第296話 

 邪神ナーガが人魚族についてエルヴィス提督に語ったことを、旅に同行している神聖教団の恋人たち――大神官アゼルローゼと神官長アデラは、記憶の石の破片に残している。


 エルヴィス提督は、ナーガの提示した目的地の海域に島があることを知らなかった。

 南の海の海域へ行き、クフサールの都へ通じる海岸が見える海上に荷下ろしをして、東の海の海域のシャーアンに帰るルートから、ナーガの提示した海域は大きく外れ、外海へ出てから北方へ進む。

 その方向に進路を取る貿易船は一隻もない。


 海で発生する怪異に遭遇する危険を避けるためのルートを、シャーアンの都の船乗りたちは、長い年月をかけて求め続けてきた。


 ナーガの提示した航路は、完全に貿易船のルートから外れて、安全の保証ができないとエルヴィスは説明した。


「過去にその島へ航海した海賊がいる。だから、エルヴィス提督の船でも行けるはず。

それに、神聖教団のこの二人も、この旅に同行させる」


 エルフェン帝国の評議会の会議で、エルヴィス提督は神聖教団の幹部二人が、宰相エリザと敵対したのを目の当たりにして、とても怖い術者だと感じた。

 そんな二人を従えている少年のような口調で話す美少女が何者なのか、エルヴィス提督はわからずに困惑している。


「海賊ルディアナと言えばわかるかな?」


 神聖教団から訪れた謎の美少女が言っているのは、エルフ族の美女セレスティーヌが、シャーアンの都を訪れ、若い頃は荒くれ者だった船長ガモウの娘のルディアナを、神聖騎士団に勧誘した一件と関係している。

 

「ガモウは、娘のルディアナがシャーアンの都から離れると船乗りを引退した。

それはセレスティーヌとルディアナを連れて、ガモウがこの島へ航海したからだよ」


 謎の美少女がシャーアンの都の船乗りでも、エルヴィス提督や限られた者しか知らない話を語り始めた。

 船乗りが貿易ルート以外の航路で航海することを、遭難した場合を除いて禁じている。


 ガモウとルディアナが、シャーアンの都の船乗りの掟破りをしたことを、船乗りたちには隠されてきた。

 それをこの美少女は、統治者のエルヴィスに知っていて当たり前のことのように話す。


 結婚のために用意している造船中のクイーン・シャーロット号の買い付けの商談をなしにする代案として、船乗りたちの頭領であるエルヴィス自ら、シャーアンの都の船乗りの掟を破ることを、謎の美少女は提案している。


 神聖教団の教会が提供している回復ポーションを、シャーアンの都の住民たちは、とても便利な薬として使っている。

 この掟破りの提案を断るなら、教会をシャーアンの都から引き払わせて、回復ポーションの提供を神聖教団としては制限する。

 他の地域の教会にも、シャーアンの都の者に回復ポーションを渡すことを罰する通達を行うと、幹部二人から言われて「回復ポーションなどいらない!」とは、エルヴィスはさすがに言えない。


 入手困難になれば、エルヴィスの知らないうちに回復ポーションの密売をする者もあらわれる。

 そうなれば、住民たちが困るだけではなく、高額商品となった回復ポーションの密売でトラブルから治安の悪化も予想される。


「貴女たちが海で大鯱おおしゃちの餌になるのは自由だが、私や私の船の乗組員たちまで餌にされるわけにはいかない」

「エルヴィス号が海の藻屑にならなければいい。あとは普通に貿易して帰還したことにして、乗組員たちに口止めしておくだけ。簡単なことじゃないか」


 なぜ、安全に航海してシャーアンの都に帰還できると、謎の美少女は言い切るのか?

 神聖教団の幹部二人の術者としての実力を過信しすぎていないのかと、エルヴィスは神聖教団から訪れた三人の来客へ言った。


「どうして、その島へ行きたいのかをエルヴィス提督や神聖教団のこの二人は知らなくてもいい。

でも、知りたいなら船旅の退屈しのぎに教えてあげてもいい」


 エルヴィス号が、シャーアンの都から一隻だけで密航した。


 貿易船は一隻で航海したりはしない。

 一隻ではその船にある水や食糧が不足したり、用心していても怪異に遭遇した時に、連携して対応することができないからだ。


「なあ、ガモウ、この方向でいいのか?」

「エルヴィス坊っちゃん、普通に北へ進むと、シャーアンの都の内海に戻されちまうんでさぁ。あっしらはそれに気づくまで、水と食糧の補充に三度、シャーアンの都に戻るはめになりやした」


 エルヴィスは、引退していたガモウを説得し、クォーターマスターとして船に乗せた。


 クォーターマスターというのは船員たちの喧嘩や揉め事の仲裁から、毎日の水や食糧の分配まで、船の生活を船長の代わりに取り仕切る大事な役目をする人である。

 ベテラン船乗りのガモウが選んで集めてきた者たちが、今回のナーガの船旅の船員たちである。


 ガモウは依頼者の女性たち、ナーガとアゼルローゼの二人は美少女、アデラは美人の乙女ということに頭を悩ませることになった。


 船員は、体力や筋力がある若い青年が望ましい。

 迅速な行動や作業ができる若い青年五人と、若い頃に航海の経験がある中年の船乗りで判断力があるが、自分の判断を過信したり、体力や筋力では衰えがある十人なら、青年を船に五人乗せる方が安全というのが、船長やクォーターマスターたちの常識である。


 若い青年たちを船に乗せるのが定石なのだか、一緒に船に若い女性を乗せると、色恋沙汰の揉め事は、ありがちなトラブルなのだ。


 陸を離れて、船暮らしをすれば三日で一緒の船に乗せたどんな女性でも、若い船乗りたちには絶世の美女に思えるもんだ。

 ベテランの船乗りたちは、酒を酌み交わしながら、そう言って若いころを懐かしんで笑う。誰が口説くかで喧嘩をしたり、同乗した女性にカッコつけるつもりで意地の張り合いをしてみたりすることもある。それで船員たちが親しくなるなんてこともある。

 女性がまったく乗船していないより、一人か二人いるぐらいがちょうどいい。


 エルヴィス坊っちゃん、船に女性三人はちょっと多すぎじゃないですか、とガモウは言った。

 想定外の怪異に対応するには必要だとガモウは言われて、三人にはしっかり自分の身は守るようにと伝えておいて下さいと何度もエルヴィスにガモウは念を押した。


 ガモウは、自分の娘のルディアナと美人のセレスティーヌを乗せて密航したことがある。

 ルディアナに手を出せは、船長ガモウから海に放り出されると船員たちはわかっていた。

 美人のセレスティーヌは航海中、ガモウの船長室にいるか、ルディアナと一緒に行動していた。

 だが、美人を三人も乗せた経験は、ベテラン船乗りのガモウも初めてなのだった。


 男勝りの若い女性の船員たちだけを集めてみようかとも、ガモウは考えた。

 しかし、そうなれば船長のエルヴィス坊っちゃんが色恋沙汰の揉め事の原因になる可能性がある。


 ガモウはエルヴィス坊っちゃんでも、これは一人では無理だろうとクォーターマスターとして旅に同行することに決めた。


 シャーアンの都の船長や船乗りたちは、他の船を攻撃して略奪するようなことはしなかった。

 それをすれば、信頼を失って、もし遭難していても他の船から見捨てられてしまうとよくわかっていた。


 海賊といっても、それはシャーアンの都の商人ギルドのメンバーではない船乗りで、密輸する船乗りという意味である。



+++++++++++++++++


お読みくださりありがとうございます。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新頑張れ!」



と思っていただけましたら、★をつけて評価いただけると励みになります。 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る