第336話

「私たちも眠るんですか?」

「うん、まあね」

「何を考えてるかわからない。嫌な予感しかしないわ!」

「アゼルローゼ、大丈夫だよ、痛いことは何も無いから~」

「うわーっ、アデラ、この人、すごく怪しすぎるんですけど!」


 警戒モード全開のアゼルローゼが、アデラの背後に隠れて、顔だけ覗かせてにらみつけている。

 令嬢エステルの顔立ちのナーガは、アゼルローゼに無邪気そうな笑みを作りニコッと笑いかける。


 七日間だけでなく、ずっと昏睡状態になったりしないのか、アゼルローゼはナーガに質問した。


「船員たちを眠らせるのはおまけみたいなものだよ。君たち二人だって、人間に戻ってからは睡眠するんだから、いつものことじゃないか、な、いいだろ?」

「昏睡して仮死状態になるのが、いつものことだと思えませんが」

「そうですわ!」


 アデラが言いくるめようとしているナーガに反論すると、アゼルローゼがその意見に同意する。


(あー、もう、眠らせる魔法が使えたら、この二人は問答無用もんどうむようで眠らせるんだけどなぁ)


 ナーガはそう思いながら、むくれているアゼルローゼの頬を指先でつついた。


 アデラに爪先立ちになったナーガが、ひそひそと耳打ちした。


「わかりました。アゼルローゼ様と二人で話し合って明日の朝には返答させていただきます」

「うん、よろしく~」


 二人の船室からナーガが出るために背中を向けると、アゼルローゼがべーっと舌を出していた。


 アゼルローゼの説得は、アデラに任せるに限る。

 

 翌日の午後、エルヴィス提督とナーガ以外は、それぞれの船室のハンモックかベッドで、眠りについた。


「では、ごきげんよう」


 エルヴィス提督は、ナーガに挨拶の言葉をかけると操舵室へと入った。


 エルヴィス号の予定としては、三日間潜水して、三日間で海上へ浮上する。


 夕食時にだけ、ナーガとエルヴィス提督は状況確認と打ち合わせに会う約束をしてある。


 ナーガが、エルヴィス提督に食事を作ってもらうという都合も、この待ち合わせの約束にはふくまれている。


(ゼルキス王国で使われたエルフ族の魔法障壁の法術のアレンジだが、水圧に耐えきれるか?)


 魔力のしゃぼん玉のような薄い膜を作り、エルヴィス号を包み込んで、未知の海底へ潜水する。

 

 エルフ族のセレスティーヌが仕掛け、参謀官マルティナが維持していたゼルキス王国の魔法障壁の力は、魔獣の王の冥界から溢れ出た障気を見事にはばんでみせた。


 幽霊船の怪談話がある。

 これはナーガの創り上げた新世界から、女神ラーナの加護する世界に渡る神隠しにあって、一隻の戦艦アーレスヴェリテ号が戦に向かう途中で消息不明となった事故である。

 この事故に巻き込まれたナーガのペットの魔獣クラーケンのクラークも、ラーナの加護する世界の東の外海へ召喚されてしまった。

 これにより戦局は一進一退の状況にもつれ込むことになった。


 アーレスヴェルデ号の船長および乗組員は全員、白骨が衣服をまとっているような姿のモンスターのスケルトンとなり、濃霧の中を漂流し続けている。肉体の骨を残して、異世界渡りの代償として大いなる混沌へ持っていかれてしまい、中途半端に魔族化した。

 アーレスヴェルデ号の装甲や帆布まで全部新品だったのだが、代償でボロボロに錆びたり破けてしまった。


 クラーケンのクラークはまだこの夢幻の隠世にいるのか、ラーナの加護する世界へ渡ったのかは、ナーガにも船員たちの昔話を聞いた限りではいまいちわからない。


 幽霊船アーレスヴェルデ号のスケルトンたちの船長グレゴリオが手にしているのは農耕用のなたを参考にサーベルを改造した刀剣カトラスではなく、火薬を使ったピストルだった。

 それも弾は、遭遇して戦闘で敗れた者たちの人骨から器用に削って作っていたようである。

 火薬の臭いや破裂音など怪談話では魔法を使ったと語り継がれているが、ナーガからすれば、ねじ込みバレル式拳銃のことだとすぐにわかった。

 帆船の名前や、スケルトンの船員や船長の武器の特徴から、幽霊船の正体がナーガの創り上げた新世界から渡った者たちだとすぐにわかる。


 幽霊船アーレスヴェルデ号が無人島に打ち上げられており、エルフ族のセレスティーヌの石板探しをスケルトンのグレゴリオが妨害してきたので、現在は神聖騎士団の九番隊の隊長ルディアナによって、グレゴリオと手下たちは全滅している。元戦艦の幽霊船は、ルディアナに月明かりの下の砂浜で焼かれてしまった。

 その火と煙から海賊ガモウは、エルフ族のセレスティーヌと娘のルディアナが無人島のどこにいるのかを、飛行帆船ロレーヌ号から把握することができたのである。


 帰港しようとしたエルヴィス号の先に無人島があるというのが、ナーガの予想だった。

 あては外れたが、ナーガは自分の創り上げた新世界にはない魔法技術を試す機会だと前向きにとらえて、新たな挑戦を試みている。


 エルヴィス号の人たちや、神聖教団の二人を巻き込んでいなければ、その前向きな考えや行動力は素晴らしいものかもしれない。


 大きな巨大な泡のカプセルに包まれたエルヴィス号は、船体を斜めに向けて、ゆっくりと海中へと潜水していく。




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