第299話
エルヴィス号の
ベラミィの趣味は、マトロタージュの誓いを結んだ青年や乙女たちを間近で、一緒に旅をしてながめるというものである。
「お前は一生、俺のマトロだ……わかったな?」
告白する熱い眼差しを見つめ返し、
小声で囁き合う二人を、ちらりと離れて作業をしなから、見つめたあと、気づかれないようにあわてて目をそらす。
俺のほうが先にあいつを好きだったのに……。
ベラミィは作業をてきぱきこなす三人の船員の青年たちをながめていると、空想が止まらず、いつまで見ていても、まったく飽きない。
ベラミィはとてもいい料理の腕前の持ち主で、エルヴィス号では他の帆船よりも、船員たちはうまい飯にありつける。
商人ギルドに所属していない海賊船では、船員は全員、船長と同じ性別の人たちが集められがちである。
料理人の乙女ベラミィは、マトロタージュの誓いをだいぶ誤解して空想するのを楽しみながら、航海している。
船長とクォーターマスターとの面談を受けて、その旅ごとに船員は採用されて乗船が許可される。
料理人ベラミィ。彼女の両親や祖父母も料理人である。
エルヴィス号の常連といえる船員で、海賊ガモウが酒のつまみはないかと厨房に顔を出したので、ベラミィはため息をついて、船員三人の様子をうっとりとながめるのを中断させられたので、椅子から立ち上がり、不満そうに干し小魚の樽をガモウに指さした。
三人の船員の微妙な三角関係を思い浮かべていたところに、よく言えば
濃霧の海域で飛行帆船を着水させ、船員たちで漁や釣りをしたり甲板清掃などをするのは、海に落ちやすく危険とエルヴィスとガモウが判断したので、船員たちは暇な時間をもて余している。
料理人ベラミィは、濃霧でも普段と変わらない。船員たちはいつも腹ぺこで、がっつりと食べる。船員たちは、うまい料理とうまい酒以外には航海で楽しみがない。
ベラミィは、特別待遇の神聖教団の三人のうち、アゼルローゼとアデラが
同性愛でなくても、船乗りの青年たちや乙女たちが、マトロタージュの誓いを希望すると、クォーターマスターへ乗船前に、制約書を渡すことがある。
親友や幼なじみであるだけでなく、過去の航海中に船員として知り合い意気投合した二人であることもある。
どちらかが不慮の事故で亡くなったとしても、
クォーターマスターとしては、単独作業の事故防止と、どちらか船内で違反行為をすれば連帯責任で罰するので、
船長によっては、航海中の遭難者の契約金を払うのをケチって、マトロタージュの誓約を嫌う者もいる。
船員の中の嫌われ者が、他の船員たちから海に放り出されることも、乗船する船員の人数をケチって最低限にする船長の船では、たまに起きることである。
ケチな船長を放り出して、新たな船長とクォーターマスターが投票で選ばれることだって、海賊船ではある。
元クォーターマスターは、一番下働きの雑用係にされる。
ベラミィはエルヴィス号で、こうした遭難事故の話を聞いたことがない。
ちょっとみんなまじめで、色気が足りないような気はするが、航海は安全第一とベラミィだってわかっている。
「ベラミィ、あのエドワードを気になってるのは誰?」
「エステルちゃん、ロバートが声をかけたり、一緒の当番のお仕事を他の船員が嫌がる甲板掃除でもエドワードとなら引き受けるのは狙ってるからだよ」
「そうかなあ。ロバートは別の人に夢中だと思うよ」
ベラミィからは、ナーガは仲良くなって、エステルちゃんと呼ばれている。
海賊ガモウの逞しい腕力に押さえこまれたロバートは、観念したように「優しくして下さい」と抵抗を止めて顔を横に向けると、ガモウは……。
「エステルちゃん、それはちょっと美しくないんじゃない?」
ああっ、もっと、もっとだ、エドワードに懇願するガモウに、エドワードが、とても冷め切った目で……。
「いやぁ、エドワードは無口だけど、それはないからぁ!」
二人は笑いながら、パンを乾燥させたものを菓子がわりにポリポリと食べながら、こんな空想話ばかりしている。
夜に集会室で食事を済ますと、船員たちはそれぞれ船室に帰る。
マトロタージュの相棒の船員二人には、同じ一つの船室が割り振られる。
ベラミィにナーガが船員たちを観察する限り、少なくとも三人は夢中で気を引こうとがんばっているのだが、ベラミィは空想に夢中で、自分の恋愛にはあまり興味はないようである。
「エステルちゃんは、エルヴィス様がお気に入りなんでしょう?」
「いやいやいや、それはない」
「えっ、じゃあ……まさか、ガモウさんなの?」
「それは、もっとない!」
ナーガの好みは、ベラミィが生まれるずっと前から愛と豊穣の女神ラーナだけで、男性を恋愛対象として思ったことは一切ない。
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