第293話 

 赤錆び銀貨は、使い始めると癖になる。

 夢の中にいるうちは、実際の体は横たわり目を閉じて眠っていても、現実と同じ感覚を心が感じている。

 個人の想像で何を思い浮かべるのかで内容が決まるのが、普通の睡眠時の夢ではあるが、赤錆び銀貨の夢は、そこが少しちがう。

 想像以上の情報が心に飛び込んでくる。他の使用者の感覚や知っていること。そして、現実の世界として重ねられている記憶や印象の情報が共有される。


 願望が夢の中だけで叶うのではなく、目覚めたあとの現実で望んだ変化が起きる可能性がある。


 ただし、知りたくない事も知ることもある。

 そんな都合の良いことが起きるはずがないと思う使用者が多ければ、納得できる代償や犠牲が奪われることもある。


 赤錆び銀貨を握らないと、安心して眠つけなる禁断症状。

 何か期待以上のことが眠ったあとに待っているかもと思って赤錆び銀貨を握るということを繰り返しているうち、もう期待しなくても、眠る時にはそうするのがルーティーンとして習慣化する。


 赤錆び銀貨が手元にあると集中力が低下する。

 完全に熟睡した状態でなくても人は疲労したりすると、ぼんやりしてしまったり、うつらうつらと短い間で半分眠ってしまっていて注意力が散漫になる。

 そんな状態でも、赤錆び銀貨は効果を発揮する。

 睡眠時に赤錆び銀貨を使い慣れてくると、赤錆び銀貨を握っていると、短時間でぼんやりと白昼夢で情報が思い浮かぶようになってくる。

 つい気分転換や暇潰しに赤錆び銀貨を握ってしまい、物事をする時の集中力や持続力が続かなくなっていく。


 他人と話している間に、赤錆び銀貨を握って何か情報を探しているようになると、他人の表情や言動から気持ちを察することをしなくなる。

 また、他人と会ったりするよりも、誰にも干渉されない一人の時間や場所を好むようになり、感応力が低下していく。


 食事の時に、赤錆び銀貨を握るようになると味わって料理を食べることに意識が向いていないので満足感と満腹感が鈍る。

 結果として、量を食べ過ぎてしまえば肥満する。逆に少ない量で食事を済まして、赤錆び銀貨の夢に集中してしまうこともあり、空腹感も鈍ることすらある。

 食欲のコントロールが乱れてしまうことで、疲労感やめまいなどの体調の変化が起きる。


 赤錆び銀貨を握って使い慣れてくると、夢を通じて、自分が行動して得られる情報よりも多くの情報を知るようになる。

 すると、時間が足りないような気持ちが起きてきて、焦りにつながっていく。焦りがあるほど夢が途切れがちになって断片的な情報しかわからなくなってくる。


 赤錆び銀貨の夢の情報が便利に感じて手離せなくなると、何をしている間でも赤錆び銀貨のことを頭の片隅に思い浮かべている状態になる。

 目の前のことを考えながら、別のことも同時に気になっている。

 すると、心に余裕がないので、たとえばタイミングを待つことなどのストレスを感じれば、我慢することができなくなったり、短気になってしまったりする。


 赤錆び銀貨を握らないで他人と関わる時に、悪い想像がふくらむ不安、他人の気持ちがわからないことへの苛立ち、緊張などを感じやすくなる。

 赤錆び銀貨からの夢の情報で確認していないと、落ち着いていられなくなる。


 赤錆び銀貨を握って他人の情報や、与えられる情報を意識しない時間がなくなると、何も考えずにぼんやりとする時間が失われて、気が休まる時間がなく、気疲れがなかなか抜けなくなる。


 これは現実で理想を実現する代償ではなく、赤錆び銀貨の夢をみるだけの弊害として、人間関係に必要な想像力や気分のコントロールに影響が起きてくる。

 快適であったり、便利だと感じると、なんとなく影響に気がついていても、大丈夫と軽く考えてしまい赤錆び銀貨にはまっていく。


 ブラウエル伯爵領では、バイコーンのクロが夢喰いの力で、赤錆び銀貨の夢をみていた人の心が現実を変化させることもなかった。


 また、ブラウエル伯爵領では赤錆び銀貨を使い慣れて、手離せなくなる人たちはいなかった。


 フェルベーク伯爵領では、美少年を賛美した恋愛の考えがルゥラの都で流行した。

 それは、赤錆び銀貨の夢の中でしか、理想の美少年とは逢うことができないという憧れから生まれた恋愛の思想だった。


 人間関係の親密さをふまえて恋愛関係に発展して、その先にようやく到達する心が一つに重なり合うようなよろこびの瞬間がある。

 その段階がなく、赤錆び銀貨によって、手軽に一人で快楽の部分だけを得ることを望んだことによって、恋人たちが愛情を伝え合うとっておきの行為という意味を手放してしまった。

 

 フェルベーク伯爵領では恋愛という考え方がもともと欠如けつじょしていて、支配と服従という関係性しかなかった。

 

 フェルベーク伯爵領と同じように、赤錆び銀貨が発生して、密かに蔓延まんえんし始めているバーデルの都では、恋人たちが到達する悦びまでの過程にある葛藤かっとうや苦労を避けて、手軽な娯楽の快楽だけがあればいいと思うようになる人もいた。

 

 婚姻どころか、わずらわしい人間関係を避けて、恋愛をしない生活習慣を赤錆び銀貨で手に入れてしまった人たちがいる。


 男性が異性を恋愛対象にしていて、手軽に毎日でも、むらむらするあれやこれらを気の向くままに夢でみているうちに、いつも同じだと飽きてしまい、現実の恋愛関係では実現できない別の相手との想像に走ることで、娯楽の快楽なので飽きてしまい、また別の快楽の刺激を求めて……終わりのない悪循環のループから抜け出せなくなる人はいる。


 強い娯楽の快楽に慣れてしまって、今まで楽しかったはずのことが何も楽しくないと感じながら、すっかり習慣化してしまい、赤錆び銀貨を手放せなくなっている状態へとおちいる。


 恋愛関係で恋人たちが一緒に生活しているうちに行動パターンがわかってきて、気持ちが安らぎと同時に落ち着いてきてマンネリになった退屈と似ているように思うかもしれない。だが、赤錆び銀貨に慣れることは、まったく別の状況である。


 恋人たちの安らぎと退屈は、相手に対しての信頼や愛情の確信があるが、赤錆び銀貨の手軽な娯楽の快楽は孤独で、欲望の対象を消尽しょうじんしてしまい、欲求不満の悪循環のループから、一人ではもう抜け出せなくなっているからである。


 フェルベーク伯爵領の男色家の貴族たちが、実際に目の前にいる少年に心がはしゃぐことがなくなってしまい、少年が愛撫されて感じている刺激や快楽を想像して、服従して奉仕しているのは自分の方なのではないかという考えに到達してしまった。

 それでも、他人である少年に執着してふれあうことを習慣から続けていたので、恋愛感情を発見することができた。


 バーデルの都で意気消沈している人間関係のわずらわしさと恋愛の悦びを同時に手放した異性を恋愛対象にしていた男性たちは、赤錆び銀貨の夢以外に興味や意欲を喪失していった。


 バーデルの都の執政官ギレスはフェルベーク伯爵への恋愛感情だけでなく、暴力で人を屈服させることにも快楽を見つけ出していたので、赤錆びの銀貨では幻のフェルベーク伯爵との偽りの悦びを求め、目が覚めているうちは同性愛者であることを隠しているので、恋愛どころか人間に興味はないような態度で、捕らえた人をひどく拷問して、配下の者たちを怖がらせた。


 フェルベーク伯爵領の女性たちは、奴婢ぬひとして人としての扱いを受けていなかったので、金銭を与えられず、赤錆び銀貨を手にする機会がなかった。


 バーデルの都の赤錆び銀貨を手にした女性の人たちは、夢で理想の人と恋愛をしている。

 目覚めている時に出会う人たちを恋愛対象として考える時に、どれだけ夢の理想の人と近いか、共通しているところがないかをじっくりと外見から観察し始めた。

 愛されるために美しくありたいと望み、自分も着飾ったり、容姿を比べ合っているうちに、意気消沈している男性たちよりも、美しいと思える女性を、素敵な恋愛対象の相手と感じて、心を奪われる女性たちもいた。


 

 

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