第343話

 ゴーディエ男爵の行方を追っている踊り子アルバータ。

 彼女は王都トルネリカに怪異が起きないように、舞踏によって儀式を行う巫女であった。

 

 宴の夜に、艶やかでしなやかな華麗なる舞踏を、宮殿で王や裕福な貴族の宮廷議会の議員たちの前で、楽士たちの優雅な演奏に合わせて披露するアルバータの褐色の肌と美貌。

 扇情的な衣装であらわになった均整の取れた肢体や、その脚線美は、理想の体型としてその場の異性のみならず同性の宮廷へ出仕している貴族令嬢たちに、羨望の深いため息をつかせるほど。またアルバータの激しく舞いながらの流し目に魅了されて、胸をときめかせたのだった。


 ベルツ伯爵令嬢で、今はリヒター伯爵の御曹司の伴侶となった預言者ヘレーネは、婚姻前にベルツ伯爵の元から旅に出る時、父親に褐色の肌は奇異の目で見られ、伴侶としたい宮廷官僚の貴族の男性は現れないと思いますと、ベルツ伯爵が王都トルネリカの貴族へ嫁がせて、ヘレーネに裕福な暮らしをさせたいと考えていた父親に言って出奔した。

 ヘレーネがもし王都トルネリカを訪れていたら、踊り子アルバータの人気から、ヘレーネを伴侶に迎えたいと申し入れてくる男性だけでなく、恋人になって欲しいと言う貴婦人や貴族令嬢たちからの告白を浴びるように受けることになっただろう。


 エルフェン帝国の帝都で、褐色の肌を持つ乙女ミュールが、今の恋人である新人冒険者の青年バトゥと出会う前に、貴族令嬢の姉妹から目の敵にされて、わざとパーティーに加えておきながら、ひどく冷遇されたことがあった。


 もしもこの三人の美人たちの肌が、とりわけ目立つことのない大多数の白肌であったり、極端にペパーミントグリーンであったとしても、同じような悩みと直面しただろう。


 踊り子アルバータの両親は、褐色の肌ではない。我が子は自分たちと異なる肌色だとわかると、気持ち悪がって、とりわけ夫から不貞を疑われるのではないかと怯えた母親から嫌われ、旅の楽士の者たちに、こっそりと褐色の肌の我が子を売り渡した。

 隔世遺伝の先祖返りということが人間にはあると、アルバータの両親は知らず、縁起が悪いという根拠のない噂にふりまわされた人たちであった。


 アルバータは踊り子になるために、本当に血のにじむような修練の日々を、幼い頃から王都トルネリカの貧民窟で重ねて過ごしてきた。

 楽士たちが集めてきた子供たちのうち、乙女になったときに踊り子として認められるのは、たった一人だけだからである。

 認められなかった踊り子候補の者たちは、それこそ貧民窟でもぐりの娼婦にでもなるしかない。

 褐色の肌であることを、少女の頃のアルバータは悩んだが、まだ仕官する前の青年の頃のゴーディエが、夕暮れ時に彼女の舞踏の練習を通りすがりで見かけて、拍手をして「美しい」とだけ言って、そっと立ち去った日から、アルバータは悩むのを止めた。

 この肌色さえも、あの人みたいな人に愛されるように、もっと実力をつけたいと星に願った。


 この三人の美人たちは、褐色の肌という共通の特徴とは別の目には見えない共通する特徴がある。

 肉体に宿るプラーナの力が、生まれつき強い人たちなのである。


 チャクラを開かせるプラーナの力が強い人間は、プラーナの乏しい者たちからは、輝くほと活力に満ちていたり、心が強い人物に感じる。

 それに憧れや羨望を抱く者と、嫌悪感――それは妬みのような感情が隠れているけれど、理由のわからない感覚を抱く者がいる。


 前世では傾国の美女リィーレリアであった預言者ヘレーネは、旅の途中で、ロカカの実を食したことで、プラーナの強さが増してしまい、魅了された豪族たちに狙われて、とても苦労した。

 

 法務官レギーネや王の三人の寵妃たちよりも、踊り子アルバータはヴァンピールになってしまっても、プラーナは強い。

 そのため、アルバータは同じヴァンピールのレギーネからは嫌われ、三人の寵妃たちから、理由もなく避けられることになった。


 少女の頃のアルバータは、ゴーディエのプラーナが強いことを本能的に感じて淡い恋心を抱いた。


 ロンダール伯爵領の密偵ソラナは、三度目のプラーナの制御を失い発作のように苦しむゴーディエ男爵が、ストラウク伯爵の応急処置を受けて眠り込んでいるのを不安げに見つめていた。


 第一チャクラから逆流して昇るプラーナは、第四チャクラで血液の流れと共に全身を循環して、第一プラーナに還ってゆく。

 しかし、ヴァンピールのゴーディエは、第五チャクラまでプラーナが昇る。

 第一チャクラが他のチャクラよりも強く活性化している時には、爆発的なプラーナの逆流が起きるのである。


 フェルベーク伯爵領から賞金稼ぎのハンターに追われ、ソラナとゴーディエはハンターたちを始末するために戦った。

 第一チャクラからのプラーナの逆流の力を、一度目はソラナを守るために戦闘力を一時的に上げた時と、二度目は深手の傷を癒すために、ゴーディエは利用した。


 螺旋らせんを与えられし者という意味のクンダリーニという第一チャクラからのプラーナの逆流の力は、背骨を螺旋を描くように急上昇する。

 全身の細胞の遺伝子の螺旋に共鳴するプラーナの逆流で覚醒する力は、驚異的な効果を発揮する。

 ただし、代償のように第四チャクラの心臓に強い負担をかけるだけでなく、他のチャクラを急激に開かせてゆくため、前世の記憶を鮮明に思い出して自分が誰なのか忘れかけたり、血を求める渇望なども激しくなる。


 皇子ルルドを太守エンユウに殺害された怒りに、ヴァルハザードは魔石を体内に過剰に取り込みクンダリーニが制御できなくなるのを覚悟して、謀反を起こし都を占拠した反乱軍を壊滅させるため、魔獣化の秘術を行った。


 三度目のクンダリーニの発動。これはゴーディエ自身が意識して行ったものではなかった。


 これは、魔獣化の兆候なのだろうか?




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