第297話

 飛行帆船エルヴィス号の旅は大嵐にもあうことはなく……現在、濃霧の海域で、四日目の朝を迎えている。


 海賊ガモウは、シャーアンの都の若き統治者エルヴィスのために自分の飛行帆船の航海記録を提供して一緒に乗船している。


 船乗りが自分の帆船を持ち、船長になりたがるのは、帆船は海路を記憶するものであり、旅をした海路の情報は生還者の栄光と旅の思い出だけでなく、財産というべきものである。

 船は一度手に入れたら、百年は旅ができるほど丈夫な作りとなっている。

 しかし、その船体の船底中央を縦に、船首から船尾にかけて通すように配置される強度部材の竜骨キールが限界を迎えると、もうその船体は飛行航海に耐えることができなくなる。

 船長は飛行帆船を必要に応じて自ら操舵することができる。

 船に乗船することは、誰にでもできる。しかし、飛行帆船を操舵することができるのは、その帆船のマスターである船長のみ。

 帆船の竜骨には海路が記憶されている。操舵しなくても帆布の力で海上に浮かべて、船の竜骨が記憶した海路を進むことができる。

 しかし、緊急時に自動ではなく操舵が必要になった時、その飛行帆船の船長しか操舵できない。


 操舵とは、飛行帆船に自らがなったような感覚を船長にもたらすものである。

 船の中核にあたる操舵室には、船長の椅子というものがある。

 それに船長以外の者が腰を下ろして、船を操舵しようとすれば飛行帆船の拒絶を受ける。

 最悪の場合は死に至る。まだ三日三晩、発熱、頭痛、吐き気、一人で立ち上がれないほどの脱力感で済めば、ましなほうである。

 これは回復ポーションを服用しても、多少は緩和できる程度の効果しか期待できない。

 船は生き物みたいなもんさ、とどの船長も口を揃えて言うのは、船と船長は操舵する時に、意識の一体感があるからである。

 船がマスターであると認めていない人物には操舵させない。

 船長以外は船との意識の同調が拒絶されて、ひどい体調不良を起こす。


 帆船のマスターである船長が亡くなると、残された船は自動航行しかできない。

 その船のマスターとなる適応者が他にいなければ、造船所で解体されて部品取りされるしかない。

 竜骨が無事であれば他の船体の損傷があれど、修繕は可能。

 しかしマスターの船長がいないことは、飛行帆船にとっては致命的な欠陥といえる。


 多くの船乗りがいるが、飛行帆船のマスターとして自分に適応した船を手に入れたいと、どれだけ思って憧れていても、帆船の方が拒絶するなら、どんなベテラン船乗りであれ、その帆船の船長にはなれない。

 船乗りが船の美しい見た目が気に入ったとしても、また性能としてたくさんの海路を記憶していても、それが自分の帆船になってくれるとは限らない。


 海賊ガモウの帆船から、エルヴィス号に、船が持つ航海記録が共有できたのは、エルヴィスが提督と呼ばれている理由でもある。


 エルヴィスはどの帆船からも、強烈な拒絶を受けることがない。まさに飛行帆船に愛された者なのである。

 ガモウの帆船のロレーヌ号は、ガモウの伴侶の船で、ガモウや娘のルディアナが適応者である。


 エルヴィスはロレーヌ号の船長の椅子に久しぶりに腰を下ろして目を閉じた。


 ロレーヌの姿は思い浮かばないけれど、エルヴィスは二十年ほど前に亡くなったロレーヌと再会して、結婚することになりましたと心の中で報告をした。


 あらあら、もうそんなに時が過ぎたのね……おめでとうございます、エルヴィスお坊っちゃま。


 今回の一件を伝え、ロレーヌ号が一度だけ行ったエルヴィスの知らない無人島について、ロレーヌ号からエルヴィス号へ情報提供を頼んでみた。


 エルヴィスから事情を伝えられたロレーヌ号は、神聖教団の三人の乗船を拒否した。


 エルヴィスお坊っちゃまを困らせるなんて、許せませんわ!


 ロレーヌ号で謎の島へ向かう方が良い気がして、エルヴィスがクォーターマスターとして船員をまとめ、ガモウを船長として出港する提案は、ロレーヌ号から却下されてしまった。


 エルヴィスは子供のころに、生前のロレーヌ婦人から頬にキスされた感触を思い出した。

 エルヴィスが自分の帆船の船長の椅子に腰を下ろせば、ロレーヌ号の謎の島へ行った海路の情報は伝わるらしい。


 次は伴侶のシャーロットとの新婚生活の話を聞かせに来て欲しいと、ロレーヌ号から伝えられて、エルヴィスは少し恥ずかしくなってしまった。


 どうか、エルヴィスお坊っちゃまの旅に、愛と豊穣の女神ラーナ様のご加護がありますように。


 ロレーヌ号から伝えられた祈りの言葉のあと、ふわりと優しく抱擁された感覚が離れると、エルヴィスはパッと目を開いていた。

 ロレーヌ婦人の心が、このガモウの飛行帆船には宿っている。

 思わず目を開いたのは、久しぶりのロレーヌ婦人の心との再会の時間は終わりという合図である。


 ロレーヌ号にナーガたちを乗船させて出港したとしたら、ロレーヌ号は、ガモウやエルヴィスの操舵を拒否するだけでなく、たとえば神聖教団の三人が甲板にいれば船体を傾けて、海へ落とそうとするだろう。

 

「ガモウ、前に来た時もこんなにここは霧が深かったのか?」

「エルヴィス坊っちゃん、あっしらがこのあたりを通過した時は、ちょうど大嵐でしたから。これほど霧深いということはありませんでしたがね」

「嵐よりかはましか?」

「そうかもしれねぇですぜ」


 

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