第322話

 エリザは神聖教団の神官であるマルティナに、怪談話で世間の人間関係の薄情さや、噂話をすることで身近な怪異である亡霊が怨霊化し祟ることもあるので、気軽に他人の噂話をしてはいけませんとお説教されてしまった。


 ここはゲームの世界だと思っているけれど、今回の旅でゲームをしている時や王宮で政務している時よりも、直接、多くの人たちと接して親切さに助けられてきたことや、占いをしなから恋愛というものをじっくり考えることになったことで、エリザはマルティナの怪談話がとても怖く思えた。

 「亡霊ゴーストされる」というスラングがあることも、世間知らずの箱入り娘のエリザには、世の中には薄情さもあると教えられて、とても怖い話だった。


 エリザと会う前から、学者のモンテサンドと貴公子リーフェンシュタールが現在のターレン王国の内情や、神聖教団の信者たちや関係者からは聖女様と慕われている宰相エリザが、女神ラーナの化身である僧侶リーナに、困っている人がたくさんいることを直接会って、毎月、生活に必要な金貨分を支給する提案もするために会いに行くつもりなのだということは説明済みだった。


 聖騎士ミレイユからすると、エリザとは親戚の子のような関係にあたり、おたがいに噂は聞いていたり、二人ともエルフの王国育ちなこともあり、まったく関係ない他人のように感じる間柄ではないのである。


 それにしても、エリザからは本当にエルフの王国育ちなのかと思うほど、術者の魔力を感じない。

 同行している獣人娘アルテリスと、以前にサンドワーム討伐の件の時に会ったことのある大神官シン・リーからは底知れぬ強さを感じる。


「……なるほど、シン・リー様、瞬間移動ワープの魔法陣ではなく、中原を北上していたら、なぜかこのあたりに来ていたということですね」


 エリザたちに、聖騎士ミレイユとマルティナは王都トルネリカの旧モルガン男爵邸から勝手に拝借してきた地図をテーブルに広げてX印で示されているあたりを指さした。

 X印は、ロンダール伯爵領の境あたりのドレチの村である。


「途中でひどく霧がかかってさ。そこを抜けたら、夕方にロンダール伯爵のところの職人さんたちの村のそばに来ちゃってたんだよ」


 幌馬車の馭者をしていたアルテリスが説明して、エリザがうなずいた。


「マルティナ、エルネスティーヌ様の梟が大樹海までの案内を間違えるとは思えぬ。これも大怪異の影響だと思うか?」

「なんとも言えませんね。このパルタの都も古都ハユウと同じ厄除けが中心の井戸を使って施されていて、ターレン王国には過去の時代の仕掛けが使われていることがわかります。ミレイユ様、次はこのドレチという村を調査してみますか?」


(ええっ、ゼルキス王国に神聖騎士団は、これから帰還するのではないのですか?)


 エリザは二人の会話を聞いて、どうも雲行きが怪しいことにようやく気がついた。


 シン・リーもテーブルの端に飛び乗り、地図を座ったままのぞき込んでいる。


「シン・リー様も、エリザ様とご一緒に旅をなさっておられたのですよね。何か怪異が起きていた土地はありませんでしたか?」

「マルティナよ、このあたりで井戸の水涸れが起きておる。大怪異の影響であろう」

「シン・リー様、このパルタの都には井戸の水涸れは起きていませんね。同じ水源ではないのでしょうか?」

「地震のあと、地の底の水の流れが変わることはありえる。しかしこのレルンブラエの街やこの先のリヒター伯爵領の耕作地、このパルタの都にも水涸れは起きておらぬ。王都トルネリカではどうであった?」

「井戸は使われてました。なぜ、これほどの広範囲に水を供給できる勢いがあるのに、まるで塞き止められたように、ここだけ水涸れが起きているなんて……」

「マルティナ、塞き止められているのであれば、わらわが井戸に呼び水を注いでおいたから、しばらくして確認したら、井戸には水が湧き出しておるはずなのだが、そうならなかったのじゃ」


 塞き止められているというよりも、むしろどこかに持ち去られている感じがすると、シン・リーは聖騎士ミレイユとマルティナに言った。


「しかし、シン・リー様、これは調べようがありません。地の中に心だけ潜り続けるか、何年も深き穴を掘り続けるか……それよりも他に水が湧く井戸のある地域に避難させるほうが早いのではないでしょうか?」

「ミレイユよ、生きづらい地から離れることはたやすいようで、生まれ故郷というのは捨てにくいものじゃ。そこで、エリザが思いついたことがある。すまぬが、これを神聖教団とマキシミリアンに相談してみてはくれぬか?」


 瞬間移動ワープの魔法陣を使い水を運び入れる、というアイデアをエリザは聖騎士ミレイユと参謀官マルティナに語った。


 聖騎士ミレイユと参謀官マルティナは、そのエリザの発想よりも驚いたことがある。

 シン・リーが自分たちに頼みごとを、頭を下げてしてきた。

 大砂漠のサンドワームの一件でさえ、頭を下げたりしなかった頑固なシン・リーなのである。


「頭をお上げ下さい、シン・リー様。エリザ、どのような考えなのか私たちに聞かせてくれぬか?」


 聖騎士ミレイユはシン・リーに優しく声をかけ、エリザがアイデアをちょっと緊張しながら小声で話すのをマルティナはじっとエリザとシン・リーを見つめながら耳を傾けていた。


(モンテサンド殿はターレン王国には神聖教団が布教されていないとおっしゃっていたが、これは良いきっかけとなるのでは?)


 マルティナは、神聖教団の幹部の二人、アゼルローゼとアデラをどうやって水涸れの解決に協力させるために説得しようか考え始めた。神聖教団の利益につながることは説得しやすいが、水涸れした井戸の村が支払える報酬は、瞬間移動ワープの魔法陣をつなげる費用には絶対に足りないだろうと心配になった。

 王都トルネリカの井戸の水涸れならば、ターレン王国の宮廷議会で協議されて、神聖教団に費用を捻出ねんしゅつするかもしれないけれど、地方の村の地域のためにターレン王国の宮廷議会が予算を動かす気がしない。

 まだ、王都トルネリカで、地震のあとの倒壊した建物の瓦礫がれきが残っているようなひどい状況なのを、マルティナは見かけていた。


 神聖教団では、教祖ヴァルハザードの転生者のランベール王が、令嬢エステルの姿となり、アゼルローゼとアデラを従えて活動している事実を、参謀官マルティナは知らない。

 邪神ナーガは、大河バールの水を分けて地下水脈として利用することをすでに思いついている。


 聖騎士ミレイユは、両親のマキシミリアン公爵夫妻が、ストラウク伯爵領へ訪れ、王の右腕と呼ばれる側近のゴーディエ男爵と交流を深めている状況にあるのを知らない。


 神聖騎士団がパルタの都の次に行く目的地へ向かうには、執政官マジャールから宮廷議会に申請書を提出する手続きと、法務官レギーネの承認が必要である。


 

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