第283話
ランベール王の右腕と呼ばれるゴーディエ男爵。左腕と呼ばれているのは法務官レギーネである。
(それそろ、神聖騎士団はパルタの都へ到着しているはず。じきにマジャールから、神聖騎士団の次の視察目的地の予定地の報告が届くはず)
レギーネは沐浴を済ませて、法務官の法衣を身につけると、後宮から宮廷議会の執務室に向かいながら考えている。
エリザに神聖騎士団がパルタの都に来訪していることを、貴公子リーフェンシュタールは、エリザやアルテリス、そしてシン・リーには、学者モンテサンドから口止めされていて、少し気まずい気分を感じている。
ブラウエル伯爵は、リーフェンシュタールの持参した連判状に同意してサインを済まして、王都トルネリカ行きは学者モンテサンドや執政官マジャールの忠告を聞き入れて取り止めにした。
バルタの都に来た時、ブラウエル伯爵は王都トルネリカへ行き、ランベール王の無事を謁見して確認するつもりだった。
ところがヨハンネスからエリザたちの話を聞き、また学者モンテサンドと一緒に、実際にエリザと会って、本当に驚かされた。
エリザが学者モンテサンドとブラウエル伯爵に語ったのは、ランベール王が先代の王ローマン王の亡霊に憑依されたという
学者モンテサンドやブラウエル伯爵は、術者ではない。
前世の
学者モンテサンドは、先代のローマン王よりも、ランベール王が新王として権威を誇示しようと考えているのだと思い込んでいた。
また、ブラウエル伯爵もその見解に同意していた。
だから、見た目はランベール王だけれど、心は先代のローマン王であるという偽物になっているという話は、常識を越えた話のように思えた。
しかし、エリザは、学者モンテサンドしか知らないはずの過去の片想いについても見ていたかのように語っているので、ランベール王についても知られざる事実を語っていると信じるしかなかった。
亡霊について、エリザはうまく説明できない。
ゲームではそうだったからと言うわけにもいかず、ちょっと困ってしまい膝の上のシン・リーを見つめても、寝たふりをしているシン・リーは、エリザの代わりに説明したりはしなかった。
リーフェンシュタールが、遠い昔に蛇神信仰の都で神殿に潜入して巫女として修行した記憶があるので、エリザの代わりに亡霊について、思い出しながら説明した。
人がどのくらい自我を維持できるかは個人差がある。
一時的に心の平穏を失って恐慌に陥っていても、怯えているだけで自我が失われるよりも、むしろ自意識そのものは強まっている。
自分がどんな状況なのかわからない状態、たとえば酒なとで酩酊している状態では、判断力はひどく鈍り、ふらついてまともに歩けず、あとで酔いが覚めて、しらふに戻ったあと、酔って何をしていたか、自分が何を話していたかすらも、思い出せない状態になることがある。
自我が
「リーフェンシュタール、人は死んでも、心だけでまだ生きているということか?」
「いいえ、生きているという状態ではないでしょう。ただ、見えざる心が残っていることがあるということです」
「残っている?」
「自我が喪失すれば、亡霊は消え去ってしまいます」
「ふむ、どこに消えるのか?」
「この世界ではないところへ流されてゆくことも、他の強い自我の亡霊に合わさることもあると……ただ亡くなる瞬間に自我も喪失してしまう人が多いそうです」
リーフェンシュタールの説明を聞いた学者モンテサンドは、エリザに神聖教団ではどう教えているのか質問した。
「心が強い人は、どのくらいあとかはわからないけれど、再び転生してくると教えています。ただ、その時に前世の記憶は失われている人のほうが多いと。
リーフェンシュタールさんや、ヘレーネさんは前世の記憶がお二人ともあるので、とてもめずらしい人たちです」
エリザはそう答えていた。
ブラウエル伯爵は、エリザと貴公子リーフェンシュタールの説明を聞いて、ランベール王の身には奇々怪々な出来事が起きていることだけは理解することができた。
崩御した先代のローマン王の心を、ランベール王がそのまま引き継いでいるならば、遠征軍の出征は納得できる。
ローマン王の側近であるモルガン男爵は、辺境地帯をゼルキス王国と割譲してターレン王国の拡大する案を宮廷議会で進めていたことを、ブラウエル伯爵は母親のジャクリーヌから聞かされていた。
モルガン男爵はローマン王の側近となることで、地方出身の伯爵家や伯爵領出身の貴族の縁者を宮廷議会から排して、王都出身のいわゆる名門貴族が権威を握る宮廷議会に変えていった。
モルガン男爵がローマン王の側近に抜擢される前のヴィンデル男爵が宮廷議会で王の側近であった時代は、ゼルキス王国と国交を結びターレン王国を発展させる方針だった。
ローマン王はヴィンデル男爵が亡くなると、名門貴族出身のモルガン男爵を抜擢して、国の方針をがらっと変えた。
「ゴーディエ男爵や法務官レギーネをランベール王が抜擢しても、ローマン王の方針のまま変わらずに、いや、むしろ、ローマン王の方針を進めていった理由が、まさかそんな、奇想天外な理由とは思いませんでした」
学者モンテサンドは、エリザにそう言っていた。
リーフェンシュタールは、ブラウエル伯爵とヨハンネスにも、神聖騎士団が王都トルネリカから、パルタの都に来訪して執政官の邸宅に滞在していることを、エリザに知られないように伏せていた。
そんな夜、シン・リーがブラウエル伯爵領の領事館から、夜にそっと抜け出して、執政官の邸宅へ様子をうかがいに行こうとしている。
「あたいは、あんまりこういうこそこそしたやり方は好きじゃないんだ」
「マキシミリアンの小娘も、エリザと同じように、エルフ族の王国で育ったと聞いておる。
とはいえ、親と娘が同じ考えとは限らぬ。ランベール王が王都におらぬから、どこかに隠れておらぬが、じっくり探しておるのかもしれぬではないか」
シン・リーはエリザと昼間に、学者モンテサンドとリーフェンシュタール、それにブラウエル伯爵が話していたことを聞いていた。
そして、エリザは神聖騎士団が王都トルネリカに来ているはずと言っていたのもふまえて、シン・リーは考えていた。
神聖騎士団のミレイユは、ターレン王国の国主ランベール王を討ち取って、武力侵攻するつもりだったのではないか?
しかし、ランベール王が王都トルネリカに不在だったので、親善大使のふりをしてパルタの都まで探しに来たとシン・リーは考えたのだった。
「こんな夜中に、どこへ行かれるのですか?」
道の先で立って声をかけてきた人影は、肩に白い梟のホーを乗せた貴公子リーフェンシュタールだった。
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