第307話

 宮廷議会の貴族官僚たちが、議会の決議の採決を行う前に、ゼルキス王国への合併案を持ち込んでいた。

 

 ターレン王国の初代国王ファウストは、ゼルキス王国出身の人物なので、ゼルキス王国に帰順するという流れで話を進めたいという提案である。


 ゼルキス王国に提案を持ちかけてきた宮廷議会の官僚たちの意図は、他の議員よりも先手を打ってゼルキス王国へ政権の返上を約束し、合併した後の新政府でも、自分たちだけは、官僚としての立場を保証してもらおうとしたものだった。


 この陰謀を、エルフェン帝国の宰相エリザはロンダール伯爵、ジャクリーヌ婦人、リヒター伯爵、ブラウエル伯爵、執政官マジャール、学者モンテサンドらに暴露している。

 ベルツ伯爵は後日、リヒター伯爵からの密書で、この陰謀を知らされている。


 最も早くエリザからこの陰謀についての情報を得たテスティーノ伯爵は、ゼルキス王国へ訪れ、レアンドロ王と合併案について協議している。


 この陰謀を逆手に取りロンダール伯爵は、ランベール王の退位を要求する連判状を作成し、エリザの暴露した合併案の陰謀を知る各地の統治者たちへ同盟を求めた。


 震災によるランベール王の消息不明の不穏な噂が流れ、宮廷議会と王の間で政務を行う二人の側近ゴーディエ男爵と法務官レギーネのうち、王の右腕と呼ばれているゴーディエ男爵が、宮廷議会に出仕していない状況の中で、パルタ事変で暗殺された宮廷議会の重鎮モルガン男爵に従ってきた宮廷官僚たちによる陰謀が実行された。


 モルガン男爵が存命中は権勢を握っていた貴族官僚たちは、ランベール王がモルガン男爵の死去のあと、ゴーディエ男爵と法務官レギーネを宮廷議会との間に置いたことで、モルガン男爵が存命中だった頃の権勢をランベール王の独裁により失うのではないかと警戒していた。


 ランベール王の消息不明の噂の真偽は定かな確証はない状況だったが、モルガン男爵派閥の宮廷官僚たちの議員らは、法務官レギーネに納税させた食糧の横領とゼルキス王国への密輸による資産形成が発覚する前に、何かしら手を打つ必要があった。


 モルガン男爵派閥の宮廷官僚たちは、偽治療師ヤザンの施術を受けて命を落としたり、施術の生贄とした子供の亡霊に祟られたりして、陰謀の途中で宮廷議会の議席の数を減らすことになった。


 この宮廷議会の状況は、かつて王都トルネリカの華と呼ばれた美貌の策謀家の貴婦人ジャクリーヌとは縁者であるルーク男爵や地方伯爵領の派閥貴族たちにとって有利な状況となっている。


 こうした状況の中で、リヒター伯爵の一人息子の貴公子リーフェンシュタールは、テスティーノ伯爵とストラウク伯爵の連判状への署名をもらうために、まずロンダール伯爵へ途中経過を報告し、その後、テスティーノ伯爵領へ向かう計画を、知略の師である学者モンテサンドとパルタの都に滞在して話し合っていた。


 失踪前、即位後すぐにランベール王がバーデルの都へ直接赴き、バルテット伯爵や子息オーギャストを反逆罪の容疑で捕縛し、結果として地方伯爵領の中央の位置にあるバーデルの都を王の直轄領として奪った。

 女伯爵シャンリーのおよそ三年間の統治のあとは、フェルベーク伯爵の推挙により任命された、執政官ギレスという人物が、バーデルの都の統治者となっている。


 呪術師シャンリーは、養女とした令嬢エステルの肉体と自らの肉体を交換する秘術で、令嬢エステルを犠牲にして、側近の親衛隊の隊長ギレスの裏切りによる捕縛と処刑を逃れ、ギレスと共謀を図ったフェルベーク伯爵を暗殺した。

 その後、ターレン王国の祟りを鎮める浄化の地の守り手であるストラウク伯爵を襲撃したが、冒険者レナードに撃退され、深手の傷を負い、呪術師シャンリーは失踪している。


 フェルベーク伯爵が殺害されていることは、伯爵領を統治する元老院の四人の貴族たちによって隠蔽いんぺいされていたが、この情報もエリザが暴露した。


 学者モンテサンドは、リーフェンシュタールに、ここは妥協せずテスティーノ伯爵とストラウク伯爵を説得して、ランベール王の廃位の同盟に加わってもらうようにするべきだと提案した。


 フェルベーク伯爵は暗殺され、死去している。

 残り三人の統治者たちのうち、リーフェンシュタールがテスティーノ伯爵とストラウク伯爵の説得に向かうので、残りはバーデルの都の執政官、元女伯爵シャンリーの親衛隊を、現在もなお憲兵隊を指揮するギレスだけが残った。


 学者モンテサンドは、恩人のリヒター伯爵と弟子のリーフェンシュタールのために命がけの計略を考えていた。


 執政官ギレスに、学者モンテサンドが直接会って、ランベール王廃の案を思いついた論客として説得に行く。

 フェルベーク伯爵が暗殺されている情報を餌に拝謁を申し入れたら、必ずギレスはモンテサンドと会うだろう。


 バーデルの都は王の直轄領であり、ギレスの立場としては王の廃位を上申する計画を説得しに来た者は反逆者として捕らえ、他の仲間がいないか拷問して自供させようとする。さらに、他にフェルベーク伯爵の死を知る者がいないか聞き出そうとするだろう。


 温厚なリヒター伯爵やリーフェンシュタールは戦を避け、執政官ギレスに、ランベール王の廃位の計画に加わるよう交渉しようと試みるかもしれない。

 モンテサンドがそれを先に試みて殺害されていれば、フェルベーク伯爵やベルツ伯爵、それにテスティーノ伯爵婦人のアルテリスと協力して挙兵して、バーデルの都を陥落させることが、リヒター伯爵とリーフェンシュタールならできる。

 ベルツ伯爵領を経由したリヒター伯爵領からバーデルの都までの最短の行軍ルートを、モンテサンドは書き記しておいた。

 それは、若い頃に土にまみれながら働き、自分で歩いて旅をしながら、じっくりと考え抜いた行軍ルートである。


 フェルベーク伯爵領の元老院の貴族たちは、リヒター伯爵領かパルタの都の食糧生産に頼っている事情から、ギレスの援軍要請には王都トルネリカからの王命が下るまで挙兵しないと予想できる。


 王都トルネリカにバーデルの都が包囲されているか、攻め込まれているのを直接、知らせようとすれば偽情報だと疑われるので、パルタの都の執政官マジャールに、王都トルネリカに知らせるようにフェルベーク伯爵領の使者が頼みに来るだろう。

 そこで足止めができれば、バーデルの都を陥落させるまでの時間かせぎができる。

 また騎士ガルドと女騎士ソフィアがバーデルの都に帰還していれば、王都トルネリカの宮廷議会へ知らせに行くように見せかけて、王宮を攻め落とすこともできる。


(ゼルキス王国と合併するのか、協力してターレン王国を存続させるかを見届けられないのは残念だが、これも私の運命だろう)


 死を覚悟したモンテサンドの表情は悲しみにとらわれて、ひどく落ち込んでいたわけではない。

 どこか清々しいぐらい、明るい表情を浮かべている。

 

(死を覚悟すると、これほどまでに見るもの、聴こえるもの、全てが美しく感じるものだとは!)


 獣人娘アルテリスは、学者モンテサンドがリーフェンシュタールとテスティーノ伯爵領への旅に同行してもらいたいと頼みに領事館まで来た時、ざわざわと胸をざわつかせるような気分になった。


 エリザとの旅に同行するのも、リーフェンシュタールを連れてテスティーノ伯爵領へ帰るのも、どちらも何かちがうとアルテリスは直感的に感じていた。


 アルテリスが渡って来た遠い過去の時代には、平原に豪族たちが戦に明け暮れていた。

 戦場で命がけの戦いに挑む兵士たちは、心から恐怖も消えて透明に澄んだ波一つない水面のような張りつめた緊張感を抱いていた。

 そんな兵士たちとの戦いを生き抜いてきた戦人いくさびとであるアルテリスは、感応力で学者モンテサンドの隠している命がけの覚悟を感じている。


「……もうしばらく、返事は考えさせてもらってもいいかな?」


 アルテリスは、学者モンテサンドと貴公子リーフェンシュタールが帰ったあと、応接間のソファーに背中をあずけ、目を閉じたまま深いため息をついた。


 絶対に生き抜いてやると心に刻みこんだ者だけが、どれだけ過酷な状況にあっても、活路を見いだすことができる。

 死を覚悟するだけでは、恐怖を抑え込むことができても、生き抜く覚悟を心に刻み込んだ者よりももろい。

 もしも、心がくじけてしまうと、何も考えられなくなる。


(まったく、あの二人より、エリザのほうがしっかりしてるよ。絶対にやると決めたら生きるのをあきらめないで、一生懸命だもんな!)



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