grimoire(グリモワール)編 4

第280話 

 ターレン王国の風光明媚ふうこうめいびな山奥の僻地へきちであるストラウク伯爵領は、他の伯爵領とは、村人たちの服装や暮らしている建物も明らかにちがう。


 ストラウク伯爵の普段着は、草餅の色の作務衣のような衣服。

 蓬髪の白髪。髭はのばしていないが、仙人のような風貌ふうぼうをしている。


 ストラウク伯爵によると、おそらくターレン王国が建国される前から暮らしていた人たちは、今のこのあたりで暮らす村人たちと変わらず、着物姿で草履ぞうりをはいていたらしい。


 腰に帯を巻いているだけの着物に、細工師ロエルの弟子の青年セストは興味を持った。

 

 細工師ロエルは、湯飲み茶碗が気に入ったようだ。両手で包むようにしていると、手のひらにじんわりと温もりが伝わってくる。


 土をねる陶芸がストラウク伯爵の趣味で、皿や茶碗などを作っている。

 陶器の焼き物の手ざわりを細工師ロエルは覚えた。


「何か異変はありませんか?」

「今のところ、変わったことがあったと知らせに村の者は来ておらんよ」


 ちょっと見慣れない山菜や茸を見つけたとか、最近、たぬきの子が畑に野菜をもらいに来るといったことまで、村人たちはストラウク伯爵に知らせに来る。


(……ということは、マルティナも無事ということだな)


 セレスティーヌが、ストラウク伯爵に質問して、マキシミリアンがほっと胸を撫で下ろした。


「しばらくテスティーノも、気がかりだったのか、酒のつまみが旨かったのかわからぬが……しばらくおったが、今は自領へ帰っておるよ」


 ストラウク伯爵はそう言って、細工師ロエルと青年セストにも笑いかける。


 帝都から親友のクリフトフも連れて来たかったのだが、神聖教団の【転移ワープ】の魔法陣ではないため、ミミックによると、この四人が限界らしかった。

 マキシミリアン公爵夫妻や、細工師ロエルと青年セストの師弟の恋人たちは魔力が強いので、魔力があまり強くない人数よりも【転移】に負荷がかかるらしい。


「スヤブ湖から怪しげなものも出て、このいおりを襲ってくることもない」


 テスティーノ伯爵から、怪異が起きるかもしれないと聞いて、ストラウク伯爵は、ちょっとわくわくしていた。

 ストラウク伯爵の伴侶、山の巫女修行中のマリカは、少し怖がっていたけれど。


 スヤブ湖の漁師は、二人の旅人を乗せて船を漕いでいた。

 この湖はかなり広く、岸がなかなか見えてこない。

 

「お二人さんは、夫婦もんか?」

「はい、そうです」


 密偵ソラナは、にっこりと漁師に笑いかけた。


「かーちゃん、とーちゃんの船に誰か乗ってるよ!」

「お前は目がいいねぇ。かーちゃんには、豆粒みたいにしか見えないけど。いい漁師になれるよ」


 漁師の子のハヌルは、鼻をちょっとさわって、へへっと笑ってから、また岸へ近づいてくる父親の小舟を見つめた。


 子供は湖へ漁に出る船に乗せてはいけないと、昔から言われてきた。

 漁師たちは、その話を子供は船が転覆しても岸まで泳いで戻れるほど、泳ぎは大人ほど達者ではないし、体力もないからだと思っている。


 遠い昔、スヤブ湖の水神様の祟り鎮めのため、子供を湖に沈めていたことの名残りなのだが……。


 ストラウク伯爵領のスヤブ湖周辺の村人たちは、子供を連れて一緒に働いている。

 魚を網から外したり、血抜きをしたりするのも、子供たちが母親と一緒にやっている。


 網を修繕しゅうぜんしたりすることや、岸からあまり離れずに子供たちでみんな裸になって泳ぎを競ってみたりして遊んでいるのを、母親たちがながめていたりする。


「おー、めずらしい。お客人、誰かのとこに泊まるあてはあるのかね?」

「ストラウク伯爵の邸宅までは、まだ遠いのですか?」

「山に入るのなら、今からじゃ、無理だよぉ、夜は真っ暗で山から転げ落ちるよ!」


 ハヌルが母親とゴーディエ男爵の話を聞いていて、気になって横から話に入ってくる。


「この子の言う通りですよ。もし山に入るなら、私らの村に泊まって朝から出たほうがいいですよ。ちょっと、あんた、泊めてもかまわないだろ?」

「ああ、かまわねぇよ、それに湖を渡したのも、俺だからな。

まあ、これも何かのえんだろうさ。ご馳走ちそうは出ないけどよ、それでよければ泊まっていきな!」


 ゴーディエ男爵とソラナは、漁師の三人家族の家に、一晩だけ泊めてもらうことになった。


 フェルベーク伯爵領から逃亡生活をしてきた時と、ここは人の雰囲気がまるでちがっている。


「お二人さん、スヤブ湖の魚を食ったことは?」

「ありません」

「そりゃいけねぇな、今夜は魚の串焼きだな!」

「ちょいと、お客さんが来たからって、みすぎるんじゃないよ」


 ハヌルがそれを聞いて、けらけらと笑いながら、ソラナの隣を歩いている。


「ぼうやは今年でいくつ?」

ここのつだよ!」


 ソラナがハヌルに話しかけて、ここの子供たちは楽しそうだと思って、にっこりと笑った。


(フェルベーク伯爵領の子供たちより、すごく元気。それに、私がこの子ぐらいの時は、もう修行してたから、笑う元気がないぐらい毎日くたくたでした)



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