第308話
運命の輪。
学者モンテサンドの恋人の女店主イザベラを占ったエリザが、テーブルの上の木札を指し示して、気分は預言者ヘレーネになりきって口調も真似をしながら、カードの説明を始めた。
獣人娘アルテリス以外にもう一人、学者モンテサンドの死の覚悟の気配を感じて、不安を抱いた人物がいた。
女店主イザベラである。
運命の輪には、歴史は繰り返すという意味があることを、正位置のカードに視線を落としながら、エリザは語った。
女店主イザベラからは、エリザが伏し目で、どこか物憂げな表情に見える。ほんのりと艶かしさも潜んでいるような雰囲気もある。
女店主イザベラは、これはさすがに執政官マジャールがそわそわ落ち着かなくなったのもしかたないと納得してしまう。
夜に酒場の片隅のテーブル席でエリザが占いをするのを断ってきたのは、エリザの声はざわついている店内では聞き取りにくいからね、とアルテリスが言っていたのも、イザベラには納得できた。
エリザの声は囁くようでいて、小鳥の
糸よりも細く降る雨音や、水面に水が一滴落ちる音のような繊細な音を思い浮かべたくなる。
占いの木札のカードには大空と大地のように位置あって、正位置と逆さの逆位置がある。
逆位置のカードだと真逆の意味になるものと、正位置よりも少し深刻になるものもあるらしい。
イザベラに対して、モンテサンドの態度が急に冷たくなったわけでも、避けられているわけでもない。嫌われてしまった態度なわけではない。
むしろ少しだけ優しげな雰囲気が以前より増した感じがする。
モンテサンドは考え事をしていると、急に黙り込んで自分の頭の中の考えに夢中で、そばにイザベラがいるのを忘れてしまったのではないかしらと思う時すらある。
その感じが最近しなくなって、甘えるようにそっとイザベラに抱きついてくることすらあった。
モンテサンドが死を覚悟して、イザベラの温もりを忘れないように愛しさがこみ上げてきて、抱きついているとは、イザベラは想像しきれない。
乱暴さや荒々しさは微塵もない抱擁にイザベラは嫌な感じはしないけれど、あまりふれあうことに慣れていないと、モンテサンド自身がイザベラに恥ずかしそうに言ったことがあるように、モンテサンドから甘えてくることは、今までなかった。
何かがちがう。でも、よくわからない。
イザベラはモンテサンドの雰囲気や態度の小さな変化に、何か言えないような悪さをして隠し事をしているとか、他の女性のことを頭の中で思い浮かべているのではないかといった嫉妬のような想像はしなかった。
そこで、酒場の厨房に手伝いに来てくれているアルテリスから、どこでもエリザの占いはよく当たるという評判だったと聞いたのでイザベラはアルテリスに頼んで、昼間に領事館にいるエリザを訪問して占ってもらっている。
輪廻転生という人は生まれ変わってくるという神聖教団で教えられている愛と豊穣の女神ラーナ信仰の考え方も、この運命の輪という大アルカナのカードの意味にはありますと、エリザは心がちょっと不安でざわついているイザベラに語った。
エリザの知らないこの聖戦シャングリ・ラの世界の秘密はかなりある。
学者モンテサンドには、弟子のリーフェンシュタールのような前世の記憶はない。
まだターレン王国が三代目の国王の過去の時代に、パルタの都を建造して、広大な穀物や野菜の生産地を開拓するために、王の命令で騎士たちが遠征して、この騎士たちの直系の子孫たちが現在の伯爵たちである。
アウルレヒトという人物は、ベルツ伯爵の先祖であるベーレンドルフ伯爵に仕えていた。
それぞれストラウク伯爵領以外では、その土地にもともと暮らしていた原住民との戦いが起きた。
原住民でも、移住してきた騎士の考えていた土地の開拓に賛同して仕えた人たちかいた。
身内の村人たちから裏切り者と罵られようと、豊かな食糧を確保できるようになる移住者の騎士たちの考えに感動して、開拓に協力たアウルレヒトのような人物は各地にいた。
平定後に騎士ベーレンドルフは伯爵になり、アウルレヒトは男爵の地位が与えられた。
このアウルレヒトという人物が学者モンテサンドの前世の人物である。じゃがいもを発見して栽培を始めた人物である。
もともと暮らしていた原住民たちと、移住してきた騎士と原住民だけれど、新しい考えに賛同した人物たちが戦い、結果として原住民たちでも降伏したものは許して平民階級とした。抵抗する者は追撃して、現在のバーデルの都のある土地に追い詰めて全滅させることで各地の土地を騎士たちは奪ったともいえる。
ストラウク伯爵領だけは、遠方から来た客人として村人たちに歓迎されて、いろいろな知識で村人たちを助けたストラウク伯爵の先祖の騎士は、尊敬されて大村長にされてしまったので、戦って土地を奪わなかった歴史がある。
アウルレヒト男爵と一緒にじゃがいもの栽培をして仲良く暮らしていたベーレンドルフ伯爵の三女の女性の生まれ変わりが、エリザの目の前にいる女店主イザベラなのである。
エリザは占いから、そこまで想像することはできない。
ただ運命の輪のカードから、輪廻転生の信仰が神聖教団にはあるのを思い出して、イザベラに語っただけである。
「イザベラさん?」
「えっ……エリザちゃん、何かちょっとぼーっとしちゃってたみたい。やだわ、アタシ、ちょっと疲れてるのかしらね~」
魔剣ノクティスが、パルタの都の住人たちをこっそり加護している。これは聖騎士ミレイユも気づいていないこと。
エリザの隣で占いの結果を聞き耳を立てながら、ソファーで身を丸めている黒猫の姿のシン・リーは、女店主イザベラに、前世の記憶が呼び覚まされかけたのを察している。
(女神ノクティス様の力は、やはりすごいものじゃ。剣に姿を変えられても、この影響力とは……ふふっ、エリザも、ふと何かを思い出したりするかもしれぬ)
エリザは、女店主イザベラに、運命の輪のカードが正位置なので「これは物事が思いがけず好転するよい
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