第306話 

 ゴーディエ男爵の疑問――魔族の眷族ヴァンピールと魔族サキュバス、なぜ二つの異種族となってしまったのか?


 この疑問にストラウク伯爵は、それは覚醒する女性の恋愛の理想や性格のちがいだろうと推察している。


 ゴーディエ男爵はヴァンパイアロードのランベールから吸血されて、ヴァンピールとして覚醒している。

 ストラウク伯爵の推察では、幼なじみで学友であり、のちに王と側近となったランベールとゴーディエの二人の美青年との間には、恋愛感情があったということになってしまう。


 恋愛感情と覚醒ということの関係性の謎について、ゴーディエ男爵と同じ疑問を抱いた者がいる。


 女神ラーナとは別の異世界を創世した邪神ナーガである。

 邪神ナーガの異世界で暮らす人間たちは、魔法の力や技術を使うことができず、また人型の異種族がナーガの異世界では存在していない。

 全知全能に近いが、邪神ナーガは完璧ではない。

 人間たちに魔法の技術を授けたり、異種族を創り出すことができない。

 邪神ナーガ自身は、自分の創り出した世界でなら魔法を使用したり、異種族と変身メタフォルフォーゼすることがとても簡単にできる。

 邪神ナーガが望んで思い浮かべるだけでも魔法の使用が可能である。それらしく詠唱するのは、ナーガにとって、魔法の名称を言葉にした方が、思い浮かべやすいというだけのことである。


 ナーガの世界の人間たちは、恋愛感情のエネルギーや愛情のエネルギーが不足しているのではないか?


 それが自分が創り出した世界に暮らす人間たちの特徴なのだからしかたないとあきらめないのが、邪神ナーガである。


 ナーガの異世界の人間たちの恋愛感情は、熱しやすく冷めやすいのが特徴で、長くても二年から三年で高揚感のドキドキが嘘のように消えて倦怠期になってしまう。

 その倦怠期になるとあっさり交際を解消したり、別の相手と恋に落ちて、まだ倦怠期ではないパートナーと、深刻なトラブルに発展したりしている。


 情熱が短期間で激しいけれど、パートナーといてゆったりと落ち着いて優しい気持ちになる幸福感にうっとりしたり、なにげない小さな事に気づいてドキッとすることで、パートナーとの恋の高揚感が戻ったりしない。


 ナーガは、自分の世界で暮らす人間たちの期間限定のような恋愛の情熱の継続率が低すぎることが女神ラーナの世界で暮らす人間や他の種族と比較して、ナーガの世界の人間たちの寿命が短い原因であり、また生活で困難を感じるとひどく落ち込み、最悪の場合は自ら命を絶ってしまう。


 大陸東方シャーアンの都には、マーメイドという女系種族の伝説が残されている。

 ナーガは、マーメイドという異種族は、恋の情熱が激しい種族だったのではないかと考えた。


「そうかもね、エステルちゃん。海で魚みたいに暮らしていて、陸で暮らしている素敵な人間の男性を見つけたからって、変身して陸にあがって人間になって暮らしたいって、すごいチャレンジ精神だと思う!」

「そうなんだよ。なんとなく人間の男性がマーメイドに惚れて、海に飛び込むのはありそうな気はするんだけど」


 料理長コックのベラミィに令嬢エステルの姿のナーガが、厨房室でマーメイドの伝説について聞き込み調査を行っている。


「こんなに大きな帆船が浮かび上がっているんだから、下半身がお魚のところを人間の脚に変えちゃう方法も知ってたのかもね」

「人間の下半身を魚にする方法もあったと思う?」


 ナーガは人間がマーメイドになった可能性もあると思って、そんな言い伝えがないか、ベラミィに聞いてみた。


「聞いた事ないなぁ~、それって女の子がマーメイドの美人さんに惚れて、海に飛び込んじゃうってことでしょ?」

「陸で嫌なことがあって、もう人間なんてやーめた、マーメイドになってやるって、ありそうな気はするんだけど」

「ちょっと、エステルちゃん、それはかわいそうだよね。

お魚さんみたいに、海の中ですいすい泳ぎたいとは思うかもしれないけど、泳ぐのに疲れたり飽きたら、海岸で寝そべってお昼寝してのんびり……あー、早くどこかに上陸しないかな。霧だらけで甲板に出たら危ないって、ガモウさんが、みんなに今日も食事の時間なのに、食堂室でみんなに大声で注意してたし」


 ストラウク伯爵領では、ストラウク伯爵に細工師ロエルが、言い伝えの昔話をもっと聞きたいと言っていた。

 ドワーフ族は、鉱山から鉱石を掘り出してきて、剣や槍の穂先、鎧なども作っていた。へこんでかぶれなくなった壊れたヘルメットから鍋を作った。

 ストラウク伯爵の囲炉裏には、黒鉄の丈夫な鍋が吊り下げられている。

 ターレン王国にもドワーフの細工師がいたのかもしれないとロエルは思ったのである。


「あごひもが、取っ手になった。火にかけた鍋を持つのに熱くないように。黒鉄はとても丈夫でびにくい。汗がついたら鉄は錆びやすい」


 ストラウク伯爵は「鍋を頭にかぶっていれば重くて首が疲れないかね」とロエルに言って笑いながら、ドワーフ族に関係ありそうな昔話はないかと考えながら、巻物の重ねられた棚の前をうろうろ歩いている。

 人里から離れた山の中で、ぽつんと一軒家を見つけたりする話はかなりあるけれど、洞窟から石を割ってせっせと運び出している人を見たという昔話は、なかなか見つからない。


 スヤブ湖でとれる貝の中身を煮て食べたあと、残った貝殻で釣り針を削って作ったという話は巻物に記されていた。

 たしかに、細工師ロエルが言うように、黒鉄の鍋がいつ頃に作られて村人たちに普及して使われるようになったのか、ストラウク伯爵も今まで気にしなかったけれど言われてみて、少しだけ気になってしまった。


「ふむふむ、粘土のように石や鉄を柔らかにできる人はいたがわからないが、石を粉になるまで砕いてから、水に入れて重く沈んだものを集めたらしい」


 細工師ロエルはドワーフ族の錬成の技以外にも、工夫によって金属の元を取り出す方法があることを教えてもらった。



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