第284話

 大陸南方クフサールの都の大神官シン・リーは、神聖騎士団の聖騎士ミレイユがパルタの都に訪れたその日に、すでに気配で感づいていた。

 それは獣人娘アルテリスも同様だった。


 パルタの都は、全体的にその神聖騎士団が訪れた日から、雰囲気が変わっている。


「リーフェンシュタールも気づいてたんだろ?」

「ええ、でもレルンブラエの街で感じたのとも違いますね」

「ドレチの村と同じ感じがする」


 アルテリスは、リーフェンシュタールにそう言った。

 

 レルンブラエの街で、赤錆び銀貨が引き起こした現実感の変化。

 夢から、現実の世界を変化させようとする力の介入の異変。

 このパルタの都で起きている突然の変化は、赤錆び銀貨による異変ではない。


 ドレチの村には、マーオが発生して飼われていた。

 バイコーンのクロやマーオが快適にいられる状況。

 ロンダール伯爵領では、森林や建物の配置などを長い期間をかけて調整して、運気を高めていた。

 夢幻の領域のものが少ないエネルギーの消耗で、現実の世界に存在していられるところである。

 パルタの都も、夢幻の領域との近づいたような場所へ、それも急激に変化していた。


 アルテリスが指摘しているのはそういうことであった。

 アルテリスが一人で、バイコーンのクロの鼻先や首をそっと撫でていた。

 それはバイコーンのクロの気分が、この変化で落ち着いた感じがしていたのを確認していたからだった。

 撫でながら、バイコーンのクロの気分を感じ取っていた。


「しかし、水の護りが変わったわけではない。わらわは、この感じを知っておる」


 シン・リーは、神聖騎士団が砂漠に発生したサンドワームの幼虫駆除に来た時に、似たような雰囲気の変化を感じたことがあった。

 魔法や法術が使いやすくなったような雰囲気である。


「リーフェンシュタール、神剣ノクティスを携えたミレイユが、この都に来ているのであろう?」


 シン・リーが言うと、リーフェンシュタールより先に白い梟のホーが、ひと声短く鳴いて答えた。


「どうやら、エルフ族の女王陛下の梟のホーは、ミレイユのことを知っているようじゃ」

「そうです、神聖騎士団の方々が先日訪れて、執政官の官邸に滞在なさっています」


 エリザが神聖騎士団のメンバーと会えば、パルタの都から次の目的地へ出立してしまうと考えて、学者モンテサンドはエリザに神聖騎士団が訪れていることに気づくのを遅らせるために、リーフェンシュタールに口止めをしていた。


 テスティーノ伯爵を連判状に名を連ねて、盟約を結んでもらえるよう説得するのを、アルテリスに協力してもらいたい。


 しかし、エリザが次の目的地へ移動してしまえば、護衛しているアルテリスも一緒に旅へついて行ってしまうと考えて、神聖騎士団の来訪を隠していたと、リーフェンシュタールは正直に話した。


 アルテリスがそれに対して返答する前に、執政官の官邸付近に到着してしまった。


「間違いない、マキシミリアンの小娘が来ておる気配じゃ」


 シン・リーが歩みを止めて、声をひそめてアルテリスに言った。


「うかつにこれ以上近づいたら、神剣ノクティスに斬られるやもしれぬ。二人ともわらわの近くから離れてはならぬ」


 シン・リーは、ミレイユの愛刀を魔剣と呼ばずに、神剣と呼んでいる。

 執政官の官邸の窓から、弓で射られたとしても、月が雲に隠れてしまえば狙撃は難しい距離だと、貴公子リーフェンシュタールは考えている。


「リーフェンシュタール、ここは猫の言うことを聞かないと、あんたの命の保証は、あたいにもできないよ」


 執政官の官邸の周囲には、参謀官マルティナが不審者が近づいたらすぐに察知できるように、術を施してあった。


 このマルティナの警戒用の結界に、大きな危険はない。

 しかし、シン・リーは、サンドワームの駆除の時に、作業場の周囲に同じ結界が使われていたのを知っている。


 砂地の作業で、サンドワームの幼虫駆除に、石のゴーレムの相性は最悪であった。

 重さがある作業用ゴーレムは、四角い石を組み合わせた人型だった。だが、自重でサンドワームの幼虫が大量発生している砂の窪地くぼちに踏み込むと、膝のあたりまで砂に沈んだ。

 砂を押し分けるように進むが、素早い動きができない。

 そこに石のゴーレムに群がるサンドワームの幼虫が削るようにじわじわと、ゴーレムを確実に補食し始める。

 土だけてなく岩でさえ、サンドワームは砂にしてしまう。

 まとわりつく芋虫のような姿の幼虫をゴーレムが手で払うが、大量なので、本当にきりがない。

 潰してしまえば、さらに小さな幼虫が増えるおまけつきである。

 窪地のふちから、清めの塩の入ったたるを落とし、転げ落ちてくる樽をゴーレムが殴った。

 粉砕される樽からキラキラと清めの塩が散らばり、幼虫に降りかかる。

 キューキューキュー、と妙に耳に残る鳴き声を上げて幼虫が液化していく。


「シン・リー様、来ましたっ!」


 作業が早朝から日暮れまでかかり、ゴーレムもだいぶぼろぼろにされたが、幼虫の数もあと少しとなった時、参謀官マルティナが足元にいる黒猫の姿のシン・リーに叫んだ。


 夕日に照らされた砂漠から砂の丘を破裂させたように、巨大な蚯蚓ミミズのような姿のサンドワームの成虫が砂の中から飛び出してきた。


「くらうのじゃ、酸性雨アシッド・レイン!」


 黒猫の姿のシン・リーが動きを止めるために、砂の上へ這い出たサンドワームの全身へ、法術で酸の雨を降らせる。


 作業場から少し離れて、聖騎士ミレイユが、動きを止めた巨大なサンドワームに対峙していた。

 シン・リーの法術の酸の雨は、サンドワームの皮膚の表面をひどくただれさせたが、致命傷にはならない。

 蛇が鎌首をもたげるように、サンドワームがゆっくりと身を上げた。卵から孵った幼虫を清めの塩で溶かされて、その怒りの感情が強烈な殺気に変わる。

 離れているマルティナやシン・リーにも感じられ、一瞬、夜の砂漠にいるように凍てつく寒気が背筋に走った。


 そして、シン・リーは見た。

 聖騎士ミレイユから離れているはずの巨大なサンドワームが、一閃の直後、バラバラに烈風の刃で切り裂かれて消滅したのを。


 官邸から離れていても、弓矢で射られるよりもはやいミレイユの神剣の一閃を放たれたら、全員、命を散らすことになる。


 アルテリスは、神聖騎士団の団長ミレイユの神剣の一閃を知らないが、直感で危険だとわかった。


(気軽に近づいていたら危なかった。何なんだ、この威圧感は!)


 アルテリスは、小さな笑みを浮かべている。

 緊張してぞくぞくする感覚を感じるのは久しぶりだった。


 ばさっ、と翼を広げて白梟のホーが、リーフェンシュタールから飛び立った。


 ホーが飛んで行く先にはシン・リーたちの上空で旋回して飛んでいる騎士団の鷹がいた。




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