第334話

 神聖教団の美少女の僧侶エステル……という人物だと、ナーガは今回のエルヴィス号の航海に出た船員たちや、船長エルヴィスや海賊のクォーターマスター役のガモウ、料理長ベラミィに思わせることに成功した。


 ナーガだと正体がバレて、神聖騎士団の団長ミレイユに討伐されたパターン。

 大神官シン・リーの秘術【浄化の矢】で、宰相エリザから祓われて強制送還されるパターン。

 時の番神アテュトートに、瞬間移動ワープの魔法陣を一人で使用して発見されて強制送還されるパターン。

 神聖教団の幹部のアゼルローゼとアデラが人化しておらずヴァンピールで、二人から捕らえられてしまい、吸血され続けて強制送還を使って逃げ帰るパターン。

 その他、あれこれ何度も繰り返される失敗のパターンを乗り越えてきて、今回の挑戦では、夢幻の隠世かくりよにうまく渡ることができた。


 肉体は、ターレン王国の若きランベール王から令嬢エステルの姿に毎回、変身メタフォルフォーゼする怪異に見舞われる。

 心だけ異世界渡りをしては、失敗パターンを繰り返している。


 愛と豊穣の女神ラーナの化身の転生者の危機を救うべく運命の生まれ変わりを、英雄が繰り返しているのと同じぐらい、異世界渡りをナーガは繰り返していた。


 今回はターレン王国のフェルベーク伯爵領で、絶世の美少年に変身後、元老院の四人の名士を手なずけて統治者となり、独立国として旗揚げして、とりあえず大陸制覇の足掛かりとして、ターレン王国の覇権を狙うつもりだった。 

 その大陸侵略計画は、ナーガが令嬢エステルの姿から、美少年に変身できなかったので、すぐに頓挫とんざしてしまった。


 絶世の美少年ヨハンネスが存在していて、さらにフェルベーク伯爵が目をつけているという状況の歴史ではなかったからだ。


 ナーガの思い通りにはさせないように、妨害する展開を用意する人物たちがいる。

 ナーガは、自分の創り上げた世界では、吟遊詩人のローレンという名前で、見た目はパッとしない凡庸ぼんように見える容姿の旅人の青年として暮らしている。

 この青年の容姿は、パルタの都の執政官マジャールに瓜二つなのである。

 ナーガが令嬢エステルの容姿から、自分の世界で暮らしている青年の容姿に変身して、愛と豊穣の女神ラーナの化身の転生者に会いに行き、強引に悪さをしようとたくらんだとしても、変身できない。

 執政官マジャールという人物は強大な力を与えられる英雄ではない。

 だが、英雄の介添人かいぞえびととして、ナーガによる女神ラーナの力を失墜しっついさせようとする企みを阻止する者なのである。

 執政官マジャール自身は、まったく気づいていないけれど、運命の役割を、ただ存在しているだけではたしているのである。


 邪神ナーガが全世界の唯一無二の絶対神として、好き放題に生きるのを阻止する抑止力よくしりょくがある。


 魔獣の王ナーガと邪神ナーガが分離。これにより、大いなる混沌の始源の海へ全てのエネルギーを還す摂理に従順な魔獣の王ナーガだけでなく、世界を存続して絶対神を目指して、摂理に反逆する心を持つ邪神ナーガが現れた。

 それは、世界で進化した生物の中に夢をみるものが増ていくことで、世界を変容バージョンアップしていく夢の力が影響したからである。


 オス神龍シェンロンが、海の底で沈んで眠り、やがて、魔獣の王ナーガと変容したことで陸地へ上がった。

 のちにハイエルフ族の魔法技術により追放され、冥界の王となった。さらに、長い年月を経て、邪神ナーガと分離するという変容をとげた。

 では、メス神龍シェンロンは、どのような変容をとげているのか?


 神通力を全ての発生した生命に分け与え、ついに心のみを残して深き眠りについた雌の神龍シェンロンは、そのままでは大いなる混沌に還るところであった。


 眠りについている雌の神龍シェンロンだったものは、龍の姿も霧消してしまい、心だけになり夢をみた。

 雄雌一対の神龍シェンロンたちの夢の中で、進化した生命が生物として海の中で進化していくのをみていた。

 全てのエネルギーは、始まりにして終焉の大いなる混沌へとつながっている。


 人間の心が、ついに夢をみるようになり、雌の神龍の心は、乙女の姿の女神ラーナと少女の姿の女神ノクティスに分離した。

 大人になる乙女の心と子供のままでいたい少女の心は、成長する肉体の変化によって別れていく。

 大いなる混沌の前では、乙女か少女か、という区別はない。性別すら区別はない。ただ一つの心と肉体のつながった命と呼ばれるエネルギーである。


 女神ラーナと女神ノクティス。それは一つの心から分離した太陽と月のような女神たちとして、母と娘、姉と妹、それぞれの人格ならぬ神の性格を持つ。

 

 女神ラーナは、命を分け与えた加護する世界に存在する生物に心を宿して、生まれ変わりを繰り返している。

 女神ノクティスは、永遠に少女の姿で夢に現れる。現在は英雄の証としての世界で一振りしか存在しない剣にその心を宿している。


 邪神ナーガの神使である魔獣の王ナーガが存在するように、エネルギーを大いなる混沌に召喚の代償でちょっぴりエネルギーを還すが、夢幻の隠世かくりよで再び再構成して召喚させることで、女神ラーナの加護する世界の瞬間移動ワープを実現している女神ノクティスの神使――闇夜の羽色の梟の姿の時の番神アテュトートが存在している。


 大いなる混沌から想像力によりエネルギーが変換して召喚されていることで世界は存在し、エネルギーの全てが還ることで、完全に忘却され滅び去る。

 このエネルギーの循環こそが摂理せつりであり、善悪の基準を超越している。

 世界の存在とは、すなわちエネルギー循環の過程にすぎない。


 愛と豊穣の女神ラーナは、肉体の死のあとエネルギーが大いなる混沌に還る摂理に反逆して、生まれ変わりによって、世界の中の命をできるだけ循環する節制により世界を維持させようとしている。


 しかし、亡霊ゴーストを、大いなる混沌へ魔獣の王ナーガが摂理に従いエネルギーに変換して還すことで、女神ラーナの加護する世界から、分け与えた命が減少する。

 

 邪神ナーガや時の番神アテュトートが肉体まで再構成して、大いなる混沌から召喚することで、回収されたエネルギーをちまちまと奪い返している。

 

 邪神ナーガは、瞬間移動ワープの魔法陣を一人で使用していて、たまに時の番神アテュトートに見つかってしまい、肉体はエネルギー変換されて、心だけナーガの創り出した世界の旅人ローレンの肉体へ強制送還され続けた。


 その経験から、女神ラーナと女神ノクティスは対照的ではあるが分身のような関係の存在であることや、夢幻の隠世から、わずかなエネルギーの代償で女神ラーナの加護する世界へ往復は可能だと邪神ナーガは理解した。


 邪神ナーガの創り出した新世界から、ナーガは心だけ夢幻の隠世かくりよという二つの世界の狭間はざまである世界を経由することで、大いなる混沌へのエネルギー代償なしで、ランベールの虚脱して衰弱した肉体限定、令嬢エステルの容姿に変化する指定つきでありながらも、異世界渡りができている。


(夢幻の隠世に、生きた人間が渡れないわけじゃない。それに、戻るための代償のエネルギーをこのエルヴィス号は日光浴と風を受けることで夢幻の隠世から補充できる。旅人ローレンの神通力の宿った肉体のまま、女神ラーナの加護する世界へ渡る方法が見つけられるかもしれない)


 甲板に出て、美しい海をながめている令嬢エステルの姿のナーガが、潮風に目を細めながら、女神ラーナの加護する世界から夢幻の隠世へ渡る神隠しの怪異について考えている。


 ユニコーンと遭遇してドワーフ族の最後の少女ロエルが生還できたのは、この夢幻の隠世で、時の番神アテュトート以外に、大いなる混沌に自らの命を代償として捧げ、ロエルを召喚して完璧に再構成することで、女神ラーナの加護する世界に戻したユニコーンのおかげだろうと、邪神ナーガは考えながら、エルヴィス号が推進力を充填じゅうてん完了するのを待っている。


 召喚と再構成をナーガは、自分の創り出した世界で、大いなる混沌に取り込まれていく亡霊ゴーストの情報でかなり試した。

 聖騎士ミレイユと魔剣ノクティスで成敗された辺境地帯の祟られた遠征軍の先発隊や村人たちを、邪神ナーガは召喚、祟られる前の情報を元に再構成して、新世界で暮らさせていた。

 祟られた村に、今は帝都の教会で保護されているサランがいた。サランは村人の大人たちや遠征軍先発隊の青年たちのように祟られていなかったが巻き込まれ逝去。

 巻き込まれる直前の、村はずれで花を摘んでいたサランの情報から邪神ナーガが召喚、再構成した少女である。


(うーん、光と風のエネルギーでは、まだ全員分を召喚しても再構成するエネルギーには足りないかも……さて、どうしたものか)


 夢幻の隠世から、神隠しになって遭難中のエルヴィス号に乗船している全員を無事に生還させることは、邪神ナーガの挑戦なのであった。


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