第291話 

 エルヴィス提督は、造船所に神聖教団の使者が来ていると連絡を受けた。


 神聖教団で浮遊帆船を一隻いっせき、購入したいと申し込みがあったらしい。

 造船所では、帆船クイーン・シャーロット号の制作中である。

 エルヴィス提督の婚礼で、帝都からシャーロットを迎えるために一隻の帆船を用意する予定で作業を進めている。


 ところが、同時に二隻を制作できるほどの材料も、船大工もいない。取引相手が同じシャーアンの都の船乗りなら、クイーン・シャーロット号の制作後になることを説明して、予約注文を受けるだけの話である。

 しかし、今回の取引相手は神聖教団である。予算をいくらでもかけてもいいという話はありがたいが、今すぐ制作に取りかかることを条件として提示されたのが、悩みの種であった。


 タイミングが悪い。

 船体の骨格キールを組み立て中の様子を交渉に来た使者に見られた。

 造船所の船大工たちは、帆船の購入したいという相手に、実際に制作している様子を見せ、とても時間や手間がかかるものだというのを納得してもらうようにするものなのである。


 予約注文ではなく、制作中のクイーン・シャーロット号を神聖教団に譲って欲しいと言われたようなものである。


 シャーロットには、帆船ができたら結婚式を挙げようと伝えてある。彼女はそのエルヴィスのプロポーズを聞いて、とても喜んでくれていた。


 商売の取引を優先して結婚式を先のばしにするのか、それとも、個人的なシャーロットとの約束を守るために、この取引の話をお断りするか?


 エルヴィス提督の邸宅へ訪れたのは、評議会の会議に参加していた神聖教団の幹部二人と、エリザのような清楚な雰囲気ではないとはいえ、将来的には必ず美人になると思われる美少女である。


 先日、船大工の職人たちの意見としては、これは婚礼船で他の取引相手に譲りたくないと、エルヴィスに意見を棟梁のゴルディが訪れて、怒鳴り散らして帰ったばかりである。


 商売の取引相手として、今後の百年を考えるなら、神聖教団の今回の依頼を断るのが得策ではないのは、棟梁のゴルディもわかっている。


 邪神ナーガがこちらの世界に訪れると、トラブルを引き起こす癖がある。

 夢を司る女神ノクティスは、以前にナーガが引き起こしたいくつものトラブルを記憶している。


 最も厄介なトラブルは、エルフェン帝国の宰相エリザと肉体を交換したトラブルである。


 今回のトラブルは、婚礼間近のエルヴィスに運命の選択を迫るものであった。


 依頼を引き受けて、私情を我慢するのか?

 それとも、依頼を断り花嫁シャーロットとの約束を守るのか?


「このシャーアンの都の職人たちの腕前を認めてくれていることを感謝する」


 依頼を断るはずがないと思っている微笑を浮かべている神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラに、エルヴィスはまず、依頼してくれたことに感謝の意を述べた。


「今回の依頼については、お断りさせていただく」


 制作中の帆船がエルヴィスとシャーロットの婚礼のための帆船だと、造船所で依頼人である三人を施設内で案内した職人から説明済みであると、エルヴィスは聞いている。

 制作中の帆船を神聖教団に譲れば、シャーロットとの婚礼の予定を延期することになる。


 事情をシャーロットに説明すれば、婚礼を延期して婚礼の帆船を譲る取引を承諾するかもしれないと、エルヴィスも考えないわけではなかった。


 シャーロットは、帝都で商工ギルドの取締役をしている人物である。大きな取引相手を逃すぐらいなら、組織の今後を考えて私情は捨てるのを選ぶかもしれない。


 しかし、ここを妥協してしまえば、商売のためになら、いろいろなものを犠牲にしてもしかたないという考え方で生きていかなければならなくなる。


 自分さえ我慢すれば、というのが当たり前の考え方で組織のリーダーが動くと、組織全体がそうした雰囲気に染まっていく。

 百年後に残る組織ではなく、十年そこそこで限界に達して、改善するには、その二倍か三倍は時間がかかる。

 エルヴィスはシャーアンの都の船長として、自分の船で航海してきた人物だった。


 なにか不便なことや問題があっても、腕前の良い我慢強い船員がいれば、一度の航海なら、無事にやりすごすことができる。

 しかし、千回の航海を考えれば問題点を指摘して話し合い、改善や工夫をしなければ、腕前の良い我慢強い船員が船から降りてしまえば、必ず致命的な問題に直面することになる。

 そうなってからでは、手遅れなのである。


 約束を信じて帆船の完成を心待ちにしているシャーロットに、商売の利益を優先して我慢させ、結婚を延期することは、エルヴィスにとって許されざることのように思えた。


 見た目は美少女エステルの姿の邪神ナーガだけが、笑顔を浮かべて、アゼルローゼとアデラは笑顔をひきつらせた。

 三人は、ソファーで横並びに腰を下ろしているので、エルヴィスから見れば、三人の表情の変化がとてもわかりやすかった。


「わかった、代案がある。二十日ほどの航海の予定で行きたい島がある。

エルヴィス、お前が船長として船を出して、その島まで連れて行ってくれないか?」


 思いがけないことを急に言い始めたので、アゼルローゼとアデラが、ナーガの横顔をじっと見つめていた。




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