第321話

 亡霊ゴーストが生きている者に憑依したとしても、生者の方が感応力が鈍くて気づかないことがある。


 ランベールの肉体のように主導権を憑依した亡霊に握られるような事例よりも、憑依していることすら気づかれないまま、適合の具合が良すぎて亡霊が逆に囚われてしまっていることがある。

 生きている者の感情に浄化されてしまったり、統合されてしまうこともある。


 亡霊は、障気の吸収を必要とする。障気に含まれている魔素マナが必要である。

 ダンジョンで亡霊の噂が多かったのは、魔獣もどきの犠牲となった冒険者の無念さが……という情緒がある事情ではない。

 ダンジョンに障気と一緒に吸い寄せられてしまい、閉じ込められてしまっていることがある。

 来訪者にすがりついてでも、外へ出たがっていることがある。


 まだ魔獣もどきの犠牲者の遺体が消失している時は、そのおこぼれの魔素マナを回収できることもあった。

 

 逆にドロップアイテム出現時にそばにいる亡霊は、破壊されてダンジョンに取り込まれてしまう事故もあった。

 アイテムが生成されてくる時の力で、まるで爆発に巻き込まれたように亡霊が散らされてしまう。


 ダンジョン内での単独行動は危険なのは、冒険者ばかりではなく亡霊も同じである。


 また土地に浄化するまて埋まってしまい、眠り込んでいるうちに魔素が地になじんで鎮められてしまうことがある。


 亡霊となって、生前の記憶や心を維持したまま漂泊していることは摂理に反しており、感応力の鈍い生者には気づかれずに吸収されたりしている。


 亡霊は魔獣もどきのような生命を持たない。

 ゲーム風にいえば、ステータスのHPの数値は0かマイナスとなっている。

 魔力を示すMPが精神力マインドパワーという意味でもあるというのは、少し生きている人たちには分かりにくい。

 亡霊ゴーストになってしまうと、このMPや【所持金】の数値が存在の維持のためにとても大切な情報だと実感するだろう。


 魔素マナが尽きれば、破壊された部分が補修できない。

 では、なぜ【所持金】が0かマイナスとなると亡霊は困ってしまうのか?


 社会的な存在意義や信頼度を示す【所持金】が大きくマイナス域になっていると、他人から信頼されずに嫌われているどころではなく、忘れ去られていることになっている。


 完全に忘れられた亡霊と、恋にやぶれて忘れられた人は意識されなくなるという意味で似ている。

 きれいさっぱり、あんた誰だっけと言われるぐらい興味を持たれずに忘れさられたら、亡霊ならばいくらMPがあっても、存在消失の危機なのである。


 働く亡霊――呪術師シャンリーの呪詛で衰弱した冒険者レナードの介護を、こっそり手伝っていたフェアリーたちがいた。


 亡霊が単独で人と関わりを持たずに漂泊していることに耐えきれずに、水滴が蒸発してしまうように一定期間で吸収されてしまったり、消失してエネルギーに変換されてしまうことがほとんどなのである。


 ちなみに、エリザはお嬢様育ちの箱入り娘なので知らない大陸全域で使われているスラングとして「亡霊ゴーストされた」という言い回しがある。

 突然、連絡を絶つことで、人間関係を一方的に終わらせる行為を指すスラングである。


 生前は黒薔薇の貴婦人、魅惑の未亡人マダム・シャンリーと噂されていた呪術師シャンリーの亡霊は、漂泊中。

 令嬢エステルのように憑依に適合する心と肉体の相性抜群の生者を探しあぐねて、かなり困ってしまっている。

 

 シャンリーは、今まで恋のお相手、それも相手からの好きですアピールが熱烈な人たちしか相手にしてこなかった。

 誰かを本気で愛したことがないまま、逝去してしまった。


 幻術師ゲールに、金貨一枚で王都から依頼に来た少女の亡霊ポーレットとお友達のネズミのミッシェルのように、船乗りたちの相棒の関係に似た信頼関係を持つこともある。

 しかし、呪術師シャンリーは、そうした関係を生前から育むこともなかった。


 漂泊する亡霊が、他の力の強い亡霊に取り込まれてしまうこともある。

 怨霊と呼ばれている亡霊の集団は、力の強い亡霊に支配されてしまっている。

 個人の意識というものは薄らいで、強い感情の共感で結びついた集合体であって、生者の気分や感情にも共感させ引き込もうとしてくるが、これはどこまで大きな集合体となりたいというような目標などもなく、祟ることを繰り返し続けるばかりである。

 魔獣の王ナーガの淫獄で亡霊を苛む魔獣と成り果てるのは、この亡霊の怨霊化と似ている。


 亡霊のシャンリーは憑依によって肉体を奪い、かりそめの生者になりすまして活動したいと望んでいるので、共感する生者の命を奪い続けるばかりの怨霊という集合体に取り込まれないように逃げていた。


 踊り子アルバータの華麗な祈祷の舞踏が行われなくなった王都トルネリカでは、亡霊の出現と怨霊化が進行しつつある。


 エリザは呪いや祟りといったホラー映画のような話題が苦手である。それを知っている参謀官マルティナがじっくりと語って聞かせると、エリザが涙目になって怖がっていた。


 シン・リーや獣人娘アルテリスや、聖騎士ミレイユはけろりとして、マルティナのエリザを怖がらせるために用意した脚色の聞いた怪談話をおもしろがっていた。


 生きているのも大変なのだが、うっかり亡霊になってしまったあとも、なかなか厳しい世の中なのである。




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