第339話

 この邪神ナーガの航海の前に、海賊ガモウに対して、ロレーヌ号は神聖教団の幹部など絶対に乗船させないと告げた。


 飛行帆船ロレーヌ号には、海賊ガモウの伴侶であったロレーヌという女性の船乗りの人物の心が宿っている。


 海賊ガモウは、ロレーヌが余所者よそものの美人と船長ガモウが親しくなるのか、ちょっと気に食わないのだろうと思った。

 愛妻の嫉妬心というものは死んでも変わらないものなのかと、そこまで惚れられていると思うと、ロレーヌが亡くなっていても愛しているガモウと似た者夫婦だなと思う。

 ちょっとまだ浮気をするかもと妻のロレーヌの心に疑われているような気がして呆れ、同時に妻のロレーヌの愛情を感じて、ガモウはうれしいと思っていた。


 しかし、愛妻の嫉妬心であるなら、クォーターマスターとして海賊ガモウがエルヴィス号に乗船することをロレーヌ号は許さないはずだと、人間の観察と育成している邪神ナーガは思う。


 どうして、海賊ガモウがエルヴィス号に乗船して、神聖教団の幹部たちと航海することをロレーヌ号が許したのか?


 エルヴィスはまだ若い船乗りの「坊っちゃん」だと、子供の頃からのつきあいがある海賊ガモウの夫婦からは、まだまだ子供扱いされていて、ロレーヌ号も親心でエルヴィスのことを心配してくれたのだろうと、ナーガに話した。


 令嬢エステルの姿のナーガは、エルヴィスやガモウが想像していない前世からの因果いんがが関係しているかもしれないと、二人で食事をしながら語り始めた。


「女神ラーナの加護で、人は生まれ変わりを繰り返している。それが、神聖教団が布教している内容だよ。エルヴィス提督だけじゃなく、この船に乗っている全員が前世ではちゃんと出会っている人たちだし、ロレーヌ号はその秘密を知っているんだよ」


 エルヴィスは、また不思議なことを言い出した「神聖教団のお嬢さん」の話に耳を傾けている。


「たぶん船員の中で、感応力がそれなりにある人は、前世の記憶をチャクラが開くことで思い出すんじゃないかな?」

「エステル、チャクラとは私が聞いたことがない言葉だ。それは、何だ?」


 人間の体内には、神龍シェンロンの力がちょっぴり残っていて、ずっと受け継がれている。

 雄雌一対の神龍で、その二匹の神龍の両方の神通力はプラーナとして混ざり合っている。


「プラーナを魔獣の王が冥界で、うーん、果実をぎゅっと搾って濃厚な感じに集めたのが霊薬アムリタ。君たちが、大河バールの近くの平原で飼っている羊の乳酒マッコリみたいにさらりとした液で乳白色のにごりがある」

「神聖教団のお嬢は、乳酒マッコリが好きだな。でも、僧侶は禁酒って戒律はないのか?」

「神官は飲酒は自粛するようにって戒律はあるけど、僧侶にはないんだよ。

 僧侶は布教して歩いて、酒好きの相手から一杯どうぞって言われたら、戒律で禁じられておりますなんて言ったら、その相手は禁酒したくないって思って、信者になってくれないじゃんか」


(どうだかな、お嬢が酒好きなだけじゃないのか?)


 エルヴィスはがぶ飲みしすぎるなよ、と苦笑いしながら乳酒マッコリを瓶から酒杯カップに注いでやった。


 エリザが乳酒を口にしたら、ヨーグルト味の爽やかなジュースみたいと思い、口当たり良いので、飲み過ぎてしまうかもしれない。


「お嬢、そのアムリタは、味も乳酒みたいな感じなのか?」

「プラーナとチャクラの話の途中だから、アムリタの味の話は、また今度してあげるよ」


 チャクラムといって金属の輪の外側を研いで刃をつけて、内側に指を入れて回したり、飛ばす武器があるとナーガは言った。

 チャクラというのは回転する輪みたいなところと説明した。

 プラーナが勢い良くチャクラに流れると開いて回るとナーガは言った。


「水車みたいなものかな、クフサールの都に行った時に見たことがあるんだが、お嬢は水車を知ってるか?」

「水車だけじゃなく、風車だって知ってるよ!」

「すごいな、聖女様の宰相エリザも会って話してみたら、とても博識だったが、神聖教団の者は若くてもみんな博識なのか?」

「そうでもない」


 今、エルヴィス号で眠っている人たちは、プラーナが安定してゆったりと一定の感じで体内を巡った状態を保ちながら、すやすやと眠っている。


 そのため、チャクラに負荷がかかりすぎたり、プラーナの流れが閉じたチャクラでき止められたりしないので、ゆったりとした気分で眠っている。


「チャクラが開いてなくても、プラーナはあるから。勝手に体内にあるけどね、流れて循環しているほうがいいんだよ」


 チャクラの話をエルヴィスは、水車がごとごと回るのを思い浮かべて聞いていた。


「そのチャクラが回っていると、前世の記憶を思い出すということか……ところで、お嬢、前世の記憶を思い出すと何か役に立つことがあるのか?」

「あー、シャーアンの都の商人はすぐに、役に立つか、儲かるのかって言うよね!」


 ぐいっと「神聖教団のお嬢」が乳酒を飲み干す。


(ガモウも酒好きだが、お嬢もかなりいける口だな)


「役立つかどうかはわからないけど、何度も会って話してみても、理由はわからないけど、初対面からずっと気が合わない人もいる。その逆でなんとなくどこかで会ったような知っている感じがして、話してみると、すごく気が合う人がいるよね」

「そうだな」

「それはね、前世で親友だったり、恋人だったり何か因果いんががあると、前世のころの気分を思い出しているからなんだよ」

「ふっ、そうなのか。私も一杯、いただくとしよう。

お嬢、私は子供のころに売り物の乳酒をこっそり倉庫から持ち出して、邸宅の自室でがぶ飲みしていたら見つかってしまい、親にもう飲めないと降参するまで、がっつりと飲まされたことがある」


 エルヴィスは、たとえば帝都のトービス男爵に会うと、父親のことを思い出すと話した。

 商人のエルヴィスの父親と、エリザの執事でもあるトービス男爵は若い頃からの親友である。


「初対面の人と会う時、雰囲気や話す時の癖や考え方を、自分と比べてみたり、身近な自分の親しい人と比べてみたりするものだ。

前世の記憶かはわからないが、よくわからないものは、何か似たところはないかと考えて、あてはめてみることで、私たちは知っていると思うことで、安心したいのかもしれない」


 ぐいっと乳酒を飲み「神聖教団のお嬢」に、爽やかな笑みを浮かべて、エルヴィスは言った。




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