ還る。

 ナーガ自身も混沌カオスに吸い込まれてどうなるかわかったものではない。


 マニプーラは、エルヴィスたちが生きている世界よりも、ナーガの新世界よりは、ずっと混沌カオスの飢えの力から離れていると、ナーガは感じる。


 エリザのタロットカードでいえば、タワーのカードがめくられたぐらい、コーネリアの心は大ショックを受けている。


 マニプーラを包み込む魔法障壁オーラ・バリアの力に同調するには、魔石の勾玉まがたまに宿ったコーネリアの絶望感が妨げる。


船長キャプテンエルヴィスの決断できる気楽さを、コーネリアの心に分けてやりたいよ。

……さて、これは困ったことになったぞ)




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