第285話

 マルティナが連絡用と偵察に使う騎士団の鷹は、白梟のホーと旋回して、背中を攻撃しようとする空中戦を始めた。


「ホーが隙をつくってくれているうちに、今夜は戻るとしよう」

「おい、ホーは大丈夫なのか?」

「問題ない。ホーが疲れてしまう前に、わらわたちがここから離れれることができれば」


 シン・リーは襲撃をかけようとしたたわけではなく、ただ確認に来ただけだった。


 騎士団の鷹の目の術――術者のマルティナは、離れた場所にいても鷹を飛ばしているあいだ、目を閉じて意識を集中すれば、地上を俯瞰ふかんする鷹の視界で見た情報を感じることができる。

 鷹の目の術は、上空から地上に落ちている一枚の小さな硬貨を見つけ出せる。

 

「もし、わらわがホーに鷹に遭遇したら、ほどほどに遊んでバイコーンのそばへ逃げよと教えてなければあやういところ。リーフェンシュタールよ、なぜ、ホーを連れて来たのじゃ」

「すいません、貴女たちを待っているあいだに、飛んで来たので」

「なら、しかたない。おぬしを守る気だったのじゃろう」


 バイコーンのクロとホーを追跡してきた騎士団の鷹が目が合った瞬間、鷹の目の術は破られる。

 バイコーンのクロが、鷹の目を通じて、術者の思考や感情を感じ取ろうとしてくる。


 リーフェンシュタールは、リヒター伯爵領でバイコーンのクロと遭遇した時、心を覗き込まれる経験をしている。

 心を探り出されて、一瞬、自分が誰なのかわからなくなるような感覚におちいる。


 術者は自分の心を守るため、鷹の目の術を反射的に解除してしまう。ホーを心配しているアルテリスに、シン・リーはすたすたと歩きながら教えた。


 翌朝、日が昇るころには、白梟のホーは、幌馬車の中で無傷で無事に眠っていた。

 それを見たアルテリスも安心して、ホーの隣で幌馬車の荷台でごろんと寝そべり、そのままぐっすりと眠った。


 アルテリスとシン・リーは、神聖騎士団が来ていると気づいていて、昨夜は偵察に行った。その時の一件を、学者モンテサンドに報告した。


 シン・リーがおしゃべりするのを、学者モンテサンドは見ていなかった。

 だから、リーフェンシュタールに「リーフェンシュタール、そなた、猫とも話せるようになったのか?」と、モンテサンドは少し困惑して言った。

 

 執政官マジャールは、モンテサンドに政務を任せて、旅人ローレンとして今日は何をしようか起床して考えながら、四角い窓穴にはめられた木の板を外した。

 布のカーテンではなく、夜に窓穴に木のふたをはめて、夜は部屋を真っ暗にして眠る。

 王都の邸宅や官邸とは違う庶民の暮らしがある。

 朝の日差しがまぶしい。

 

 都の住人たちは早起きで、それぞれ当番になっている仕事に取りかかっている。

 王都の貴族もバーデルの都へ旅行へ行くことがあるので、滞在しても当番仕事は免除という法律にパルタの都ではなっている。


 王都トルネリカでは、パルタの住人たちがあれこれ働いている朝の時刻は、まだ邸宅か宿屋のベッドの上で、恋人と貴族たちがじゃれあって、仲良くしている時刻である。

 昼過ぎになり、ようやく宮廷へ官僚たちはそれぞれ出仕する。


 王都トルネリカには学院があった。貴族の子たちは、寄宿舎暮らしか邸宅から通うか選ぶ。

 半壊した地区に学院が建っていたので、夜中に起きた震災だったこともあり、寄宿舎にあずけられていた生徒たちは犠牲になった。


 パルタの都には学院はないが、学者モンテサンドの私塾に通う子供たちや、衛兵の屯所で体を鍛える子など、親の考えでどこかに通わせる家庭と、母親がたまに読み書きなどを教えるけれど、ほぼ子供の自習だけの家庭がある。


 マジャールは、学院に通うのが好きではなかった。ただ、毎朝、メイドたちに見送られて邸宅から出されてしまう。

 そして学院以外に行くところがない。学院に行けば昼食は食べられる。学院に行く途中で、気まぐれで一度だけ学院へ行かずに、帰宅したことがあった。


 メイドたちは言いつけられている仕事の中に、マジャールを学院に行かせるという役目が決められていたので、途中で帰宅してきてしまったマジャールを見て、泣きながら、今からでも学院へ行って欲しいですと懇願した。

 十歳のマジャールは、メイドたちから、邸宅の中に入れてもらえずに、しぶしぶ学院へ行った。


 王都トルネリカの学院は、貴族たちが子供を夕方まであずけておくために、共同で出資して運営されている場所て、エルフェン帝国の帝都のように神聖教団が出資しているわけではない。


 帝都の学院は、卒業するために試験の結果や講義の決められた出席数などの条件を満たさなければ落第してしまい、卒業したと認められない。


 王都トルネリカの学院は、それぞれの子の親が雇った専属の講師が通い子供たちを教えている。

 講師と生徒が、一緒に昼食を食堂で提供されている。生徒が学院をさぼると講師は昼食を無料で提供されない。

 学院に子供を通わせていることが、貴族階級の者たちの間では、一つの自慢になっていた。

 帝都の学院は通わせ学ばせたければ、親や生徒の身分階級は関係ない。

 王都トルネリカの学院は、貴族でも裕福な家庭であると感心されるのと官僚入りを審査される時、学院に通っていたことが有利になるということもあり、学院に平民階級の子供は誰もいなかった。

 

 講師となっているのは、元宮廷議会の官僚である者たちで、宮廷の権力争いで脱落した官僚たちの天下り先に王都トルネリカの学院はなっていた。


 官僚の女性たちが婚姻して引退することもあるが、他にこうした天下り先で引退後に働いて生活していることもある。


 マジャールを担当していた講師の女性もそうした人で、邸宅からメイドたちに懇願され、遅れて来たマジャールに、体調でも悪いのかと心配したあと、昼間に先生以外の大人が何をしているのか気になって一度、邸宅に帰ったという話をマジャールから聞き出し、安心して、思わず笑い出してしまった。


「マジャールくん、大人は忙しいものなのです」


 マジャールの担当講師だったホカリエスはマジャールの頭を撫でて、そう言った。


 大人が何をしているのか、この子も気になるようになったかと、マジャールを六歳から四年間、ずっと専属講師をしているホカリエスは、マジャールの成長を感じ、とても感慨深かった。


 マジャールの初恋の相手は、この専属講師のホカリエスである。

 

 もしも、王都トルネリカの貴族階級の男性の大人たちに、初恋の憧れの女性は誰だったかに聞いてみれば、メイドの若い女性や、学院の専属講師の女教師と答える人が多いだろう。


 


+++++++++++++++++


お読みくださりありがとうございます。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新頑張れ!」



と思っていただけましたら、★をつけて評価いただけると励みになります。 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る