第312話

 神聖教団の占星術の星宿から解脱した幻術師ゲール。

 女神ラーナの世界で生きる者には、必ず生まれつき宿命の星がある。その宿命の星が、天空から消えた時が女神ラーナの世界から命が消えた時と占星術では判断するのである。


 宿命の星は夜空の星にたとえられているが、実際の夜空の星ではない。

 平原地帯で暮らしていて、夜空を見上げ、見渡す限りの満天の星のきらめきに包まれているような感じを感じたことがある人たちなら、自分の命とつながっている星の煌めきがあると言われたら、そうかもしれないと信じ、自分の星はどれだろうと頭上の夜空に目をこらすだろう。


 星占術師たちは、目隠しを常に身につけて生活している。

 夜の闇の漆黒に染められた帯布を、閉じたまぶたの上から巻きつけていて、眠っている間でも外すことがない。

 周囲の音、匂い、気配などを敏感に察して、話している人との方向や距離を正確に察知する。

 占星術を行う時だけはこの目隠しを外す。


 占星術師の目隠しが外されている時に、その瞳を見つめてはいけない。

 占星術師になる前の瞳の色が何色だったとしても、占星術師となった時から瞳は金色となり、夜行性の爬虫類の瞳孔のような垂直方向に長いスリット状になってしまう。

 占星術師にとって太陽の光はまぶしすぎて、視力を失う危険がある。しかし、占星術を行う時には目隠しを外し、満々と水をたたえた占術用の特別製の水瓶に落ちた満月の光を覗きこむ。

 意識を集中して、心が空っぽになるのを思い浮かべ、ぼーっとなるのを待つ。

 修行を重ねていない者が、この占星術師の金色の瞳を見つめてしまうと、しばらく我を忘れて呆けてしまう。

 水に浮かべた月の光を、星占術師が見つめていられる時間は限られている。その限界を越えて見つめ続ければ視力を失う。

 占う標的の相手の宿命の星が心に浮かび、星が強く輝いていると感じるほど、その占う相手の寿命が尽きかけている。

 占星術師が視力を失う覚悟で、呆けている者の瞳を星占術の儀式と同じように見つめ続ければ、見つめられた相手は息をすることも忘れて窒息して絶命する。


 占星術師は愛する人と見つめ合うことを代償にして、標的の相手が生きているか、その方角や距離だけでなく、たとえば体調や体力が良好か不調かを言い当てることができる。


 見つめることはできなくでも、声や息づかいはよく聴こえる。

 匂いやたとえば汗ばんだ肌を舐めれば味がわかる。

 抱擁すれば、ふれた肌の体温を感じる。

 どんな時でも占星術の儀式以外では、目隠しだけは外せない。

「それだけのことよ」と星占術師たちは、微笑を浮かべて囁く。


 ゲールの心臓は、ほとんど鼓動していない。脈拍もないと誤解するほどで、かなり脈拍の間隔が空いている。

 どのように血を体内に巡らせて生きているのかよくわからない。

 吸血するヴァンピールにとってこれほど不味そうな者はいない。


 魔導書の蛇神祭祀書の秘術は、生きている者は宿命の星を持つという摂理から解脱することを可能にした。


 人間の宿命の星が命が尽きる前に強く輝くだけでなく、もう一つだけ強く輝いていると察知される一瞬がある。

 それは愛する人と交わり、心が溶け合ってしまったように恍惚となる絶頂の一瞬である。


 幻術師ゲールは神聖教団から逃亡し身を隠すための代償として、恍惚となる絶頂を手放した。

 精を放つ瞬間でさえ、心臓が痛み、快感に溺れることを魔族グールとなった肉体は許さない。


 心と肉体が完全に一致してはいないが、訓練や修行で近づくことはできる。瞑想や、体を鍛えて運動能力を上げるというのはその方法である。

 ゲールはその真逆、心と肉体の均衡の関係で一致に近づかないようにすることで、このラーナの世界の摂理の一つである宿命の星の法則から逃れている。


 亡霊になる状態は肉体を喪失するか、極めて強い心の念じる力で心を肉体から離脱することで、短時間なら生き霊として生きた亡霊となることは可能となっている。

 生き霊となって心が離れている肉体の状態は、熟睡しているか、我を忘れて何も考えられずに呆けている。

 本人が望まず、知らないうちに心と肉体が離脱しているということのほうが多い。


 ゲールは心が肉体から解脱している呆けている状態と、心が肉体の快感に飲み込まれて我を忘れている一瞬の状態が奇妙に一致していることに気づいた。

 呪術師シャンリーもそこに気づいて、令嬢エステルとの肉体交換という秘術に成功している。


 ゲールの相棒である冒険者エレンは、幻術師ゲールとは異なるグーラーとなっている。

 愛情と一緒に、奇妙な感情がふいに昴揚こうようすることがある。自分の中に愛する人を取り込み一つになりたいという渇望が爆発するように絶頂と同時に起きてしまう。


 ゲールは何回かエレンから、蛇が咬みつくように、がぶりとやられたことがある。

 やられそうだと思ったら、喉元を腕でかばうことにしている。


「きっとエレンは、僕を補食するつもりなんだ」

「……食べたりしません!」


 これは魔獣の王ナーガと邪神ナーガと分かれる前に、人間の心の深層に受け継がれた、隠された本能のようなものかもしれない。


 この世界には知られざる摂理や誰にでも心に隠された渇望があることを、ゲールは知っている。


 


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