第345話

 まるで、仙人のような風貌を持つ隠者――ストラウク伯爵は、プラーナのコントロールとチャクラの覚醒の力を活用する剣技を修練し続けている人物である。


 ゴーディエの肉体の変調を、ストラウク伯爵はアージュニャー・チャクラが現れようとしている兆候だろうと、ソラナに語った。


 命令の座アージュニャーの部位としてチャクラを感じやすいのは眉間である。

 第六チャクラであり、別名でグル・チャクラとも呼ばれている。

 

 guru=「重々しい、 荘重な」という意味のサンスクリット語から派生して、 師や指導者はグルと呼ばれる。


「体内の気を整えることができるようになるために、アージュニャー・チャクラが、ゴーディエには必要なったにちがいない」


 青蛙亭の店主の青年、幻術師ゲールは、この第六チャクラの力で第一チャクラから第五チャクラまでの体内のプラーナの流れの制御することで、魔族グールとして変化した人物である。

 またゲールの恋人である元冒険者の乙女エレンも、魔族グーラーとなっている。

 ただし、通常、人は第四チャクラの力や心臓と血流によってプラーナを循環させているが、魔族グールとグーラーは、第六チャクラの力と第三チャクラの力の連動によりプラーナの変則的な循環を行っている。

 代償として、これに第二チャクラが連動した時、第二チャクラに影響される肉欲と第三チャクラの食欲の混在した感情を生じることがある。

 第四チャクラを第六チャクラで抑制し代用することで、通常の人間の肉体よりも老化がかなり遅れている。


 第六チャクラには、サードアイ(第三の目)とも呼ばれていて、ゲールとエレンは、亡霊ゴーストを感知して、特にエレンは亡霊を、生者のように誤解しがちなのである。


「ゴーディエは、制御できてはいないがすっかり第五チャクラまで開いてしまっている。

 私はゴーディエのアージュニャー・チャクラのあたりから、念を送り込んで気を整える手助けをした。それが可能だということは、第一チャクラから第五チャクラまでが連動しきれてはいないが、開いてしまっているからできたことなのだよ」


 チャクラを、花が咲くように開いた状態が続くように維持することは修練しなければ難しい。


「ゴーディエの気の循環が、肉体に、第四チャクラの心臓に負荷を与えてしまうほど強く流れ、乱れているのはなぜか?」


 ロンダール伯爵は、人体に循環するプラーナのことを呪力じゅりょく、天地に満ちている力のことを「気」と呼ぶ。


 ソラナは、ゴーディエの吸血に挑む前から「呪力」=プラーナの制御コントロールの修行を幼い頃から仕込まれてきた。

 ロンダール伯爵領へ孤児として引き取られ、術師の里とだけ呼ばれている集落で育てられた。

 「呪力」が強い者たちは術師として活躍できるが、ソラナの「呪力」=プラーナは、体内で泉のように湧き続けるような激しさは生まれつき無かった。

 術師の里ではソラナは中途半端な落伍者らくごしゃとして、術師の補助役の密偵の道を選ぶしかなかった。


 密偵は諜報活動として、情報を握る標的の人物に接触し、時には油断させるために、色仕掛けで篭絡することから、邸宅に侵入して調査するなど盗賊まがいのことまで、任務として命じられ遂行すいこうする。

 昔は術師と組んで、密偵は狙った相手に呪いをかけるために近づき、狙った相手と同じ呪術にかかり、自らの命を犠牲にして、術師の仕掛けた呪術を成就させることすらあった。


 常人よりは「呪力」はあれど、術師にはなれる力がない密偵は、身体能力の強化にその「呪力」=プラーナを活用する修練により、腕を磨いてきた。


 第一チャクラからのクンダリーニと呼ばれる「呪力」=プラーナの奔流のような強い力をソラナは持たなかったのと、体内の循環する「呪力」を第三チャクラに溜めて第四チャクラから放つことで、瞬発的に高い俊敏さや反射速度を身につけることができていた。

 また第二チャクラに「呪力」を溜めてまぐわうことで、相手の第二チャクラを反応させ、強い快感を与えることができた。

 「呪力」を活用した房中術ぼうちゅうじゅつを、密偵は身につけている者たちがいた。

 この結果、ソラナは、吸血による第五チャクラが強引に開かれた時に、踊り子アルバーダのようにヴァンピールになるではなく、ブラウエル伯爵領の貴婦人ジャクリーヌのように、魔族サキュバスとして変化することになった。


「ストラウク伯爵様のように、私にもゴーディエのプラーナを整えることはできるのでしょうか?」

「ソラナよ、同じ方法を続けることはできぬ……無理にゴーディエのアージュニャー・チャクラを刺激し続ければ、さらにクンダリーニの力は激しくなるだろう」

「そうなれば、ゴーディエはどうなるのですか?」


 千倍の座サラスハーラと呼ばれる第七チャクラにまで、クンダリーニが昇り、他のチャクラと連動してクンダリーニを第一チャクラまで循環して還せなければ、昏睡して眠り続けて、心と肉体は離れてしまう。

 

 ストラウク伯爵は、普段の優しげで飄々ひょうひょうとした笑顔ではなく、真顔で、ソラナに第七チャクラ――王冠クラウン・チャクラが登頂部にあることを教えた。


 ソラナの育った術師の里でも、ストラウク伯爵ほど「呪力」=プラーナや「運命の輪」=チャクラについて詳しく語り教えられる者はいなかった。


 陰陽としての永遠なる均衡、雄雌一対の神龍シェンロンが存在することで悠久ゆうきゅうの時の世界であった天界が、神龍たちの降臨により、地上の世界と統合されている。

 プラーナの奔流が、肉体に優しい雨のように降り注ぐように、全てのチャクラによって整えられ循環しなければ、心と肉体の結びつきは分裂していずれは命を失うことになる。

 プラーナのバランスと統合と循環。そのためにチャクラがある。


 夜、ストラウク伯爵とソラナが屋敷の書庫で、世界の秘密について語り合い、ゴーディエの命を救う手立てを探している。

 まるで、ソラナの不安のように燭台の小さな灯火が揺らめくのであった。




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