第282話

 ゴーディエ男爵が、スヤブ湖のあるストラウク伯爵の元へ密偵ソラナの人の縁によって導かれて向かっている。


 密偵ソラナは、ロンダール伯爵領育ちの術者である。


 ランベール王自身の心は、父親のローマン王の亡霊から解放されて、次の転生への道へ旅立った。


 心は先代のローマン王である偽物のランベール王がヴァンパイアロードとして君臨する状況で、神聖騎士団が王都トルネリカで激闘を繰り広げる展開は、ランベールを処刑されても愛している恋人のアーニャが亡霊からウィル・オ・ウィスプという鬼火となって、ローマン王の亡霊を、特殊な蛇神の魔獣が支配する夢幻の領域へ流すことで阻止されている。


 このランベール王の運命の変化によって、王の右腕と呼ばれたゴーディエ男爵の運命もまた変化している。

 

 偽物のランベール王がヴァンパイアロードとして君臨している展開では、ゴーディエ男爵は、密偵ソラナと出会わなかった。


 密偵ソラナもゴーディエ男爵と出会わずに、フェルベーク伯爵領に男装してルゥラの都で潜入中に捕らえられ、フェルベーク伯爵暗殺の容疑者でリヒター伯爵領からの密偵として仕立て上げられる凶運で落命していた。


 ソラナの凶運は、ゴーディエ男爵と出会い、魔族サキュバスとなるだけでも逃れ切れない。

 フェルベーク伯爵領で、少年ではなく女性のソラナを身近に置いていることが、元老院の四人の貴族たちに、いずれ赤錆び銀貨の夢見の力から発覚してしまう運命の展開があった。


 ブラウエル伯爵領のジャクリーヌが赤錆び銀貨を警戒したのは、夢の力で他人から私生活を興味本位でのぞかれる事だった。


 ソラナが乙女であると知った元老院の四人の貴族たちにとって、それは隠蔽しなければならない大問題である。

 フェルベーク伯爵領では、女性と肉体関係を持つのは罪人のみであり、正常ではないという認識が常識として広められている。

 伯爵が女性を寵愛して身近に置いていると噂が広まれば、伯爵と元老院の権威が失墜する。

 ゴーディエ男爵に無断で、ソラナを殺害しようとする。サキュバスとはいえ、斬首されたらひとたまりもない。


 赤錆び銀貨を四人の貴族たちが入手して、ゴーディエ男爵の私生活を覗きたいと思う前に、ゴーディエ男爵とソラナは、ドレチの村まで逃げ切っている。

 マーオが出現して飼われているドレチの村は、赤錆び銀貨の夢の力で覗くことができない。

 覗き込んだ者の夢の中にふわふわとマーオが現れて、夢を喰らって帰ってしまい、翌朝にはどんな夢をみたのか、すっかり思いだせなくなっている。


 夢の中でだけは、どんな願望も叶える赤錆び銀貨――邪神ナーガが自分の世界では全知全能で無敵であるのを疑似体験できる呪物。


 しかし、夢幻の領域の神使のものたちには、人の感情や思念の塊のような夢の力は、大興奮する好物である。


 ゴーディエ男爵の抱き続けている疑問がある。


 親友のランベールがなぜ別人のように性格や態度が変わってしまったのか?

 

 ランベールの他人に対する不信感は、ローマン王の愛人になることを受け入れたメイドのアーニャに、裏切られて捨てられたと感じた瞬間から、真っ黒な絶望が心をむしばんだ事で生まれた。

 アーニャの亡霊がウィル・オ・ウィスプとなり、ランベールに憑依して、二人の気持ちが通じ合う瞬間まで、その誤解は解けなかった。


 ランベールが心を許したのは、親友のゴーディエ男爵だけとなった。

 ゴーディエ男爵は、男色家の恋愛傾向の人とは縁がなかった。

 学院を卒業してから、すぐに官僚とはならずにパルタの都の学者モンテサンドの元で学ぶため、王都トルネリカから離れている。

 だから、ランベールの絶望の中ですがりつくような恋心に、ゴーディエ男爵は気づかなかった。

 

 ヴァンパイアロードになった偽物のランベール王が、聖騎士ミレイユによる魔剣ノクティスの斬撃よって、ローマン王の亡霊が蛇神の魔獣の夢幻の領域へ流されて討伐される。

 その後、神聖教団のアゼルローゼとアデラがランベールの遺髪からホムンクルスを造り出し、ランベールの心を宿した少年とゴーディエ男爵が、両想いの恋人たちとしてターレン王国から逃亡している展開は、現在のエリザがいる状況からは永遠に失われている。


 ゴーディエ男爵を男尊女卑の男色の文化のフェルベーク伯爵領へ行かせたのは、完全にローマン王の亡霊に支配されきっていなかったランベールの密かな抵抗だったのかもしれない。


 ゴーディエ男爵が、ランベールとの同性愛に目覚める展開は回避されている。

 その代わり、魔族サキュバスのソラナとの恋にゴーディエ男爵は落ちている。


 踊り子アルバータは、神聖騎士団の戦乙女たちとの戦闘で戦死する運命だった。

 こちらもランベールの運命が変わった結果、愛するゴーディエ男爵を探索する旅の途中である。


 ゴーディエ男爵と絶望したランベールの心を魔石として宿したホムンクルスとの恋の物語は、吟遊詩人の旅人ローレン――別の異世界を旅暮らしをしている邪神ナーガの語る物語として、腐女子の女性たちからはとても人気がある。


「魔石は心の力が変化したもの」


 細工師ロエルは、賢者の石を呪物の蛇神の錫杖から錬成した時、ドワーフ族の先祖たちの心が鉱石として淡い光を放ち、心に語りかけてくる不思議な大洞窟へ行った話を語り聞かせてから、魔石についてのロエルの考察をストラウク伯爵に説明した。


 参謀官マルティナの瞳の色と同じ色の魔石は、どんな心が変化したものなのだろうか?



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