第295話 

 エリザはゲームキャラクターなのだから、オプションぐらいに思っている能力値があり【ステータスオープン】で情報確認できるのが当然だと思っている。


 そして逆転の発想で【ステータスオープン】で確認できる内容や数値を変更することができれば、世界の自分に関することだけは変化できるのではないかと考えた。


 ニアキス丘陵のダンジョンでは元ダンジョンマスターであるミミック娘の協力で【ステータスオープン】の力をエリザは獲得した。

 そして「所持金」という能力値が、実際に手元にある通貨の量ではないことを試行錯誤しながら理解した。


 リヒター伯爵領では、タロットカード占いに似た占術を預言者ヘレーネからエリザは教えてもらい「占い木札」というアイテムを譲ってもらった。


 それからは村人たちや、ロンダール伯爵や執政官マジャールなどをエリザは占ってきた。

 

 ゲームの世界なのだから、何をしてもいいと考える人がいるかもしれない。

 実際の世界ではできないことでも、異世界なのだから自由にできることに初めは戸惑い、やがて慣れてきて、やりたい放題に行動する性格の人もいるだろう。

 しかし、エリザの性格はそうではなかった。

 

 ゲームのエピソードのストーリー展開と選択肢の誘導がまったくないとすると、他人に対して簡単に危害を加えることもできる。

 たとえば、幻術師ゲールに救助された冒険者エレンは、味方であるはずのパーティーメンバーに裏切られ、怪異が起きている森に毒の吹き矢で射られ置き去りにされている。


 また赤錆び銀貨で、願望が実現する内容の夢をみた人たちの中には、興味本位で他人の生活をこっそりと覗く人や、嫌いな人に危害を加える人もいる。


 この女神ラーナの世界では、一つの大前提がある。

 人と関わりながら生きること。

 それがどんな人との関わりなのかによって、生きやすくなるか、困難な状況になるかの運命が分かれるだろう。


 エリザは、占いを行ったことで占った相手から料金をもらわなかった場合でも【ステータスオープン】で所持金の項目の情報を確認すると、所持金の数値が、ちょっぴりだけれど加算されていることに気づいた。


 占いを聞いて指摘されたと思うことが図星すぎて、エリザに不機嫌な表情になって立ち去る人もいないわけではなかった。

 気にすることはないと、シン・リーがエリザに話しかけたのは、一度や二度ではない。


 占った相手が機嫌を損ねることや上機嫌になることは、エリザの他人からは見えない価値とは関係ないようだった。

 また、学者モンテサンドの暮らすリヒター伯爵領の領事館へ通って、エリザが知っていることを語って聞かせた時も、なぜか所持金の数値が加算されていた。


 結果はどうあれ、他人と関わることで、その人物の価値が発生している。

 人に感謝されて喜ばれると価値が加算されるというように単純なものではないようである。

 

 悪人にひどい目にあわされた人がいるとして、悪人からちょうど良かったとか、だましやすかったと感謝されたとしても、価値が加算されて上がるわけではない。


 他人からの好評価や感謝されて信頼されていることが直接、人として価値が上がるかどうかには結びついていないようである。


 エリザは、預言者ヘレーネと獣人娘アルテリスを再会させることに成功している。

 ヘレーネとアルテリスは、それぞれ伴侶を持って離れた地域の伯爵領で暮らしている。

 この二人は、エリザがリヒター伯爵領へ行きたいと言わなければ久しぶりに会うことはなかっただろう。


 また、ブラウエル伯爵の母親の貴婦人ジャクリーヌに、獣人娘アルテリスを会わせた。

 この二人が酒を酌み交わし親友となるのに、エリザは結果として協力している。


 本人の他人との関わりだけでなく、他人の人との関わりに協力した時、所持金の項目として【ステータスオープン】では示されているけれど、人物の価値が少しずつ加算されて上がるらしいと、エリザは気づいた。


 エリザは所持金の項目を、ゲーム内のみで使用される通貨と考えて、これを財源にしてダンジョン探索の仕事を失った冒険者たちに毎月、金貨30枚分の支給を行うことを考えていた。


 冒険者と組んで出資している商人たちも、商工ギルドからの貸付を受けている事情を聞いて、商人たちが破産したりしないように、商人シャーロットと話し合い対策を講じた。


 この世界に流通している貨幣はダンジョンのドロップアイテム。今後はダンジョン内でドロップアイテムを出現させるワンダリングモンスターが、全ダンジョンで発生しないということは、各地で流通する通貨が供給されないということになる。


 通貨ではなく人物の価値で、品物の売り買いが行える状況が望ましい。


 実生活で他人との関わりがあまり好きではなく、おとなしい性格のエリザが、他のランキング狙いでイベントに参加しているプレイヤーたちに課金アイテムの回復ポーションを、プレイヤー間の取引レートよりも格安で、ゲーム内通貨と交換したり、連続召喚ガチャで、だぶった新作カードキャラクターを、ゲーム内通貨で格安で譲っていたりして、プレイヤーとしてはかなり人望があり、ゲーム内通貨の億万長者となっていた。


 アイテムデータやカードデータの改竄かいざんと偽造による詐欺さぎ事件があり、ゲーム運営側がプレイヤー間のアイテムやカードキャラクター交換の機能を規制撤廃きせいてっぱいしたことで、ゲーム内通貨の使い道がキャラクター育成ぐらいにしか使えなくなったので、ゲーム内通貨の価値が大暴落した。


 エリザが所持金の項目を【ステータスオープン】で確認すると、莫大なゲーム内通貨の金額があると示されるのは、運営側のルール改正と大暴落というプレイヤーしかわからない事情があった。


 ゲームに課金するためにコツコツと節約して生活していたのは、そこに人とのつながりを感じていたからだろう。

 カードキャラクターのコレクションとゲーム攻略は個人的な趣味で、他人に自慢するためではなかった。

 大暴落はショックだったが、ゲームが趣味なのかと人から聞かれると、恥ずかしそうにしていた。

 無課金で遊んでいるプレイヤーに彼女は援助を惜しまなかった。

 だからといって、見返りを期待することはなかった。

 課金して召喚ガチャにむきになっていることが、恥ずかしいと思っていた。


 おとなしい性格で、一人の時間に暇をつぶせる趣味として、ゲームにかなり課金していた過去が、エリザにはある。

 ゲームは、人づきあいが苦手なエリザにとって、他人との人間関係で上下関係や損得抜きで親しくなれる避難場所のようなものでもあった。


 ゲームをすることが、転生前のエリザの働く職場の人間関係や立場に、何か役立ったわけではなかった。

 またオフ会に参加したり、ファンの同人サークルにエリザがつながっていくこともなかった。

 おとなしい性格なので、少し気になってはいても、ファンの攻略サイト掲示板をよく見ていたぐらいだった。

 転生後のほうが、エリザはエルフェン帝国の宰相として、人との関わりを自分なりに広げようとしている。

 

 冒険者がダンジョン探索をするのは、冒険者ギルドからの依頼を受けて報酬を受け取ること以外にも、他の登場人物たちと一緒に協力して行動したり、ドロップアイテムを冒険者ギルドや商工ギルドに買い取ってもらう以外に、冒険者たちで交換や売り買いするといった、他人との関わりがあったからである。

 また、商人と交換して冒険者パーティーの維持や活動経費を交渉して出資してもらうという人との関わりがあった。


 【ステータスオープン】では自分の情報は閲覧えつらんすることができても、他人の情報を知ることができない。


 エリザは、どういう基準で所持金の加算額が決まって増額しているのかを考えて、他人からエリザ本人が感謝されたら、それなりに増額する金額も上がるのかと思っていた。

 しかし、どうもそうではないとわかってちょっとがっかりした。

 莫大な所持金の情報が示されていても、それで買い物ができるわけでも、他人に分けることもできない。

 何も役に立たないとエリザは誤解している。


 所持金と表示されているが、それが人徳という意味と考えることができれば、無駄なものではないと気づくだろうか?


 商人が信頼関係を無視して、負債を返済せずに逃げた時、生きるためにはしかたないと考えていたとしても、蛇神の刻印が肌に浮かび上がる。

 エリザほど莫大な所持金があれば、負債を返済せずに逃げたとしても、蛇神の刻印が浮かび上がるのは、かなり年老いてからか、生きているうちは浮かび上がることはないだろう。


 赤錆び銀貨がブラウエル伯爵領でも、一時的に発生していた。

 ブラウエル伯爵領では無料では占いを聞く人が真摯しんしにエリザのアドバイスを聞かないかもしれないと説得して、ジャクリーヌは銀貨一枚の料金で占いをするようにエリザに頼んでいた。


 エリザが、人の評判や他人からの評価、あと財力に心をざわつかせてしまう人だったとしたら、シン・リーが護りの結界を、家の柱や家具に爪とぎをして張り巡らしていたとしても、赤錆び銀貨を見つけて、うっかり手にしてしまっていたかもしれない。


 人生には、無駄なものなど、何一つだってない。



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