第344話 

 パルタの都で、エリザが夢幻の隠世かくりよの女神ノクティスの舘に招待される夢をみた。


「だから、ミレイユ様を占うために聖女様は来られたのですか?」

「はい。そうなんです」


 そうしないと、エリザはまた女神ノクティスの舘の三人のメイドにくすぐられてしまう気がする。


 参謀官マルティナや神聖騎士団の戦乙女たちも、女神ノクティスの舘に招かれたことがある。

 辺境地帯の大怪異を祓う儀式に挑んだ戦乙女たちが、参謀官マルティナと細工師ロエルが開発した特殊装備の鎧を身につける修行を眠り続けることで行った。


「三人のマリンたちに、聖女様はあちらで会われたのですね」


 参謀官マルティナは、エリザに女神ノクティスの舘を「あちら」と言った。


「メイドさんたちは、マリンという名前なのですか?」


 エリザは、マリンという名前のゲームキャラクターがいたか思い出そうとした。

 女性のキャラクターでマリンという名前の登場人物はいない。


(アーサー王の伝説の元宮廷魔術師の隠者マーリンがアヴァロン島に残した石板を、セレスティーヌさんが海賊と地下遺跡に探索へ行くイベントはありました。

マーリン……マリン……何か関係あるのでしょうか?)


「聖女様、ミレイユ様は調査に出かけております。夜にはミレイユ様がお戻りになられていますので御用件はお伝えしておきます」


 執政官の官邸から、エリザはシン・リーと戻ってきた。


「ミレイユ様は、お出かけなさっていてお留守のようで、夜にお戻りになるそうです」

「そっか、団長さんは居なかったのか、残念だったね。夜にまた会いに行くんだよな?」

「はい」

「じゃあ、あたいも夜は一緒に行くよ!」


 獣人娘アルテリスが、エリザの頭を撫でながら、そう言った。


 海賊ガモウが無人島と認識している孤島アヴァロンは、アーサー王物語に登場している。

 戦で致命傷を負ったアーサー王が、癒しを求めて渡り最期を迎えたとされる。

 アーサー王と聖剣エクスカリバーの物語に登場する宮廷魔術師マーリンのことを、エリザはシン・リーやアルテリスに語った。


「英雄の証のエクスカリバーという剣があったという話じゃな?」

「この世界に、アーサー王のお墓の遺跡があるみたいなんですけどね。そこに、エクスカリバーはあるんでしょうか?」

「神剣ノクティスがあるということは、そのエクスカリバーとやらは、役目を終えたのかもしれぬ」

「おっ、エリザ、そのアヴァロンって島、おもしろそうだな!」


 アルテリスは聖剣エクスカリバーよりも、林檎の話に興味を持ったようである。

 アヴァロン島の名前は、ケルト語で「abal」=林檎、つまり「林檎の島」という意味らしいですよと、エリザが話したからである。


 この聖戦シャングリ・ラの世界の林檎と、エリザの知っている林檎は同じ果実なのだろうか?


 アルテリスが林檎が食べたいと言い出し「ちょっとモンテサンドさんのおっちゃんにパルタの都にないか聞いてくる」と出かけてしまった。


(紅茶を飲みながら、アップルパイが食べたいです!)


 エリザも、アップルパイの味を思い出していた。ターレン王国の穀倉地帯のリヒター伯爵領、森林地帯のベルツ伯爵領にも、アップルパイは、どこのお店のメニューにも無かった。


(フライドポテトはあるのに、アップルパイがないなんて!)


 アルテリスは昔の王朝成立前の中原で旅をしていた。ヴァルハザードの先祖たちの豪族たちが戦をしていた時代から、大神官リィーレリアの秘術で渡ってきた人物である。

 その時代の中原には、林檎があったという。

 

 チョコレートやアップルパイ。エリザがこの世界で見かけない好きだった食べ物について、シン・リーになつかしんで話した。


 エリザはエルフ族の王国で育ったことを、シン・リーはエルフェン帝国の評議会の会議に誘いに来たゼルキス王国の公爵婦人でエルフ族のセレスティーヌから聞いている。だから、聖女様と神聖教団の信者からは呼ばれていると。


(エルフの王国には、そのチョコレートやアップルパイというものがあるのじゃろう)


 エリザが、異世界の食べ物の話をしているとは思わず、故郷の食べ物をなつかしんでいると思い、慰めたくてひたいや体を、そっとすり寄せた。


 アルテリスがいると「やっぱり猫じゃん」とからかわれるので、エリザと二人っきりの時にシン・リーは、エリザにすりすりすることにしている。


「きっと、ロカカの実も、林檎も大樹海で見つけられるかもしれぬのじゃろう、元気を出すのじゃ」

「はい、シン・リーさんありがとうございます」


 学者モンテサンドは、執政官マジャールの婚姻を申請するための書状を作成していた。

 そこに、林檎のことで頭がいっぱいのアルテリスがやって来た。


 ブラウエル伯爵領で、赤錆び銀貨を使って夢をみていた女性が、バーデルの都で売られていたという林檎のことを思い出していた。


 獣人族の行商人が、バーデルの都に来て、林檎を市場の商人に渡したからである。


 ターレン王国からは遠い中原にあった林檎を、過去の時代から運んできたルヒャンの街の獣人族の行商人たちは、今はどこにいるのだろう?


 エリザは気を取り直し、女神ノクティスのお悩みになっている聖騎士ミレイユの消極的な感じの原因や対策について、どうやって占うかを考えてみるのだった。


 占い師は誰かのお悩みを聞いて占う時、自分にとって、それどんな関わりがある問題なのかを考えることで、世界に対しての自分の心の答えを教えてもらうことができるだろう。

 


 


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