第302話

 ゴーディエ男爵と密偵ソラナ。

 この二人は、ヴァンピールとサキュバスという人間から魔族に変化した恋人たちである。


 ゴーディエ男爵とソラナが、ロンダール伯爵やテスティーノ伯爵の紹介状をストラウク伯爵に手渡して、しばらく山奥のこの伯爵領の滞在を求めた。


 神聖騎士団が訪れているパルタの都に、この恋人たちが逃亡していたら、ターレン王国に発生した魔族として戦乙女たちが討伐しようとしていただろう。


 この時、ストラウク伯爵の屋敷には、マキシミリアン公爵夫妻が訪れていた。

 賢者マキシミリアンは帝都の評議会メンバーの会議でのトラブルで、神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラが【浄化の矢】で人間に戻されたのを目撃している。


 その後、神聖教団の本拠地である古都ハユウで、ヴァンパイアロードになった教祖ヴァルハザードの吸血により、アゼルローゼとアデラがヴァンピールとなった秘密を賢者マキシミリアンは知った。


 ゴーディエ男爵とソラナは、魔族の眷族ヴァンピールと魔族サキュバスから、人間に戻る方法は知りたいと思っていない。


 神聖教団の教祖で、千年王朝の最後の宰相であるヴァルハザードの転生者であるランベールは、神聖教団の本拠地ハユウの大洞窟でとむらわれている。

 ロンダール伯爵は、密偵ソラナとは連絡を取り合っていたが、ゴーディエ男爵と直接、顔を合わせる機会を持たなかった。

 そのため、ゴーディエ男爵に、ランベールの性格の豹変が先代のローマン王の亡霊の憑依による影響であった情報や、鬼火であるウィル・オ・ウィスプになったメイドのアーニャとローマン王の亡霊の対決があったことは知らされていない。


 エリザがロンダール伯爵に提供した情報が、ゴーディエ男爵には届いていない。


 ランベールが、心を喪失した眠り続ける生きたしかばねとして、神聖教団の本拠地で安置されているという情報を、ゴーディエ男爵は、マキシミリアン公爵夫妻から聞くことになった。


 ゴーディエ男爵は、ランベールが生きる屍に成り果てたのを、王の権威を利用しようとした法務官レギーネの陰謀と考えた。


 法務官レギーネには、呪術師シャンリーのような呪術の知識はない。また、ゴーディエ男爵が宮廷へ出仕するようになった時には、すでにシャンリーは女伯爵の地位を得て、王都トルネリカから離れていた。

 ゴーディエ男爵は、呪術師シャンリーとの面識がない。それは、法務官レギーネも同じである。


 法務官レギーネの方が、ゴーディエ男爵より先にヴァンピールとして覚醒していた。

 王の命令に従い踊り子アルバータをおとしいれた法務官レギーネの陰謀家の顔をゴーディエ男爵は知っている。だから、法務官レギーネが権力を握るためにランベールに危害を加えたものと誤解した。


 王の密命でゴーディエ男爵は、暗殺されたフェルベーク伯爵の影武者として活動していた。

 密偵ソラナとフェルベーク伯爵領から逃亡したことを、ゴーディエ男爵はランベールから王への裏切りと思われても仕方ないと、内心では気にしていた。

 しかし、ランベールが陥れられた状況は、まだ国内には隠されて知れ渡っていないが、ゼルキス王国にはすでに知られている。

 隠蔽いんぺいするのは法務官レギーネでも不可能だろう。


(王都トルネリカに、私は帰還するべきだろうか?)


 ゴーディエ男爵は、ゼルキス王国とターレン王国の合併案が進められていることも、ゼルキス王国の貴族のマキシミリアン公爵夫妻から聞くことになった。


 ゴーディエ男爵は、自分が法務官レギーネと同じヴァンピールであることをマキシミリアン公爵夫妻やストラウク伯爵に明かした。


 フェルベーク伯爵が何者かに暗殺されたので、しばらく影武者になっていたことや、ソラナがフェルベーク伯爵暗殺の容疑者にされかねないため、王の密命を放棄して逃亡中であることをゴーディエ男爵から説明され、ストラウク伯爵は、ゴーディエ男爵に静かにうなずいただけだった。


 魔族の眷族ヴァンピールを、密かに増やすようにランベールから命じられて、奴婢ぬひの村でゴーディエ男爵が何人もの女性たちを吸血して犠牲にしたことを、ゴーディエ男爵が、ストラウク伯爵やマキシミリアン公爵夫妻に懺悔の告白をしてしまわないかと、ソラナはかなり気にしていた。


「ソラナ、ストラウク伯爵に君の秘密を話してもかまわないか?」


 ソラナが魔族サキュバスであること。ゴーディエ男爵はヴァンピールではあるがソラナのおかげで村人たちやストラウク伯爵を吸血のために襲ったりしないことを、ストラウク伯爵に伝えたいと、ゴーディエ男爵はスヤブ湖の周辺の漁師たちの村から、山道をソラナと登りながら、この恋人たちは話し合っていた。


「ストラウク伯爵にいくら懺悔しても、奴婢ぬひの村で殺害してしまった女性たちが生き返るわけではないのですから……それは私とゴーディエの二人だけの秘密ですよ」


 ソラナは、ゴーディエ男爵にそう言っておいた。

 ソラナの理想としては、ゴーディエ男爵に貴族の地位を捨てさせて、二人で平民階級の夫婦として暮らしていくのを望んでいる。


「サキュバスという種族やヴァンパイアという種族は、ドワーフ族や獣人族と同じように、古代のハイエルフたちと魔獣の王ナーガを追放したあと、ハイエルフたちとは離れて行った種族だ」


 マキシミリアンは、ゴーディエ男爵とソラナに、過去にミミック娘と調査した情報を教えた。

 魔獣の王ナーガの魔獣の下僕の群れとの生存を賭けた戦いが、遥か遠い昔にあった。

 その時にハイエルフたちと協力していた人間以外の多くの種族の英雄たちがいたことをマキシミリアンは語った。


(マルティナの魔石から、ナーガの下僕の魔獣が復活しようとしているのか?)


 賢者マキシミリアンは細工師ロエルと協力して、魔獣の王ナーガが復活する危機は、女神ラーナの転生者である僧侶リーナの心と命を、世界樹の精霊族であるモンスター娘のドライアドクイーンに生成変化させて阻止した。


 ヴァンパイアの眷族であるヴァンピールは吸血によって覚醒することを、神聖教団のアゼルローセとアデラから聞いて賢者マキシミリアンは知ったが、魔族サキュバスが人間から変化した種族であるとは、マキシミリアンは考えていなかった。


 ソラナは、エルフ族セレスティーヌは人間のマキシミリアンとの間に一人娘のミレイユを授かったことに興味を持った。


 ヴァンピールのゴーディエ男爵とサキュバスのソラナの間で、子供を授かることができるのか?


「ヴァンピールとサキュバスという異種族で交わり、子供を授かる可能性も、エルフ族の私と人間のマキシミリアンの間に娘を授かったのですから、絶対に無いとは言い切れませんが……もしも、お二人が人間に戻れば、子供を授かる可能性はあるかもしれません」


 人間に戻れば、ゴーディエ男爵と自分とのつながりがソラナには失われてしまいそうな気がする。

 サキュバスに覚醒したから、ゴーディエ男爵がソラナを特別な存在として必要にしてくれて、そばにいさせてくれていると思うことがある。


 温泉でソラナはセレスティーヌと湯に入りながら、ゴーディエ男爵との子供を授かることができるのかを緊張しながら聞いてみたのだった。


 ゴーディエ男爵に惚れているヴァンピールの踊り子アルバータがいることを、ソラナは知らない。

 

 もしも踊り子アルバータがゴーディエと一緒に人間に戻れば、愛の結晶のような子供を授かる可能性があると知れば、ゴーディエ男爵に人間に一緒に戻りたいと懇願するだろう。



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