第288話
執政官マジャールにとって、のちに伴侶となる小貴族の二人の令嬢ハンナとアナが、斜め向かいの空き家に引っ越して来た。
パルタの都の住人たちは、マジャールがとても可愛らしい旅人のお嬢さんに、マジャールが惚れてしまい、執政官のお役目を放り出してパルタの都からいなくなってしまうのではないかと、少し不安になった。
可愛らしい旅人のお嬢さんは、密入国者のエルフェン帝国の宰相エリザである。
パルタの都から行方をくらまして、いわゆる在野の士となってしまう小貴族の男性は多い。
パルタの都に取り残されてしまっても、暮らせなくなるわけではないとはいえ、妻は夫から、子供たちは父親から捨てられたようなさみしさがあった。
モンテサンドは、過去にベルツ伯爵領で数年間、在野の士となって日雇いで畑仕事をしながら渡り歩いた経験がある。
妻や子供を捨て行方をくらました元小貴族の男性たちは、パルタの都から離れたリヒター伯爵領まで流れついている。
立身出世の小貴族の競争で見込みがないのに期待されるのに疲れた男性たちは、別の伯爵領で平民階級の村人として身分と過去を捨て、再スタートした人生を謳歌している。
生まれた時から平民階級の村人の人たちと、小貴族として育ってきた人たちが村人たちの中に混ざって暮らしている。
ブラウエル伯爵領でエリザたちは無愛想な村人と、エリザたちから水を分けてもらって子供たちにこれで料理ができると喜んでいた村人の家族と出会っている。
パルタの都に残した妻や子供を捨て、汗を流し、土を耕したり、森林を開拓して暮らしているうちに、村人の女性と恋に落ちて、子供を
元から平民階級の村人たちの人たちと、元貴族階級の世捨て人たちは、意見や考え方が合わないこともあった。初めのうちは別々の村で暮らしていた。
最近ではようやく人が混ざり合って、ぱっと見ただけでは、どちらの人が多いなのか、わからないぐらいになっている。
パルタの都に、遠征軍に志願した平民階級の村人たちである逃亡兵の若者が千人ほど潜伏しているのを、優しい執政官マジャールが見逃してくれていると、パルタの都の住人たちは思っている。
男性不足の女性ばかりのパルタの都で、正直なところ、このマジャールの対応はいろいろとありがたかった。
また、前任者のベルマー男爵のような、ろくでなしな執政官がやって来られても困るという気持ちもある。
パルタの都からどうしたら、執政官マジャールが出て行ってしまわないかを、パルタの都の住人たちの女性たちは考えた。
夫が
なぜ、捨てられたのか、自分の何が悪かったのかと考える日々を過ごしていたからである。
はっきり言ってしまえば、残された人妻の人たちは何も悪いところはない。
小貴族としてどこかの伯爵に認められて仕官できる人や、王都トルネリカの宮廷官僚につながりがあって宮廷へ出入りできる職務につける人は、一握りの小貴族であって、あとはバーデルの都に出向すると特にそうなのだが、雑用係のような仕事を押しつけられがちである。
村人たちとあれこれと作業する機会だって多い。
こんな安い報酬でやってられるかと職務放棄してしまう人が多いのが現状なのである。
一緒に働いた村人たちのほうが月額で考えると、分配して渡される報酬は多いこともある。
ターレン王国には、村から人がいなくならないように、旅人をおもてなしをして、気に入ってもらえたら、そのままずっと村に滞在しませんかと、村人の仲間入りさせる古くからの風習がまだ残っている地域もある。
残された人妻や子供たちとは関係ない恋愛事情から、帰えれなくなってしまっただけである。
執政官マジャールが自分を旅人ローレンだと言い張って、執政官であるのを隠そうとしているのもかなり怪しいと、パルタの都の住人たちは感じた。
そのままマジャールが、パルタの都からふらりと出て行ってしまうのではないかと心配になる。
そこで、マジャールがパルタの都にずっといたくなるような幸せになれる最高の伴侶を用意して、絶対に逃がさないんだからと人妻たちは本気を出した。
人妻たちはなんとなく、失踪した伴侶と執政官マジャールを重ねて想像してしまった。
もちろん年頃の娘がいる母親たちは、娘を玉の輿にのせようと気合いの入っている人もいた。
その気合いにうんざりして、娘たちの中には、密かに同性の恋人とパルタの都から逃げ出す人たちもいる。
他のところで仲良く暮らせるとこはあると、女神ノクティスが夢の中で教えた娘たちや、たとえばマジャールから他の伯爵領ではシェアハウスで暮らす女性たちがいると情報を聞き出せた令嬢セレナとリアンのような恋人たちは、故郷を出て絶対に幸せになってやると思っている。
近所に年頃で美人の令嬢が引っ越してきて、挨拶や話すうちに親しくなる。
頃合いをみて、美人の二人が本気で恋の告白する。
どちらを選ぶのか本気で迷わせる。これがとても重要。選んだことで、特別な恋人だと感じてもらう。
パルタの都の住人たちは、マジャールが恋に落ちるように念入りに計画を立てた。
こうして、令嬢ハンナとアナの恋を全力で応援する計画は実行された。
どちらも選べないマジャールが学者モンテサンドに相談して、最近ではめずらしい二人の伴侶を迎えるという予想外の展開に、住人たちは驚くことになる。
もう一人、美人の未亡人マリアーナの人妻と可愛いお年頃の令嬢シェリアの母と娘の二人と同時に交際することになった逃亡兵の青年アッシュがいる。
大注目の執政官マジャールを結婚させるパルタの住人たちからは「M計画」と呼ばれることになる極秘計画が実行中でなければ、こちらは人妻不倫問題のスキャンダルの一つとして噂になっていたにちがいない。
また、令嬢セレナとリアンのような女性たちのような同性愛の恋人たちについても噂になっていたかもしれない。
大きく注目される噂があると、他の噂が目立たなかったり、注目されないことがある。
パルタの都に情報屋リーサがいたら「M計画」以外の噂も把握してどんな展開になるのかをきっちりと追っているだろう。
令嬢ハンナとアナが、マジャールがどちらかには選べないという煮え切らない彼の態度に幻滅しないで、それでいいので「二人ともいっぱい愛して下さい」とマジャールのわがままを許した。
それと同じ時期に、母と娘――マリアーナとシェリアの二人も、青年アッシュのわがままを許して和解している。
どうしてこのようなことが同時に起きているのか?
それは、聖騎士ミレイユを愛している女神ノクティスが、参謀官マルティナがミレイユのことを愛していることを嫉妬して敵対したりせずに許して、同じミレイユを愛する分身のようにすら感じて愛しているからである。
ハンナとアナは、マジャールのそばで一緒に暮らし「M計画」を遂行する「恋愛工作員」と密かに住人たちに呼ばれながらも、どちらか選ばれなくてもずっと友達でいましょうと友情を深め合っていった。
さらに、マジャールの少年の頃から今までの成長の過程を二人で聞いただけでなく、ハンナとアナもどんな思いを抱えて成長したのか語り合ううちに、二人は姉妹のような気持ちにもなった。
マリアーナとシェリアは、青年アッシュのしでかしたことが、耐えきれなくなったアッシュの自供により発覚したことで、母と娘のとても仲良しの信頼関係は壊れてしまった。
同時に青年アッシュを奪い合う
シェリアは父親不在のさみしさから、ママには私しかいないと同情のような気持ちを抱えて成長した。そのため、母親への不満などは意識しないまま、いい子でいたいという思いで封じ込めていた。
マリアーナも夫が不在で、自分しかこの子を守れないという思いが強く、それをベルマー男爵につけこまれて身も心も深く傷ついた悲しみがあった。
それを娘のシェリアがいなければと思って、シェリアに危害を加えるようなマリアーナではなかった。マリアーナはシェリアに堕胎薬の副作用のことは隠していた。
母親らしくいたいという思いが強く、しっかりしなきゃと思っていても、一人で泣いてしまう夜もあった。
この母親と娘の二人は奇妙に心の本音を優しさから隠し合うことで、仲良しの信頼関係を作り上げていた。
母親に小貴族ではないアッシュとの恋を話さずにはいられず、母親のさびしさをまぎらわせてあげたいと思って、アッシュとの交際のあれこれの話を、母娘だからいいよねと、時には
露骨なまでに自分の恋人とのいとなみについてまで、母親に暴露している隠し事ができないシェリアは、母親に悪い意味で甘えすぎているのに気づいていない。
それがいいことをしていると信じて疑わなかった。子供の時に親に反抗したり、本音の不満を心の本人も気づかないところに封じ込めてきた反動で、母親にべったりと親密すぎる関係を求めている。
マリアーナは、青年アッシュに夫がいながら恋をしてしまった。それは、娘への愛情とは別のマリアーナ自身が愛されたいという思いを封じ込めてきた反動だった。
アッシュが「二人とも幸せにしたいです」と、この母娘に故郷のベルツ伯爵領へ二人は小貴族の身分を捨てることになるけれど、一緒に来て欲しい、二人とも伴侶にしたいと言った。
ベルツ伯爵では村人の大人が全員で子育てすることや、どの家庭の子も同じ村の子として兄弟姉妹のように育つことをアッシュは、自分の子供の頃を思い出しながら二人に話した。
この青年アッシュは村の地主の子で、戦が終わったら故郷に帰り地主として親の跡目を継ぐつもりでいた。
他の志願兵たちが辺境地域へ移住する考えが多い中で、少し変わり者扱いをされることもあった。
地主は七人の花嫁をもらったという昔話もあるとアッシュが話したので、少し呆れたが、思わずマリアーナとシェリアは笑ってしまった。
地主の花嫁に、他の村人たちの男性たちは手を出したりしない。
ベルツ伯爵領では遠い昔、移住してきた伯爵たちに仕えた騎士の末裔が地主だと信じられている。
ベルツ伯爵領の地主の血統は平民階級の村人との混血で、王都トルネリカの貴族たちからは、貴族として認められていない。
辺境地帯でゼルキス王国から罪人が逃げて来て村人たちから略奪したりしている噂を聞いて、このアッシュは、無国籍の辺境地域の人たちを困らせている悪党どもを討伐してやるという思いから遠征軍に志願した青年だった。
しかし、後発隊の遠征軍は兵糧不足で、国境近くの街道沿いの駐屯地で現地解散を言い渡された。
そのまま、流れでパルタの都に来たけれど、アッシュはマリアーナとシェリアを連れて故郷に恥をしのんで帰るという。
アッシュは遠征軍への参加に反対する親に「武功を上げてくる」と言った手前、手柄もなしに帰るのは、かなり気まずい。
ベルツ伯爵領へ帰ったアッシュの両親は、一人息子が無事に帰ってきてくれたと泣いて喜んだ。
パルタの都で世話になった二人を伴侶にしたいと思って連れて帰ったとアッシュは両親に言うと、マリアーナとシェリアに「息子が世話になりました」と父親と母親が土下座したので、マリアーナとシェリアが慌てた。
「ふふん、驚くなよ、パルタの小貴族様のべっぴんさんたちを、アッシュが連れて帰った」とアッシュの両親が自慢して歩いて、しばらくアッシュの家に来客が祝いの品を持って来ては、酒をしこたま飲んで帰るという日々が続いた。
ベルツ伯爵領の地主たちの貴族の血統ということへのこだわりのおかげで、マリアーナとシェリアの母娘は村人たちに祝福されて村へ受け入れられた。
ベルツ伯爵領の村では、母娘や姉妹のどちらからも好かれるという男性はうらやましいと言われ、奥さんが一人でもいとなみのお相手は大変なのに、たくさんの伴侶がいたら大変だ、立派なもんだと尊敬されたりする。
こうした出来事がパルタの都で起き始めていて、憎しみあったり恨んだりするのではなく、許し合う雰囲気になった。
魔剣か神剣か、ノクティスという一本の剣が、女性たちの心に、不思議な影響を与えているのだった。
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